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第二章 フォアローゼス
2-3b. 月光の下【雪の王子様は】
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「ガーディナ兄様、あんまり、ゼルダ兄様に意地悪しないで?」
「私が? ゼルダに意地悪した?」
飲み物を持って戻ったヴァン・ガーディナに、マリが言った。
「してたよー。だって、ゼルダ兄様はガーディナ兄様が大好きなのに、あんな風に言われたら、すごくつらいと思う」
「マリ、ゼルダはずっとヴィンスに構ってばかりで、昼間は私を放ってヴィンスと街に出掛けるし、ヴィンスと一緒の方が楽しそうじゃないか。私なんて好きじゃないって、ついに、大声で言ってくれたしね。同じ居間にいるのに、……聞こえよがしにも程があるな」
「えっ……ちょ、ちょっと待って! ガーディナ兄様、本気!? あんな宣言、真に受けておいでなの!? 挑発したヴィンスがいけないし、ていうか、僕にばっかり優しいガーディナ兄様が、ゼルダ兄様は好きじゃないんでしょう? それって、ガーディナ兄様を慕っていらっしゃるから!」
「――……」
「ねぇ、ガーディナ兄様。ゼルダ兄様は確かに、ヴィンスと一緒にいて楽しいと思うよ? ヴィンスの言うことなら、ゼルダ兄様は一を聞いて、十まで理解なさってるもの。僕なんて、びっくりしちゃうよ。そういうのって、得意になれて、きっと、楽しい時間だよね? でも、だからこそ、ずっと一緒にいる必要はないと思うの」
「え……? あぁ、そうか……そうかもしれないけど……」
ガーディナ兄様が相手だと、やっぱり話の通りが違うねと、マリがにっこり笑う。
「ゼルダ兄様にとっては、ガーディナ兄様のご指導の方が難しいんだ。一から十まで、手取り足取り教えてもらわないとわからないの。たくさん、一緒にいなくちゃならないのは、ガーディナ兄様の方だってことでしょう?」
それも、仕方がない。ヴァン・ガーディナの世界はゼルダにとって、あまりにも違いすぎるから。
「それにね、僕もガーディナ兄様が大好きだけど、僕のは、甘えなんだ。ガーディナ兄様は優しいし、僕にどんな嫌なことも強いないもの。だから、僕はガーディナ兄様と組みたいんだと思うの。僕の気持ち、ガーディナ兄様はとってもよく理解して下さるし。でも、甘やかされたら僕は、きっと、ただ甘えて腐ってしまうよ。ヴィンスが僕を仕込むのは、僕が皇子様の権限で、頑張ればたくさんの人を救えるからなんだ。ヴィンスは、僕にたくさんの人を救わせると思う。蹴っ飛ばしてでも、僕がそうするように仕向けると思う。それは僕のためで、皆のためで、無茶させるけど、それでも、ヴィンスが僕に背負わせる責任は、ヴィンスが父様に背負わされた責任の、ほんの一端なんだ。それなのに、僕が甘えっ子で、重い重いって言ってるだけなの。ヴィンスが僕の何倍も背負って立ってること、ほんとは、わかってるのにね」
そう言って肩を落とすマリの姿は、わかっていても、背負わされる責任が重くて、怖くて、つらいのだと、兄弟を見渡せば誰よりも甘やかされているのに、駄目なんだと、マリなりに思い悩んできた心境を、吐露しているようだった。
「だけど、ゼルダ兄様は誰より御心が強くて、ゼルダ兄様だって痛くないはずがないのに、困ってる人がいたら、ご自身が傷ついてまで庇うでしょう? ヴィンスなんかは、もう一人で闘える逞しさがある気がするけど、ゼルダ兄様は、まだ本当は、誰かに守って欲しいこともあるんじゃないかな。平気だよって、平気じゃないのに、無理なさってるような気がするの。ゼルダ兄様には、ガーディナ兄様が必要なんだよ。ゼルダ兄様のことも、誰かが庇ってあげないと、ゼルダ兄様はいつか倒れちゃうよ」
ヴァン・ガーディナはあえかな光を零す月を見上げながら、夜風に舞う白雪の髪を、一筋、指に絡めた。
「ゼルダ兄様だって、お一人では、そう多くの人は救えないかもしれない。でも、ガーディナ兄様が守ってあげれば、ゼルダ兄様は、ずっと、たくさんの人を救うと思う。――ガーディナ兄様、傍にいて、ゼルダ兄様を助けてあげてね」
ふっと、ヴァン・ガーディナが微笑んだ。
「あの子が望むなら、そうしてやらないでもないよ。でも、優しくしてやっても、頼んでないって言うようじゃ御免だな。まずは、あの子のご主人様が誰か、叩き込んでやらないとね」
つられたように、マリも笑った。
「さすが、ガーディナ兄様は鬼畜だね!」
それ褒め言葉? と、ヴァン・ガーディナが妖艶な笑みを刻んで、首を傾げた拍子に、美しい白雪の髪が流れて、月光が舞い散った。
「ふふ、マリが考えるほど、私と組むのは楽じゃないけどね。マリがお客様だから、猫をかぶってるんだ」
「――そう?」
「そんな、責任の一端だなんて。私はゼルダに丸投げ。あの子、丸投げされてるとも気付かずに、私を尊敬してて面白いよね」
「えぇ、それって、冗談だよね!?」
「冗談じゃないさ、ライゼールの施策は全てゼルダだし、貴族や富豪どもの攻撃の矢面に立つのもゼルダだよ。私はちょっと、ゼルダが倒れそうな時に助けてあげるだけ」
ヴァン・ガーディナはまるで悪びれずに、言い切った。
「うわぁ、びっくり……! けど、それ責任は投げてないよ、最悪の難局だけ切り回すのって、かえって難しくない? そんなじゃ、ゼルダ兄様だって、ガーディナ兄様を尊敬しちゃうって! でも、確かにちょっと、僕ムリっぽいかも……そんな、領政とか丸投げで任されたら、僕、泣いて夜逃げしそう……」
ヴァン・ガーディナがクスクス笑う。
「私が? ゼルダに意地悪した?」
飲み物を持って戻ったヴァン・ガーディナに、マリが言った。
「してたよー。だって、ゼルダ兄様はガーディナ兄様が大好きなのに、あんな風に言われたら、すごくつらいと思う」
「マリ、ゼルダはずっとヴィンスに構ってばかりで、昼間は私を放ってヴィンスと街に出掛けるし、ヴィンスと一緒の方が楽しそうじゃないか。私なんて好きじゃないって、ついに、大声で言ってくれたしね。同じ居間にいるのに、……聞こえよがしにも程があるな」
「えっ……ちょ、ちょっと待って! ガーディナ兄様、本気!? あんな宣言、真に受けておいでなの!? 挑発したヴィンスがいけないし、ていうか、僕にばっかり優しいガーディナ兄様が、ゼルダ兄様は好きじゃないんでしょう? それって、ガーディナ兄様を慕っていらっしゃるから!」
「――……」
「ねぇ、ガーディナ兄様。ゼルダ兄様は確かに、ヴィンスと一緒にいて楽しいと思うよ? ヴィンスの言うことなら、ゼルダ兄様は一を聞いて、十まで理解なさってるもの。僕なんて、びっくりしちゃうよ。そういうのって、得意になれて、きっと、楽しい時間だよね? でも、だからこそ、ずっと一緒にいる必要はないと思うの」
「え……? あぁ、そうか……そうかもしれないけど……」
ガーディナ兄様が相手だと、やっぱり話の通りが違うねと、マリがにっこり笑う。
「ゼルダ兄様にとっては、ガーディナ兄様のご指導の方が難しいんだ。一から十まで、手取り足取り教えてもらわないとわからないの。たくさん、一緒にいなくちゃならないのは、ガーディナ兄様の方だってことでしょう?」
それも、仕方がない。ヴァン・ガーディナの世界はゼルダにとって、あまりにも違いすぎるから。
「それにね、僕もガーディナ兄様が大好きだけど、僕のは、甘えなんだ。ガーディナ兄様は優しいし、僕にどんな嫌なことも強いないもの。だから、僕はガーディナ兄様と組みたいんだと思うの。僕の気持ち、ガーディナ兄様はとってもよく理解して下さるし。でも、甘やかされたら僕は、きっと、ただ甘えて腐ってしまうよ。ヴィンスが僕を仕込むのは、僕が皇子様の権限で、頑張ればたくさんの人を救えるからなんだ。ヴィンスは、僕にたくさんの人を救わせると思う。蹴っ飛ばしてでも、僕がそうするように仕向けると思う。それは僕のためで、皆のためで、無茶させるけど、それでも、ヴィンスが僕に背負わせる責任は、ヴィンスが父様に背負わされた責任の、ほんの一端なんだ。それなのに、僕が甘えっ子で、重い重いって言ってるだけなの。ヴィンスが僕の何倍も背負って立ってること、ほんとは、わかってるのにね」
そう言って肩を落とすマリの姿は、わかっていても、背負わされる責任が重くて、怖くて、つらいのだと、兄弟を見渡せば誰よりも甘やかされているのに、駄目なんだと、マリなりに思い悩んできた心境を、吐露しているようだった。
「だけど、ゼルダ兄様は誰より御心が強くて、ゼルダ兄様だって痛くないはずがないのに、困ってる人がいたら、ご自身が傷ついてまで庇うでしょう? ヴィンスなんかは、もう一人で闘える逞しさがある気がするけど、ゼルダ兄様は、まだ本当は、誰かに守って欲しいこともあるんじゃないかな。平気だよって、平気じゃないのに、無理なさってるような気がするの。ゼルダ兄様には、ガーディナ兄様が必要なんだよ。ゼルダ兄様のことも、誰かが庇ってあげないと、ゼルダ兄様はいつか倒れちゃうよ」
ヴァン・ガーディナはあえかな光を零す月を見上げながら、夜風に舞う白雪の髪を、一筋、指に絡めた。
「ゼルダ兄様だって、お一人では、そう多くの人は救えないかもしれない。でも、ガーディナ兄様が守ってあげれば、ゼルダ兄様は、ずっと、たくさんの人を救うと思う。――ガーディナ兄様、傍にいて、ゼルダ兄様を助けてあげてね」
ふっと、ヴァン・ガーディナが微笑んだ。
「あの子が望むなら、そうしてやらないでもないよ。でも、優しくしてやっても、頼んでないって言うようじゃ御免だな。まずは、あの子のご主人様が誰か、叩き込んでやらないとね」
つられたように、マリも笑った。
「さすが、ガーディナ兄様は鬼畜だね!」
それ褒め言葉? と、ヴァン・ガーディナが妖艶な笑みを刻んで、首を傾げた拍子に、美しい白雪の髪が流れて、月光が舞い散った。
「ふふ、マリが考えるほど、私と組むのは楽じゃないけどね。マリがお客様だから、猫をかぶってるんだ」
「――そう?」
「そんな、責任の一端だなんて。私はゼルダに丸投げ。あの子、丸投げされてるとも気付かずに、私を尊敬してて面白いよね」
「えぇ、それって、冗談だよね!?」
「冗談じゃないさ、ライゼールの施策は全てゼルダだし、貴族や富豪どもの攻撃の矢面に立つのもゼルダだよ。私はちょっと、ゼルダが倒れそうな時に助けてあげるだけ」
ヴァン・ガーディナはまるで悪びれずに、言い切った。
「うわぁ、びっくり……! けど、それ責任は投げてないよ、最悪の難局だけ切り回すのって、かえって難しくない? そんなじゃ、ゼルダ兄様だって、ガーディナ兄様を尊敬しちゃうって! でも、確かにちょっと、僕ムリっぽいかも……そんな、領政とか丸投げで任されたら、僕、泣いて夜逃げしそう……」
ヴァン・ガーディナがクスクス笑う。
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