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第一章 ライゼール領
1-3d. 夜会 【夢の王子様は綺麗で優しい】
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「ああ、夢みたい……! ゼルダ様、お兄様ったら、すっごく素敵! アデリ、めろめろですっ……!!」
「えぇええ!?」
――うわ、ちょっと待って! 今、何て言ったの、私のご正妃様はっ!!?
そんな、恍惚としまくった表情で、旦那様に何ということをぉお!!
ゼルダの斜向かいで、シルフィスさえむせていた。
ゼルダが夜会に伴うようになってから、アデリシアは花が綻ぶように優しく朗らかになって、周りの雰囲気と気持ちをいつも明るく、楽しいものにしてくれていた。そんなアデリシアが、ゼルダもどんどん好きになっている。
それでも、もちろん、シルフィスへの気持ちも揺らいではいない。
天真爛漫なアデリシアの無邪気さと素直さを守っているのは、ゼルダだけでなく、シルフィスでもあるのだ。
シルフィスの立場では、アデリシアをひがんでもおかしくはない。けれど、シルフィスはありのままのアデリシアを愛せる、本物の天使だった。
だが、由々しい。万が一にも、ヴァン・ガーディナにアデリシアを取られたら、シャレにならない。この政争負ける。いきなり負ける。完膚なきまでの敗北だ。
「ゼルダ様、シルフィスに優しくしてあげて下さいね。アデリ、シルフィスがこんなに誘われないと思わなくて、びっくりしたんですもの。シルフィスは可愛いのに、ゼルダ様の御手付きだからですよ? ちゃんと、ゼルダ様が可愛がってあげて下さいね」
「あ、うん。――アデリシア、優しいね。そういうことなら、心おきなく任せて!」
アデリシアは愛らしく笑って、かと思えば、そわそわと落ち着かなげに広間を見た。
「ねぇねぇ、ゼルダ様。今夜はアデリ、お邪魔ですから、お兄様を探してきてもいいですかぁ!?」
――ちょっと! アデリ、そっちが本音っぽいからやめてっ!?
あり得ない、女性に目移りされた経験ないのに、よりによってあの鬼畜兄とか! アデリの目腐ってる!!
「アデリ、騙されないで! あの人、夢の皇子様には程遠いよ!」
「そう、なんですか?」
アデリシア、ややしょんぼり。明るい翠石の瞳が悲しげな翳りを帯びた。
いやいや、浮気だから。雰囲気出さないで。
「お妃様だって二人はいるはずなのに、一度も夜会に連れて来ないもの。他人に、とても冷たい方だよ」
シルフィスが何かあわてていると思ったら、冷たい声がかかった。
「悪かったね」
て、いたー!
麗しく笑むと、ヴァン・ガーディナは容赦なく、ゼルダに施している支配印に魔力を流した。
「っ……!!」
ゼルダは漏れそうになる苦痛の声を、必死に噛み殺してささやいた。
『――兄上、やめて下さい、お許し下さい』
こんな場所で、死んでも苦痛にあえぐ姿など他人に見せられない。
ヴァン・ガーディナは愉しげに笑むと、ゼルダの喉元に指を絡めた。
『おまえ、私と折り合いが悪いと思われているのを知らないのか。レダスなど夜会に連れ込む真似は、冒険に過ぎると思わないか? 私が庇ってやるのは、今夜だけだぞ』
『――!』
兄皇子はすぐ、取り入ろうとする特権階級の者達や、妃の座を狙い、魅了しようとする令嬢方に囲まれて、姿が見えなくなった。
それを兄皇子が知っているのは、何のことはない、ゼルダが断ったからだ。シルフィスを夜会に連れ込めば、一波乱あってもおかしくはない。一応、兄皇子の許可は得ておいたのだ。
皇子様たちのひそひそ話が気になったらしく、アデリシアが「何かしら、えっちなお話かしら」とシルフィスに話を振っていた。えっちなお話ちがう。
「ゼルダ様、あの、アデリがお兄様を素敵と思ったら、ご不興ですか……?」
「それは、妬けるもの。でも、気持ちはわかるよ、兄上は綺麗で優しい方だし」
だからといって、まさか、ゼルダがシルフィスを構いやすいように――?
そんな、まさか。
同じ兄皇子でも、アルディナンなら、それくらいしてくれそうだった。けれど、それはゼルダに愛情をもってくれていたからだ。
喉元に絡められたヴァン・ガーディナの指の感触が残って、微笑まれた記憶とあいまって、落ち着かない。どうかして――
「君、目障りなんだよね、たかが第五皇子のくせに。第五皇子なんて、死ぬまで皇帝と皇太子にコキ使われる身分だろう?」
ふいにかけられた声に、ゼルダは現実に引き戻された。かえって、ほっとした。なんだか、兄皇子の振る舞いに、幻惑されそうになっていたから。
「こんばんは、何か御用ですか?」
「生意気だね、顔、貸してもらえるかな?」
今夜のゼルダは両手に花だ。しかも、アデリシアもシルフィスも瑞々しく、抜きん出て可愛らしい美少女なのだから、羨むなと言うのが無理だった。狭量な人間には、目障り極まりないだろう。
「中庭まで?」
場所を言い当てられ、不審げな顔をしたものの、青年は来いよとゼルダを顎でしゃくった。
イルメスという名の、ライゼール元領主の息子だ。
「女性は一緒じゃない方が、お互い、都合がよさそうだね。然るべき方に頼んできましょう」
「えぇええ!?」
――うわ、ちょっと待って! 今、何て言ったの、私のご正妃様はっ!!?
そんな、恍惚としまくった表情で、旦那様に何ということをぉお!!
ゼルダの斜向かいで、シルフィスさえむせていた。
ゼルダが夜会に伴うようになってから、アデリシアは花が綻ぶように優しく朗らかになって、周りの雰囲気と気持ちをいつも明るく、楽しいものにしてくれていた。そんなアデリシアが、ゼルダもどんどん好きになっている。
それでも、もちろん、シルフィスへの気持ちも揺らいではいない。
天真爛漫なアデリシアの無邪気さと素直さを守っているのは、ゼルダだけでなく、シルフィスでもあるのだ。
シルフィスの立場では、アデリシアをひがんでもおかしくはない。けれど、シルフィスはありのままのアデリシアを愛せる、本物の天使だった。
だが、由々しい。万が一にも、ヴァン・ガーディナにアデリシアを取られたら、シャレにならない。この政争負ける。いきなり負ける。完膚なきまでの敗北だ。
「ゼルダ様、シルフィスに優しくしてあげて下さいね。アデリ、シルフィスがこんなに誘われないと思わなくて、びっくりしたんですもの。シルフィスは可愛いのに、ゼルダ様の御手付きだからですよ? ちゃんと、ゼルダ様が可愛がってあげて下さいね」
「あ、うん。――アデリシア、優しいね。そういうことなら、心おきなく任せて!」
アデリシアは愛らしく笑って、かと思えば、そわそわと落ち着かなげに広間を見た。
「ねぇねぇ、ゼルダ様。今夜はアデリ、お邪魔ですから、お兄様を探してきてもいいですかぁ!?」
――ちょっと! アデリ、そっちが本音っぽいからやめてっ!?
あり得ない、女性に目移りされた経験ないのに、よりによってあの鬼畜兄とか! アデリの目腐ってる!!
「アデリ、騙されないで! あの人、夢の皇子様には程遠いよ!」
「そう、なんですか?」
アデリシア、ややしょんぼり。明るい翠石の瞳が悲しげな翳りを帯びた。
いやいや、浮気だから。雰囲気出さないで。
「お妃様だって二人はいるはずなのに、一度も夜会に連れて来ないもの。他人に、とても冷たい方だよ」
シルフィスが何かあわてていると思ったら、冷たい声がかかった。
「悪かったね」
て、いたー!
麗しく笑むと、ヴァン・ガーディナは容赦なく、ゼルダに施している支配印に魔力を流した。
「っ……!!」
ゼルダは漏れそうになる苦痛の声を、必死に噛み殺してささやいた。
『――兄上、やめて下さい、お許し下さい』
こんな場所で、死んでも苦痛にあえぐ姿など他人に見せられない。
ヴァン・ガーディナは愉しげに笑むと、ゼルダの喉元に指を絡めた。
『おまえ、私と折り合いが悪いと思われているのを知らないのか。レダスなど夜会に連れ込む真似は、冒険に過ぎると思わないか? 私が庇ってやるのは、今夜だけだぞ』
『――!』
兄皇子はすぐ、取り入ろうとする特権階級の者達や、妃の座を狙い、魅了しようとする令嬢方に囲まれて、姿が見えなくなった。
それを兄皇子が知っているのは、何のことはない、ゼルダが断ったからだ。シルフィスを夜会に連れ込めば、一波乱あってもおかしくはない。一応、兄皇子の許可は得ておいたのだ。
皇子様たちのひそひそ話が気になったらしく、アデリシアが「何かしら、えっちなお話かしら」とシルフィスに話を振っていた。えっちなお話ちがう。
「ゼルダ様、あの、アデリがお兄様を素敵と思ったら、ご不興ですか……?」
「それは、妬けるもの。でも、気持ちはわかるよ、兄上は綺麗で優しい方だし」
だからといって、まさか、ゼルダがシルフィスを構いやすいように――?
そんな、まさか。
同じ兄皇子でも、アルディナンなら、それくらいしてくれそうだった。けれど、それはゼルダに愛情をもってくれていたからだ。
喉元に絡められたヴァン・ガーディナの指の感触が残って、微笑まれた記憶とあいまって、落ち着かない。どうかして――
「君、目障りなんだよね、たかが第五皇子のくせに。第五皇子なんて、死ぬまで皇帝と皇太子にコキ使われる身分だろう?」
ふいにかけられた声に、ゼルダは現実に引き戻された。かえって、ほっとした。なんだか、兄皇子の振る舞いに、幻惑されそうになっていたから。
「こんばんは、何か御用ですか?」
「生意気だね、顔、貸してもらえるかな?」
今夜のゼルダは両手に花だ。しかも、アデリシアもシルフィスも瑞々しく、抜きん出て可愛らしい美少女なのだから、羨むなと言うのが無理だった。狭量な人間には、目障り極まりないだろう。
「中庭まで?」
場所を言い当てられ、不審げな顔をしたものの、青年は来いよとゼルダを顎でしゃくった。
イルメスという名の、ライゼール元領主の息子だ。
「女性は一緒じゃない方が、お互い、都合がよさそうだね。然るべき方に頼んできましょう」
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