雪月花の物語 ~聖域の悪魔~

冴條玲

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第二章 フォアローゼス

2-3d. 月光の下【フルスコア】

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「で、おまえらはどうやってフルスコアなんて出したんだ?」
「は?」

 最終日の夜、クローヴィンスが尋ねた。

「ほらぁ、ゼルダ兄様達は知らないんだよ、ヴィンスが知ってるのがズルなんだって!」
「んなわけねぇだろ! 知らなくてフルスコアって、どんな奇跡だよ!」
「実力じゃない?」
「フルスコアって?」
「だぁから、初期査定だっつの。前領主を除いたライゼールの奴ら、揃いも揃って、おまえらを最高評価で皇都に報告しやがったんだぞ?」
「ちょ、初期査定なんて聞いてない!」

 ゼルダは焦って椅子を蹴立てたものの、振り向けば、ヴァン・ガーディナも知らなかった様子だ。

「うん、知らせないでやるはずだったんだよ。なのに、ヴィンスったら父上とテッサリアの話を故意に盗み聞きしたの!」
「マリ、ちったぁ俺の身になって考えてもみろよ! 俺なんてなぁ、父上がテッサリアの離宮にお通いになる度に、都合の悪いやんちゃをことこまかに把握されてんだぞ! 俺にだって、父上やテッサリアの不都合を知る権利があるはずだ!」
「で、あったの?」

 マリは辛辣しんらつだ。

「いや、――ねぇけど」

 クローヴィンス、ややしょんぼり。

「にしても、じゃあ、おまえら実力でフルスコアなわけか? マジか?」

 心当たりがあるので、ゼルダは沈痛にこめかみを押さえた。

「ていうか、知ってたら初期査定でフルスコアなんて出してない。まずいな、その評価は確実に落ちるんだから」
「――は?」
「ライゼールの流儀なんだ、権力者におもねって保身を図る。その最高評価は『当家の便宜を図って下されば、次も最高評価を出しますよ』っていう申し出にすぎない」
「あぁ? ちょっと待て、それ、全然まじめに評価してねぇだろ。皇太子を決める重要な査定だぞ!?」
「その通りだよ、彼らの特権を認めてくれる皇子であることが、彼らにとっては重要なんだ。彼らがそういうつもりだってことを逆手に取って、評価を落とさない方法はあるけど、そんなことしてたら領政に集中できないし」

 クローヴィンスとマリが目を丸くしてゼルダを見る。ライゼールの流儀に呆れつつ、ゼルダの洞察力と、すぐさま打つ手を考える度胸だとか手腕だとかに感心した様子だ。

「ヴィンスの評価は確実に上がるよ、マリを司法官に抜擢したこととか、今は不評でも、必ず巻き返す。最終的に同程度の評価になった時、次第に下がってその評価になったチームと、次第に上がってその評価になったチームとでは、どちらに将来性が認められる?」
「そりゃ、後者だよな……」

 ゼルダは頷いて、話をまとめた。

「つまり、まともな領政を敷いてガーディナ兄様を勝たせようと思ったら、確実なのは、ガーディナ兄様とヴィンスに歴然たる格差がある今のうちに、諸侯に強引な決断を迫ってしまうことなんだ。根回しっていうか、裏工作っていうか。現段階でヴィンスにつくのはリスクが高すぎるから、そういう風にすれば、ガーディナ兄様は先手必勝で権力基盤を固めてしまえる。でも、そんなことはしたくないし――」

 クローヴィンスはかーっと髪をぐしゃぐしゃやった。

「権力闘争ってな、反吐が出んなぁ。人がせっかくやる気出してんのに、なんだそりゃ。ライゼールの奴ら、ちゃんと評価しやがれ、若い皇子様の頑張りを何だと思ってやがる」

 何だかんだ言って、クローヴィンスは機転を利かせた、後々、周囲があっと驚くような領政を敷いている。
 試されることを楽しんでいたのだ。
 ヴァン・ガーディナと競うこと自体に、競技者として燃えていたのだろう。
 ここへ来たのも、フェアに行こうぜと誘うためもあったに違いない。
 そういうまともな若い皇子が、ちゃんと評価して欲しいと願うのは当然で、おかしいのは間違いなく貴族諸侯の方だ。
 けれど、それこそ腐敗した現体制を変革するのは皇帝であっても至難の業なのだ。

「そんなもの、つけ込みどころだと思ってるんだよ」
「うがーっ!」

 クローヴィンスは吼えた後、ヴァン・ガーディナをキっと睨んだ。

「ガーディナ、どうする気なんだ。ゼルダが言ったみたいにすんのか?」
「まさか、ゼルダの考えなんて甘い、ぬるい、愚の骨頂もいいところだろう? 検討に値しない」
「なっ……」

 ゼルダの考え甘かったか? とクローヴィンスに視線を送られて、ついていくのがやっとだった様子のマリは、わかんないよとかぶりを振った。

「ゼルダ、おまえは前提が間違ってる。この皇太子争奪は目くらまし、父上が私達に与えた試練は、二年間、一人も欠けずに生き延びることだろうな。私を皇太子に就ける方法など考えても、何の意味もないとわからないか?」

 ヴァン・ガーディナの考えでは、初期査定が隠すように行われたなら、皇帝の本命はゼルダ、貴族諸侯の本命はマリだ。
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