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第二章 フォアローゼス
2-3e. 月光の下【仕組まれた茶番劇】
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「この皇太子争奪は、おそらく、ゼルダとマリに時間を与えるために仕組まれた茶番劇です。ゼルダは、私達の時間稼ぎのために、私が早い段階で皇太子に推薦されるのを、阻止しなければならない」
そう、皇帝に仕組まれた茶番劇だ。
クローヴィンスとヴァン・ガーディナは、いずれも、母妃が貴族の出身ではない。後ろ盾が弱いのだ。
ゼルダの母妃は王女だったが、国が滅んでいる。
こういう場合、貴族諸侯が推薦するのは、伯爵令嬢を母妃に持つマリだが、マリは十三歳と若年なので、まだ、皇太子に推薦する時期ではない。
皇太子争奪にヴァン・ガーディナが勝っても、クローヴィンスが勝っても、数年後には必ず、現皇太子を廃して、マリを皇太子にするべきだという声が上がる。
それが、貴族政治だ。
貴族は、貴族の血が流れない皇子が権力の座に就くことを嫌う。
そのような皇子は、貴族が貴族として得ている、不適切な特権を廃止しかねないからだ。
皇帝にとって、貴族の出身ではないゼルシアがそういう政治の仕組を知らず、マリを暗殺する必要性を感じていないことは、不幸中の幸いだろう。
皇帝はそれと悟られる前に、できるだけマリを育てて、可能性を与えたいのだ。
マリが、貴族諸侯の意向で飾り物の皇太子にされることも、ゼルシアの意向で暗殺されることもなく、己が望む未来へとはばたくための力を。
それだけでなく、兄弟としての愛情を信じる前提に立てば、既に、ゼルシアに命を狙われているゼルダを庇えるとしたら、適任者はゼルシアの皇子であるヴァン・ガーディナに他ならない。
皇妃の暗殺リストの筆頭がゼルダなら、皇帝の守護リストの筆頭もまた、ゼルダではないのか。
アルディナン亡き後、ゼルダは一人で生きてきたつもりだろう。
けれど、ゼルダの命は、皇帝が守り抜いてきたからこそ、つながれているとしかヴァン・ガーディナには思えなかった。ゼルダが一人で立ち向かえるほど、皇妃の魔手は甘くない。
「ゼルダ、私の足手まといになりたくないなら、まずは己が身を守る術を身につけなさい。受け身を最初に覚える、権力闘争であっても基本だろう?」
不服そうに頬を膨らますゼルダに、ヴァン・ガーディナは畳み掛けた。
「私がどれだけ苦心して、おまえを庇っていると思う。生き延びること、それは、私と兄上のどちらが皇太子にふさわしいかより、よほど困難で重要な試練だと、おまえは思わないのか?」
ゼルダはどきんとして、言葉に詰まった。
「ヴィンスに皇太子をもっていかれるなんて、随分、マシな未来じゃないか。亡くなった兄上達が切望し、全力で奮闘しながら、つかめなかった未来が前提か」
「待て、待てって、ガーディナ! 容赦してやれよ、ゼルダが凹むって! 立ち直れねぇぞ!?」
「ヴィンス、ゼルダは二人の兄皇子に目の前で死なれながら、まだ、事の深刻さがわかっていないんです。ゼルダは私や父上になら、何でも出来ると思っているんだから」
「……ちがうの?」
「違う」
ヴァン・ガーディナは厳しい。得意になっていたゼルダは地面にめり込むほど凹んで、唇を噛んだ。
「大丈夫、この程度はいつも凹ませています。ゼルダは打たれ強さが取り柄ですから」
爽やかな笑顔でのたまうヴァン・ガーディナに、やや引き気味に、クローヴィンスが答えた。
「お、おう……」
どういうわけか、ゼルダは自主的に正座していたりした。
いつも、この調子だから、ヴァン・ガーディナに口答え出来なくなるのだ。
なのに、口答えしろって言うし。
「ヴィンス、いみじくもゼルダの言った通り、あなたの評価は上がり、私の評価は下がるでしょう。そうなるよう努めて下さい。あなたは最善を尽くして正当な評価を得て下さらなければ、いずれ、役立たずに成り下がります。そんな兄上を庇うのなんて御免ですから、あなたも私を支えて下さい」
「なっ……」
「なぜなら、母上が目の仇にしているのが、兄上よりもゼルダだから。あの方は、妄想も同然の理屈をこねて、とにかくゼルダを粛清したがっておいでだ。女性は感情的な生き物と聞きますが、本当に、こちらの理屈が通じない。そして兄上、母上はあなたに、いえ、テッサリア様には遠慮している節があるでしょう? 母上はテッサリア様のご不興を買いたがらないし、必要とあらば、皇太子殺しの罪を首尾よくなすりつけたゼルダに、次の皇太子殺しの罪もなすりつけようとなさるでしょう。その上で、今度こそ確定させてゼルダを葬れば、後腐れがないと考えるでしょうね。ならば、兄上と私のどちらが勝つかわからない状態にある限り、母上はゼルダを『取っておく』と思われませんか?」
これには、皇子達はそろって戦慄した。
「今の私は、本気になったあの方と渡り合う力など、持ち合わせていないのですから。シャークス皇弟、アーシャ皇妃、アルディナン皇太子、ザルマーク皇太子、帝国各地で独立の気運を高めていた数多の勢力の柱となる人物――片端から粛清したあの方が、証拠も泥はねも残さないあの方が、どれほど恐ろしい方か、縁戚関係を抜きにして考えて下さい。今の私達では、束になってもあの方には敵わないでしょう。それでも、父上が与えて下さった時間が二年ある。ゼルダが二年後にも、今のままのゼルダだなんて許さないし、私も兄上もマリもです。私達はせめて、総力でアルディナン兄様に追いつかなければならない」
いつものヴァン・ガーディナだった。ゼルダが『この試験にあなたを勝たせて、皇太子に就けたい』と望めば、その望みを叶えるため、最善の方策を示してくれる。その指揮さえ厭わない。
そう、皇帝に仕組まれた茶番劇だ。
クローヴィンスとヴァン・ガーディナは、いずれも、母妃が貴族の出身ではない。後ろ盾が弱いのだ。
ゼルダの母妃は王女だったが、国が滅んでいる。
こういう場合、貴族諸侯が推薦するのは、伯爵令嬢を母妃に持つマリだが、マリは十三歳と若年なので、まだ、皇太子に推薦する時期ではない。
皇太子争奪にヴァン・ガーディナが勝っても、クローヴィンスが勝っても、数年後には必ず、現皇太子を廃して、マリを皇太子にするべきだという声が上がる。
それが、貴族政治だ。
貴族は、貴族の血が流れない皇子が権力の座に就くことを嫌う。
そのような皇子は、貴族が貴族として得ている、不適切な特権を廃止しかねないからだ。
皇帝にとって、貴族の出身ではないゼルシアがそういう政治の仕組を知らず、マリを暗殺する必要性を感じていないことは、不幸中の幸いだろう。
皇帝はそれと悟られる前に、できるだけマリを育てて、可能性を与えたいのだ。
マリが、貴族諸侯の意向で飾り物の皇太子にされることも、ゼルシアの意向で暗殺されることもなく、己が望む未来へとはばたくための力を。
それだけでなく、兄弟としての愛情を信じる前提に立てば、既に、ゼルシアに命を狙われているゼルダを庇えるとしたら、適任者はゼルシアの皇子であるヴァン・ガーディナに他ならない。
皇妃の暗殺リストの筆頭がゼルダなら、皇帝の守護リストの筆頭もまた、ゼルダではないのか。
アルディナン亡き後、ゼルダは一人で生きてきたつもりだろう。
けれど、ゼルダの命は、皇帝が守り抜いてきたからこそ、つながれているとしかヴァン・ガーディナには思えなかった。ゼルダが一人で立ち向かえるほど、皇妃の魔手は甘くない。
「ゼルダ、私の足手まといになりたくないなら、まずは己が身を守る術を身につけなさい。受け身を最初に覚える、権力闘争であっても基本だろう?」
不服そうに頬を膨らますゼルダに、ヴァン・ガーディナは畳み掛けた。
「私がどれだけ苦心して、おまえを庇っていると思う。生き延びること、それは、私と兄上のどちらが皇太子にふさわしいかより、よほど困難で重要な試練だと、おまえは思わないのか?」
ゼルダはどきんとして、言葉に詰まった。
「ヴィンスに皇太子をもっていかれるなんて、随分、マシな未来じゃないか。亡くなった兄上達が切望し、全力で奮闘しながら、つかめなかった未来が前提か」
「待て、待てって、ガーディナ! 容赦してやれよ、ゼルダが凹むって! 立ち直れねぇぞ!?」
「ヴィンス、ゼルダは二人の兄皇子に目の前で死なれながら、まだ、事の深刻さがわかっていないんです。ゼルダは私や父上になら、何でも出来ると思っているんだから」
「……ちがうの?」
「違う」
ヴァン・ガーディナは厳しい。得意になっていたゼルダは地面にめり込むほど凹んで、唇を噛んだ。
「大丈夫、この程度はいつも凹ませています。ゼルダは打たれ強さが取り柄ですから」
爽やかな笑顔でのたまうヴァン・ガーディナに、やや引き気味に、クローヴィンスが答えた。
「お、おう……」
どういうわけか、ゼルダは自主的に正座していたりした。
いつも、この調子だから、ヴァン・ガーディナに口答え出来なくなるのだ。
なのに、口答えしろって言うし。
「ヴィンス、いみじくもゼルダの言った通り、あなたの評価は上がり、私の評価は下がるでしょう。そうなるよう努めて下さい。あなたは最善を尽くして正当な評価を得て下さらなければ、いずれ、役立たずに成り下がります。そんな兄上を庇うのなんて御免ですから、あなたも私を支えて下さい」
「なっ……」
「なぜなら、母上が目の仇にしているのが、兄上よりもゼルダだから。あの方は、妄想も同然の理屈をこねて、とにかくゼルダを粛清したがっておいでだ。女性は感情的な生き物と聞きますが、本当に、こちらの理屈が通じない。そして兄上、母上はあなたに、いえ、テッサリア様には遠慮している節があるでしょう? 母上はテッサリア様のご不興を買いたがらないし、必要とあらば、皇太子殺しの罪を首尾よくなすりつけたゼルダに、次の皇太子殺しの罪もなすりつけようとなさるでしょう。その上で、今度こそ確定させてゼルダを葬れば、後腐れがないと考えるでしょうね。ならば、兄上と私のどちらが勝つかわからない状態にある限り、母上はゼルダを『取っておく』と思われませんか?」
これには、皇子達はそろって戦慄した。
「今の私は、本気になったあの方と渡り合う力など、持ち合わせていないのですから。シャークス皇弟、アーシャ皇妃、アルディナン皇太子、ザルマーク皇太子、帝国各地で独立の気運を高めていた数多の勢力の柱となる人物――片端から粛清したあの方が、証拠も泥はねも残さないあの方が、どれほど恐ろしい方か、縁戚関係を抜きにして考えて下さい。今の私達では、束になってもあの方には敵わないでしょう。それでも、父上が与えて下さった時間が二年ある。ゼルダが二年後にも、今のままのゼルダだなんて許さないし、私も兄上もマリもです。私達はせめて、総力でアルディナン兄様に追いつかなければならない」
いつものヴァン・ガーディナだった。ゼルダが『この試験にあなたを勝たせて、皇太子に就けたい』と望めば、その望みを叶えるため、最善の方策を示してくれる。その指揮さえ厭わない。
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