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第二章 フォアローゼス
2-3c. 月光の下【もう二度と愛さない】
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「ゼルダは夜逃げ出来ないな、あの子は見栄っ張りだし。腑に落ちない顔しながら、それでも、まさか丸投げされてるなんて考えないで、大変なのは能力が足りないせいだと思うみたいでね。私に助けを求めるのは嫌なんだろう、虚勢を張って、健気に頑張ってるな」
「うわぁ……」
「マリ、おまえもそんなに背負い込まなくていい。疲れたら、いつでも休みにおいで」
ぽんと、ヴァン・ガーディナがマリの頭を叩いた。
「兄様……ほんとに、また来てもいい?」
「いいよ。私の母上にはバレないように気をつけて」
口許に指を一本立てたヴァン・ガーディナは、冗談のような口調でも、真摯に心配している様子だった。
「あの、ゼルシア様にバレたらマズいかな?」
「マズいよ。気をつけて。それからね、マリ? いずれにせよ、ヴィンスは逞しいにしても無神経じゃないか。私にとっては、マリがあんな風になったら嘆かわしいから、適当に手を抜いてくれた方がいいよ。ヴィンスが責任の重さをものともしないのは、デリケートな物事の痛みなど、斟酌しないからなんだ」
「ぷっ」
「私はヴィンスなんて認めない、私のゼルダに手を出したら許すものか、抹殺してやらないと」
「え、待って! 兄様、それって……!?」
マリはまじまじとヴァン・ガーディナを見た。
いつも通りの、魅惑的な麗笑を浮かべていて、本気なんだか冗談なんだか、さっぱりわからない。
とりあえず、マリとしては、クローヴィンスが文字通りゼルダに手を出すなんてあり得ないと思う。ヴァン・ガーディナは何をもって『ゼルダに手を出された』と解釈するつもりなのか。極端な話『ゼルダに指導していいのは私だけ』とか言い出すのなら、決闘沙汰になるかもしれない。
大変だ、ヴァン・ガーディナとクローヴィンスの決闘なんて、怪獣大激突もかくやだ、カムラ帝国の危機だ。
「あのね、ガーディナ兄様? 僕に優しい人はたくさんいるけど、ゼルダ兄様に優しい人は、ガーディナ兄様だけなんだと思う。たった一人の優しい人まで取られてしまうって、ゼルダ兄様の方が、いてもたってもいられないご様子だもの。僕、食事の時とかすごくゼルダ兄様にニラまれるんだけど、まさか、ガーディナ兄様が気付いてないとは思わなかったよ。その鈍いヴィンスでさえ、もう気付いてると思うよ?」
「――……」
それは悪かった。全然、気付かなかった。
何だか目が下向き三角だなとは思っていたけど、ゼルダのことだから、食事のメニューでも気に入らないんだろうと納得していた。
「おまえ、いい子だね」
ヴァン・ガーディナはふっと微笑むと、マリの金髪に優しく、長い指を絡めた。
「ご褒美にいい事を教えてあげるよ。司法官として迷ったら、民衆の立場になってみて、安心して暮らせる裁定を考えればいい。裁定の正しさとか、公平さとか、信じるだけ不毛なんだ。人には、それを見極める能力など、もとより与えられていないんだからね。どんなに慎重に、よくよく熟慮した末の結論であっても、間違っているかもしれないことを、忘れなければいい。それだけ忘れなければ、そんなに間違った判断はしないものだよ。人が、人を憎まずに済む裁定をしていけばいい。私も、おまえはその能力に長けると思うよ」
私はマリになら、断罪されても構わないからと、マリの耳元に、ヴァン・ガーディナが雪の結晶ひと欠片の儚さで、囁いた。
『マリは、私がアルディナン兄様を愛していたって、わかってくれるだろう?』
もう二度と――
愛さない、誰も。ゼルダだって、愛さない。
「え……? ガーディナ兄様……?」
おまえ、間違いなくヴィンスやゼルダや私よりはマシな裁定をするから自信を持ちなさいと笑って、ヴァン・ガーディナはマリの物問いたげな眼差しには、答えなかった。
「僕、ガーディナ兄様のお言葉にね、とっても感銘を受けたよ。僕なんかじゃ、ヴィンスはともかく、ガーディナ兄様よりいい裁定なんて、出来ないと思う」
「マリ、私はそもそも、いい裁定を心掛けない。論外だろう? 他人なんて、どうなってもいいからね。おまえやゼルダが笑っていればいい。見知らぬ者同士の揉め事の仲裁なんて、御免こうむるよ」
他人の心と誠実に向き合えること、それ自体が才能だよと言われると、マリはまた、異なる方向に感銘を受けた。
「わぁ。なんか、そこまで言い切っちゃうと、いっそ立派だね!」
「褒め言葉かな? ありがとう」
ヴァン・ガーディナお得意の魅惑の笑みに、皇都では見せることのなかった楽しげな雰囲気があって、マリも笑った。
「僕こそ、ありがとう。ちょっと自信ついたみたい。僕ね、ゼルダ兄様は将来、ガーディナ兄様の補佐官に就くのが一番いいと思うんだ。だから、僕も、挫けそうだったけど、頑張ってみる。夢はやっぱり諦められないから、天文と建築の勉強も続けるけどね」
「私が皇帝になったら、その程度の夢は叶えてあげるよ。私には、才能に恵まれたマリが、民衆のためにその才能を活かしたいと思うのを、邪魔立てする理由の方がわからないな。マリが司法官っていうのは魅力的だけど、気に入らない司法官なんて、皇帝権力で押さえつけておけばいい。ヴィンスのように、力のない民衆の都合まで考慮する必要はないな」
マリは内心、その必要はすごくあるよねとか、ゼルダ兄様頑張ってねとか思った。
ヴァン・ガーディナが皇太子に就くなら、ゼルダが補佐官についてバランスを取ってくれないと、民衆にどこまでも残酷なカムラ皇室になりそうだ。
もっとも、ヴァン・ガーディナは傍目にもゼルダに甘いので、傍にゼルダがいる限りは、大丈夫だろう。
マリはふと、ゼルダがじぃーっとニラんでいるのに気付いて、戦々恐々とした。
泣きたいのを堪えるようなガンのつけ方で、むしろ、可哀相だった。
ヴァン・ガーディナがマリの耳元に囁いたのとか、気になるんだろうなぁと思う。
ゼルダ兄様が心配するような内緒話じゃないんだけどなぁと思う。
――合掌。
「うわぁ……」
「マリ、おまえもそんなに背負い込まなくていい。疲れたら、いつでも休みにおいで」
ぽんと、ヴァン・ガーディナがマリの頭を叩いた。
「兄様……ほんとに、また来てもいい?」
「いいよ。私の母上にはバレないように気をつけて」
口許に指を一本立てたヴァン・ガーディナは、冗談のような口調でも、真摯に心配している様子だった。
「あの、ゼルシア様にバレたらマズいかな?」
「マズいよ。気をつけて。それからね、マリ? いずれにせよ、ヴィンスは逞しいにしても無神経じゃないか。私にとっては、マリがあんな風になったら嘆かわしいから、適当に手を抜いてくれた方がいいよ。ヴィンスが責任の重さをものともしないのは、デリケートな物事の痛みなど、斟酌しないからなんだ」
「ぷっ」
「私はヴィンスなんて認めない、私のゼルダに手を出したら許すものか、抹殺してやらないと」
「え、待って! 兄様、それって……!?」
マリはまじまじとヴァン・ガーディナを見た。
いつも通りの、魅惑的な麗笑を浮かべていて、本気なんだか冗談なんだか、さっぱりわからない。
とりあえず、マリとしては、クローヴィンスが文字通りゼルダに手を出すなんてあり得ないと思う。ヴァン・ガーディナは何をもって『ゼルダに手を出された』と解釈するつもりなのか。極端な話『ゼルダに指導していいのは私だけ』とか言い出すのなら、決闘沙汰になるかもしれない。
大変だ、ヴァン・ガーディナとクローヴィンスの決闘なんて、怪獣大激突もかくやだ、カムラ帝国の危機だ。
「あのね、ガーディナ兄様? 僕に優しい人はたくさんいるけど、ゼルダ兄様に優しい人は、ガーディナ兄様だけなんだと思う。たった一人の優しい人まで取られてしまうって、ゼルダ兄様の方が、いてもたってもいられないご様子だもの。僕、食事の時とかすごくゼルダ兄様にニラまれるんだけど、まさか、ガーディナ兄様が気付いてないとは思わなかったよ。その鈍いヴィンスでさえ、もう気付いてると思うよ?」
「――……」
それは悪かった。全然、気付かなかった。
何だか目が下向き三角だなとは思っていたけど、ゼルダのことだから、食事のメニューでも気に入らないんだろうと納得していた。
「おまえ、いい子だね」
ヴァン・ガーディナはふっと微笑むと、マリの金髪に優しく、長い指を絡めた。
「ご褒美にいい事を教えてあげるよ。司法官として迷ったら、民衆の立場になってみて、安心して暮らせる裁定を考えればいい。裁定の正しさとか、公平さとか、信じるだけ不毛なんだ。人には、それを見極める能力など、もとより与えられていないんだからね。どんなに慎重に、よくよく熟慮した末の結論であっても、間違っているかもしれないことを、忘れなければいい。それだけ忘れなければ、そんなに間違った判断はしないものだよ。人が、人を憎まずに済む裁定をしていけばいい。私も、おまえはその能力に長けると思うよ」
私はマリになら、断罪されても構わないからと、マリの耳元に、ヴァン・ガーディナが雪の結晶ひと欠片の儚さで、囁いた。
『マリは、私がアルディナン兄様を愛していたって、わかってくれるだろう?』
もう二度と――
愛さない、誰も。ゼルダだって、愛さない。
「え……? ガーディナ兄様……?」
おまえ、間違いなくヴィンスやゼルダや私よりはマシな裁定をするから自信を持ちなさいと笑って、ヴァン・ガーディナはマリの物問いたげな眼差しには、答えなかった。
「僕、ガーディナ兄様のお言葉にね、とっても感銘を受けたよ。僕なんかじゃ、ヴィンスはともかく、ガーディナ兄様よりいい裁定なんて、出来ないと思う」
「マリ、私はそもそも、いい裁定を心掛けない。論外だろう? 他人なんて、どうなってもいいからね。おまえやゼルダが笑っていればいい。見知らぬ者同士の揉め事の仲裁なんて、御免こうむるよ」
他人の心と誠実に向き合えること、それ自体が才能だよと言われると、マリはまた、異なる方向に感銘を受けた。
「わぁ。なんか、そこまで言い切っちゃうと、いっそ立派だね!」
「褒め言葉かな? ありがとう」
ヴァン・ガーディナお得意の魅惑の笑みに、皇都では見せることのなかった楽しげな雰囲気があって、マリも笑った。
「僕こそ、ありがとう。ちょっと自信ついたみたい。僕ね、ゼルダ兄様は将来、ガーディナ兄様の補佐官に就くのが一番いいと思うんだ。だから、僕も、挫けそうだったけど、頑張ってみる。夢はやっぱり諦められないから、天文と建築の勉強も続けるけどね」
「私が皇帝になったら、その程度の夢は叶えてあげるよ。私には、才能に恵まれたマリが、民衆のためにその才能を活かしたいと思うのを、邪魔立てする理由の方がわからないな。マリが司法官っていうのは魅力的だけど、気に入らない司法官なんて、皇帝権力で押さえつけておけばいい。ヴィンスのように、力のない民衆の都合まで考慮する必要はないな」
マリは内心、その必要はすごくあるよねとか、ゼルダ兄様頑張ってねとか思った。
ヴァン・ガーディナが皇太子に就くなら、ゼルダが補佐官についてバランスを取ってくれないと、民衆にどこまでも残酷なカムラ皇室になりそうだ。
もっとも、ヴァン・ガーディナは傍目にもゼルダに甘いので、傍にゼルダがいる限りは、大丈夫だろう。
マリはふと、ゼルダがじぃーっとニラんでいるのに気付いて、戦々恐々とした。
泣きたいのを堪えるようなガンのつけ方で、むしろ、可哀相だった。
ヴァン・ガーディナがマリの耳元に囁いたのとか、気になるんだろうなぁと思う。
ゼルダ兄様が心配するような内緒話じゃないんだけどなぁと思う。
――合掌。
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