雪月花の物語 ~聖域の悪魔~

冴條玲

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第二章 フォアローゼス

2-2. 支配の刻印

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「ところでな、ゼルダ。見ていて気が付いたんだが、おまえには重大な欠陥がある」
「――なに?」

 クローヴィンスが真剣な様子で切り出したので、ゼルダはそんな重大な欠陥があるなら、そのせいでヴァン・ガーディナに敵わないのかな、などと思いながら、兄皇子の言葉を待って、神妙に耳を傾けた。

「ゼルダ、おまえにはな! ノリ突っ込みが足りないんだぜ!!」
「~…」

 ――何この、まじめに聴いてすごく損した気持ち。

「馬鹿ヴィンス、真顔で何言ってんの!」

 とぅ! とマリが果敢にも小柄な身で回し蹴りを放った。おとなしい子かと思いきや、護身術の心得はあるのか、若年ゆえの身の軽さに、速さと技術でものを言わせた見事な蹴りだ。
 とはいえ、クローヴィンスこそ元帥になりたいと豪語するだけのことはあって、マリの蹴りなど軽く受けつつ、沈痛にこめかみを押さえた。

「マリ、おまえな、突っ込みが激しいっつーの!!」
「えぇ~!? 僕、張り切って、ゼルダ兄様にお手本見せてあげたのにぃ!」

 どうしても、兄弟として仲の良い二人がうらやましいゼルダは、アルディナンを失った寂しさを隠して微笑んだ。

「ヴィンス、面倒見いいんだね」
「まぁな。おまえはどうなんだ、ガーディナの指導、不満か?」

 ゼルダは唇を噛み、かぶりを振った。

「――不満じゃ、ない」

 どうして、ゼルシアの皇子がヴァン・ガーディナなのだろう。
 惹かれても、素直な気持ちでは慕えない。
 クローヴィンスがにやりとして言った。

「ガーディナ、やるな。おまえに仕えるよう言われた時、父上に噛み付きそうだったゼルダが素直になったじゃないか」
「それは、やっ――!」

 腕にゼルダを捕らえて黙らせたヴァン・ガーディナが、その指でもてあそぶようにゼルダの首筋をなぞって、微笑んだ。

「可愛がっています」
「まぁ、なんだ。兄弟として、可愛がり方は間違ってくれるなよな、頼むぜ?」
「どうしようかな」
「兄の意見を尊重しろ! 目のやり場に困るだろうが!」
「――だって。ゼルダ、兄上の前では控えようか。あまり、寂しがらないように」

 ヴァン・ガーディナがゼルダを離しながら言った。

「もぉ、誤解を招く表現をなさらないでください!」

 しかも、何だかちょっと寂しかったのは間違いだし!
 兄皇子に弄ばれて、乱れたゼルダの襟元から、忌まわしい刻印がのぞいたのはその時だった。

「待て! それは、支配印か――!?」

 クローヴィンスが顔色を変えた。

「ガーディナ、皇族への施術は厳罰だ、極刑もあると知らないのか!」
「バレたね。仕方ないな、ゼルダ、そろそろ庇護印はずす?」
「え……?」

 ヴァン・ガーディナは落ち着いた様子で、優麗な笑みさえ浮かべて、クローヴィンスに向き直った。

「ゼルダは、真意を隠してのあくどい駆け引きが出来ないし、不手際も目立ちます。致命的なミスを犯したら、私がかぶってやろうかと思って。でも、独り立ちの頃合かもしれないな」

 ――ちょ、それ、どこまで本気だろう!?
 大嘘つきくさい兄皇子が言うと、何から何まで、口から出任せとも本気ともつかない。

「ガーディナ兄様、ほんと、ゼルダ兄様のこと愛してるんだね♪ ヴィンスなんて、まさか、僕の失敗かぶったりしてくれないよ」

 素直に信じたマリが感嘆して、愛されてるね、よかったねとゼルダに笑いかけた。

 ――えぇえ!?

 幸い、クローヴィンスの方はゼルダと同様で、超うさんくさいと思った模様だ。

「マリ、庇ってやってるだろーが! ガーディナとは方法が違うんだ、ガーディナみたいな意味不明なやり方は、軍じゃ殴られるぜ」
「――兄上のようなやり方では、宮廷では暗殺されますね」

 ヴァン・ガーディナときたら、優しい笑顔のままで、もの凄く、さらりと言ってのけた。

「私は、アルディナン兄様を抜きん出て優れた皇太子だったと記憶しています。私より遥かに。その兄上でさえ、誠実なやり方では生き残れなかった。真意は隠さなければ、私もいずれ、皇后陛下の毒牙にかかるでしょう」

 ――ぶはっ!?

「アホ、かかるかァ! おまえな、皇后陛下のって、ゼルシア様はおまえを皇太子にしたくてやってんだろが!」

 凄絶な冷笑を浮かべて、ヴァン・ガーディナがのたまう。

「ヴィンス、貴方は宮廷にいらっしゃらない方がいいな」

 そんなでは、すぐに、亡くなられますよと。

「母上は確かに、私を皇太子にしたいのでしょう。でも、私が子を成せば話は別です。皇太子に据えるのは、私の子でも構わなくなる。あの方は、御意向に背く私に優しい顔をして下さるほど、寛容ではないな」

 ヴァン・ガーディナは、微笑んだままだったけれど。
 ゼルダには、その瞳がいつになく、哀しく、寂しく見えた。

「まぁ、支配印はゼルダを嬲るのにも便利だったし」

 降り積もる雪が、哀しみも、死も覆い隠して行くように――
 浸透しかけた、何も言えなくなる雰囲気を、そっと深呼吸したマリが、明るく優しい笑顔ではらった。

「わぁ、ガーディナ兄様、鬼畜だね♪ ほんと、ゼルダ兄様のこと愛してるんだね」

 ヴァン・ガーディナの瞳から、雪の冷たさが掻き消え、優しい感情が戻った。
 うん、と無邪気に頷いて、ヴァン・ガーディナが冥魔の瞳を光らせる。

「……っ……!」

 支配印に魔力を流され、苦痛に喘ぐゼルダを見て、兄弟皇子が口々に言った。

「えぇ!? 苦しむゼルダ兄様、すっごく綺麗じゃない!?」
「いや、まずいだろゼルダそれ。ガーディナじゃなくても嗜虐欲をくすぐられるぞ。そんな妖艶な美貌で苦しむな」
「綺麗でしょう? 何なら、サービスしようかな」
「なっ! ……あうっ!!」

 また、支配印に魔力を流して、ゼルダを苦しめたヴァン・ガーディナが、涼しげに言った。

「するな馬鹿! ゼルダが可哀相だろが!」

 ヴァン・ガーディナのあまりのやり様に、半ば拒絶するように、ゼルダがその手をいとって振り切り、席を立った時だった。
 ヴァン・ガーディナが刹那、容赦のない真紅の瞳でゼルダを睨み、途端、ゼルダは絶叫して地に片膝を落とした。ヴァン・ガーディナがゼルダに与えた苦痛が、綺麗だとか言っていられない深刻さだったのは、傍目にも明らかだ。

「ゼルダ、許可なしに私の手を離れることは許さない、おいで」

 血の気を引かせて、クローヴィンスが椅子を蹴立てた。

「ガーディナ、おまえ、ゼルダに与えた支配印を解け! 今すぐだ!」
「なぜ?」
「ガーディナ、おまえはゼルダの心を殺し過ぎる! 絶対服従させていないと気が済まないのか! 今に、ゼルダを絶命させるぞ!」
「ゼルダが、無為に私の意向に背かなければいい」

 カっとして、クローヴィンスが怒鳴った。

「ガーディナ、ふざけるな! 残酷だ、ゼルダがどんな気持ちでおまえに仕えているか、考えたことがあるのか!」
「ヴィンス、いいから」
「ゼルダ!」
「惨めになる! ガーディナ兄様の冥魔の瞳に抗えたら、解いて頂ける約束です。ガーディナ兄様に屈服したまま、憐れみで解呪されたって、屈辱でしかない!」
「ゼルダ、意地張ってる場合か! おまえの命に関わるんだぞ!」

 はぁと苦しい息をして、涙さえ伝わせながら、ゼルダは首を振った。

「私とガーディナ兄様の闘いです、手出しは無用! 死霊術師ネクロマンサーとして、私がガーディナ兄様に一生敵わないと、ヴィンスはそう言ってるのと同じだ!」

 クローヴィンスがぐっと握り締めたこぶしを、真摯にいたわる眼をして、マリが取った。

「ヴィンス、引きなよ。ほら、心配しなくても、ガーディナ兄様はゼルダ兄様を傷つけてめげてるじゃないか。ゼルダ兄様はちゃんと言えるんだから、大丈夫だよ」
「マリ……?」
「ゼルダ兄様の言う通りだと思う。びっくりしたけど、そのうち、ガーディナ兄様の方がゼルダ兄様に逆らえなくなるかもしれないよ? ゼルダ兄様は御心が強いもの。ゼルダ兄様はガーディナ兄様に追いつきたいんだ、真っ向から競ってるのに、手出ししちゃ駄目だよ」
「はあ? ゼルダがガーディナと競ってどうするんだよ、帝位でも奪うわけか?」
「そうじゃなくて! もう、ヴィンスはほんっと、考えが大雑把だよ! ゼルダ兄様とガーディナ兄様はね、ヴィンスには理解できない次元で愛し合ってるの!」

 途端、全員がむせた。

「なっ……!」
「マリ、ちょっと待て!」
「あれ? ぼく、何か変だった??」
「変すぎだろ!」
「恋と変は半分しか違わないよ♪」
「そうじゃねぇええ!」

 マリの一言一言に、ゼルダに至っては異様に強烈なダメージを喰らわされて、もはや虫の息、瀕死でぴくぴくしていた。

「いや、マリは筋がいい、ヴィンス兄様より的を射てるな」
「そうだよね!」
「私はともかく、ゼルダは私を愛してるからね」
「なんっだ、そりゃあぁああ!」
「うっわ、ガーディナ兄様、鬼畜ーっ! 酷ーっ!」
「愛してな――っ!」
「否定したら、私への愛をおまえが告白するまで、苦痛を与えるよ? ゼルダ、お黙りよ」

 無駄に妖艶に、ヴァン・ガーディナがのたまった。凄絶に麗しい風貌が際立つ。

「すごいね、ガーディナ兄様も負けてないね!」
「だからマリ、何の話なんだ。俺にはどこら辺に愛があるのか、サッパリわからん。あるのは鬼畜な強要だけだろが」
「だからぁ! 愛がなかったら、ゼルダ兄様はそゆこと許さないの!」

 
 ――皇子様たちがわかり合う日は、遥か彼方に遠いのだった。
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