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第三章 死霊術師
3-3f. 闇色の獣【花の姫が寂しがる】
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湯殿を使ってさっぱりし、就寝するつもりで寝酒にワインを飲んでいたヴァン・ガーディナは、寝室のドアがいきなり開いたので、反射的に、そこに立ち塞がる者を手討ちにしかけた。
「いたぁああ!」
客間の羽根布団を抱き締めたゼルダだったし。軽く夢遊状態なのか、子供じみた声を張り上げて、親の仇を見るような目で睨んでいる。
ワインを吹くかと思った。
「兄上、なんでゼルダをひとりにするの! 寂しいでしょう!!」
――ぶっ!
危なかった、ワイン、口に含んでいたら絶対に吹いたなと思う。
「ゼルダ、部屋に戻って眠れ!」
「やだ! ゼルダが寂しがるでしょう! そこにいて、いなくならないで!!」
すごく逆らいがたい口調で言い渡して、部屋の隅に丸まって、あれよあれよという間に寝息を立て始めた。
思いがけない事態に、ヴァン・ガーディナは額を覆った。ゼルダはいつも、一人では眠らないのか。
ゼルダが一人では、安眠できないのはわかった。だが、ヴァン・ガーディナは一人でないと安眠できない。締め出してやろうかと思ったけれど、ゼルダが泣いていて。
「――……」
仕方がないなと、ヴァン・ガーディナは嘆息した。明日は休日の陽曜日だ、ゼルダを帰してから寝なおすか……。
ヴァン・ガーディナは飲みかけのワインをテーブルに置いて、羽根の掛け布団を寝床に眠るゼルダを眺めた。何かと思う、愛らしさだ。こんな風に落ちていたら、喰われるだろうに。
本当に、仕方がないなと思う。一夜くらいは、眠りを妨げられたにしても許してやるよと、ヴァン・ガーディナは知らず微笑んで、天蓋の紗幕を一枚だけ降ろして、寝台に横になった。
**――*――**
翌朝、美味しそうな朝食の香りがして、目を覚ましたゼルダは時計を見てあわてた。
「いっけない! 今日は、アデリシアとシルフィスと劇場に行く約束なんです! おはようございます、兄上。昨夜は、ありが――」
運ばせた朝食も取らずに、ゼルダが帰邸する気配を察してか、兄皇子が一切れ、焼き立てのパンをゼルダの口に放り込んでくれた。むぐとそれを食んで、ゼルダはにっこり笑った。
感謝のしるしに、取っておきの笑顔で敬礼して、ゼルダは足取りも軽く兄皇子の私邸を辞した。
たまの休みなのに、約束を反故にしたら、二人の妃にうらまれてしまう。次の休みにはリディアージュとエルディナスに会いに離宮を訪ねるつもりだし、今日は目一杯、傍にいてくれる妃を楽しませなくては。
そして、愛しの妃が許してくれたら、子猫を一匹もらいにまた来たい。昨夜、ゼルダのエサを、子猫なりにいっしょけんめ、にゃぎーをかわして食べてくれた子猫、にゃぎーじゃない方の子がいい。デブにゃぎーは兄皇子に似合う。兄皇子に放り投げられているのが似合う。
ゼルダは思い出すだけでも楽しい気持ちになって、自然に、足取りが軽くなってくるのだった。
**――*――**
夜が明けてみれば、あっという間にゼルダがいなくなって、ヴァン・ガーディナはひとり、朝食を取りながら窓の外を眺めた。朝の爽やかな風が心地好い。
いつもと変わらない、平和で静かな私邸を取り戻せたのだ、何よりだろう。
「何だかな。私の方が、寂しいみたいだろう?」
好き好んで静かな環境を手に入れながら、何だかひどく、寂しく空虚になってしまった気がした。
放ってやったパンを食みながら、ゼルダが彼に向けた美味しいですの笑顔に、何か、胸の内に花でも綻んだ気がして、案外、寝起きする部屋にゼルダがいるのも悪くないなと思っていたら、瞬く間にいなくなってしまった。
帰す前に、キスのひとつもしてやりたかったなと、後で思ったなんて、ゼルダにも誰にも、死んでも言えない不覚だ。
もう一夜くらい、あの子、また泊めようか――
これもゼルダの口に放ってみたかったなと、ヴァン・ガーディナはつまらなくなってしまった朝食を、美味しくもない気持ちでつついた。いつも通りなのに、どうしたのか。
明日には、領主館でまた顔を会わせるのだから、どうということもないだろう。
早く、明日になればいいのにと、待ち遠しい気持ちがして、ヴァン・ガーディナはほろ苦く笑った。
「いたぁああ!」
客間の羽根布団を抱き締めたゼルダだったし。軽く夢遊状態なのか、子供じみた声を張り上げて、親の仇を見るような目で睨んでいる。
ワインを吹くかと思った。
「兄上、なんでゼルダをひとりにするの! 寂しいでしょう!!」
――ぶっ!
危なかった、ワイン、口に含んでいたら絶対に吹いたなと思う。
「ゼルダ、部屋に戻って眠れ!」
「やだ! ゼルダが寂しがるでしょう! そこにいて、いなくならないで!!」
すごく逆らいがたい口調で言い渡して、部屋の隅に丸まって、あれよあれよという間に寝息を立て始めた。
思いがけない事態に、ヴァン・ガーディナは額を覆った。ゼルダはいつも、一人では眠らないのか。
ゼルダが一人では、安眠できないのはわかった。だが、ヴァン・ガーディナは一人でないと安眠できない。締め出してやろうかと思ったけれど、ゼルダが泣いていて。
「――……」
仕方がないなと、ヴァン・ガーディナは嘆息した。明日は休日の陽曜日だ、ゼルダを帰してから寝なおすか……。
ヴァン・ガーディナは飲みかけのワインをテーブルに置いて、羽根の掛け布団を寝床に眠るゼルダを眺めた。何かと思う、愛らしさだ。こんな風に落ちていたら、喰われるだろうに。
本当に、仕方がないなと思う。一夜くらいは、眠りを妨げられたにしても許してやるよと、ヴァン・ガーディナは知らず微笑んで、天蓋の紗幕を一枚だけ降ろして、寝台に横になった。
**――*――**
翌朝、美味しそうな朝食の香りがして、目を覚ましたゼルダは時計を見てあわてた。
「いっけない! 今日は、アデリシアとシルフィスと劇場に行く約束なんです! おはようございます、兄上。昨夜は、ありが――」
運ばせた朝食も取らずに、ゼルダが帰邸する気配を察してか、兄皇子が一切れ、焼き立てのパンをゼルダの口に放り込んでくれた。むぐとそれを食んで、ゼルダはにっこり笑った。
感謝のしるしに、取っておきの笑顔で敬礼して、ゼルダは足取りも軽く兄皇子の私邸を辞した。
たまの休みなのに、約束を反故にしたら、二人の妃にうらまれてしまう。次の休みにはリディアージュとエルディナスに会いに離宮を訪ねるつもりだし、今日は目一杯、傍にいてくれる妃を楽しませなくては。
そして、愛しの妃が許してくれたら、子猫を一匹もらいにまた来たい。昨夜、ゼルダのエサを、子猫なりにいっしょけんめ、にゃぎーをかわして食べてくれた子猫、にゃぎーじゃない方の子がいい。デブにゃぎーは兄皇子に似合う。兄皇子に放り投げられているのが似合う。
ゼルダは思い出すだけでも楽しい気持ちになって、自然に、足取りが軽くなってくるのだった。
**――*――**
夜が明けてみれば、あっという間にゼルダがいなくなって、ヴァン・ガーディナはひとり、朝食を取りながら窓の外を眺めた。朝の爽やかな風が心地好い。
いつもと変わらない、平和で静かな私邸を取り戻せたのだ、何よりだろう。
「何だかな。私の方が、寂しいみたいだろう?」
好き好んで静かな環境を手に入れながら、何だかひどく、寂しく空虚になってしまった気がした。
放ってやったパンを食みながら、ゼルダが彼に向けた美味しいですの笑顔に、何か、胸の内に花でも綻んだ気がして、案外、寝起きする部屋にゼルダがいるのも悪くないなと思っていたら、瞬く間にいなくなってしまった。
帰す前に、キスのひとつもしてやりたかったなと、後で思ったなんて、ゼルダにも誰にも、死んでも言えない不覚だ。
もう一夜くらい、あの子、また泊めようか――
これもゼルダの口に放ってみたかったなと、ヴァン・ガーディナはつまらなくなってしまった朝食を、美味しくもない気持ちでつついた。いつも通りなのに、どうしたのか。
明日には、領主館でまた顔を会わせるのだから、どうということもないだろう。
早く、明日になればいいのにと、待ち遠しい気持ちがして、ヴァン・ガーディナはほろ苦く笑った。
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