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第五章 闇血呪
5-2b. 聖域の悪魔
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「どうして、そんな屁理屈をこねてまで、ご自分を貶めるのですか! 私が、父上に母上を暗殺したのはゼルシア様だって訴えました! 失礼ですが、諸悪の根源はゼルシア様だし、あとは、私を信じて下さらない父上でしょう!? 兄上が亡くなったって、ゼルシア様が次の皇子を身籠れば同じことです!」
ムキになるゼルダの説得に、それでも、ヴァン・ガーディナは納得した。
ゼルダの考えはとても単純明快で、自分は何か、考えすぎていたなと思う。
「兄上、そんなこと、ずっと考えていたのですか?」
ゼルダが軽く頬を膨らませて、めーをする。可愛い。
「――うん」
ヴァン・ガーディナは素直に答えて、優しい微笑みを零した。
ゼルダの目に、それはまるで、銀世界の木立から降り積もった雪が落ちる刹那のような、何かが動き出す予感を伴う光景だった。
「もお。兄上が亡くなったら、私が悲しいでしょう。そんなこと、考えないで下さい」
ゼルダがすねた様子で、兄皇子の胸に頭を預けて目を伏せる。
「兄上は、いいな。父上に信頼されて。私は全然だめです……」
「だって、おまえは父上が何を望んでいるか、考えないじゃないか。おまえの願いばかりだろう? 信頼しようがないよ」
「そんなこと、ないんです……」
兄皇子への感謝の念は深いけれど、どんなにしても父皇帝の信頼を得られないゼルダには、それを得ている、父皇帝に信頼される兄皇子がうらやましかった。
全身全霊を懸けたゼルダの願いも、間違えば死に至る苦痛も、兄皇子に冷酷なゼルシア皇妃を克服させるためだけに――
「ゼルダ、皇后宮に一緒に来ないか? 母上の前でおまえを犯してみせたら、何か変わるかな?」
「な、冗談じゃない!」
ヴァン・ガーディナはにやりとすると、ゼルダの腕をつかんで、抵抗するゼルダを造作もなく寝台に組み敷いた。
「おまえ、私の邪魔をしないのにな……」
「……兄様?」
ずっと、わかりたくなかった。ゼルダは、彼が皇太子の座に就くことを、厭わないし邪魔しない。
それでも、母皇妃がゼルダの暗殺を譲らないのは、どうしてなのか。
ふと、ヴァン・ガーディナはゼルダの瞳を見詰めた。
彼を愛している、弟皇子の瞳を。
――ああ、そうか。母上は、私を愛していない。私の気が狂うことを望んでいらっしゃるから――
ゼルダを殺してしまうというのは、上策だ。
ゼルシアには皇子ヴァン・ガーディナが必要だ。しかし、必要なのは彼の命であって、心ではないのだ。皇子が生きていればよい。ゼルシアに背く心など、ない方がいい。
「ゼルダ、一緒に来なさい。さもないと犯すよ」
組み敷いたゼルダの耳元に囁くと、ヴァン・ガーディナは返事を待たず、ゼルダの喉元に唇を寄せた。
「んっ……! 兄上、どうして、見えるように痕を残したがるんです!」
ヴァン・ガーディナがくすくす笑う。
「おまえが困るから」
「な、何でーっ! 私のこと、困らせたいんですか! 楽しいの!?」
「とっても、楽しいよ」
甘く痺れるような痛みに、ゼルダが切ない吐息を漏らして、寝台の敷き布を握り締める。
「も、もぉ~、兄上、皇后宮へは、何のために? 私は、勝手は承知ですが、ゼルシア様の前で兄上に跪くのはいやです」
「皇后宮には、もう参じたくなかったけどな――」
あの宮は空気が重過ぎて、息が詰まる。よく、窒息しなかったと思う。
「私が、母上を恐れているんだ」
「嘘ぉ、えぇえ!?」
「あの方の本性を知っていながら恐れない、おまえがおかしいんだよ」
ずっと、父皇帝に愛されるゼルダがうらやましかった。ゼルダの願いを叶えるためなら、父皇帝はヴァン・ガーディナをこんな風に追い詰めることさえ、厭わないのだから。
父にとっても、母にとっても、彼は道具なのだろう。けれど、ゼルダは彼をそういう目で見ない。彼に愛されたいと、彼のようになりたいと必死だ。
ゼルダがなぜ彼に憧れるのかは、よくわからないけれど。
「一緒に来なさい、兄様の言うことをお聞き」
ゼルダが折れて頷いたので、ヴァン・ガーディナは微笑んで、ゼルダを許した。
「――どうした?」
そのゼルダが、深刻な面持ちで、部屋の戸口を見ていて。
「今、妃がっ……!」
ヴァン・ガーディナはたまらず吹き出して、ぽんぽん、ゼルダの肩を叩いた。
「おまえの妃なら、とっくに知っているから大丈夫だよ。口止めもしてある」
「何ですってぇ!?」
リ、リディ、リディ~と、ゼルダがこの世の終わりとばかり、泣きむせぶ。
「何だ? 面白いな」
「面白くない! 兄上なんて大っ嫌い!!」
――いつも、隣の芝生は青い。
ムキになるゼルダの説得に、それでも、ヴァン・ガーディナは納得した。
ゼルダの考えはとても単純明快で、自分は何か、考えすぎていたなと思う。
「兄上、そんなこと、ずっと考えていたのですか?」
ゼルダが軽く頬を膨らませて、めーをする。可愛い。
「――うん」
ヴァン・ガーディナは素直に答えて、優しい微笑みを零した。
ゼルダの目に、それはまるで、銀世界の木立から降り積もった雪が落ちる刹那のような、何かが動き出す予感を伴う光景だった。
「もお。兄上が亡くなったら、私が悲しいでしょう。そんなこと、考えないで下さい」
ゼルダがすねた様子で、兄皇子の胸に頭を預けて目を伏せる。
「兄上は、いいな。父上に信頼されて。私は全然だめです……」
「だって、おまえは父上が何を望んでいるか、考えないじゃないか。おまえの願いばかりだろう? 信頼しようがないよ」
「そんなこと、ないんです……」
兄皇子への感謝の念は深いけれど、どんなにしても父皇帝の信頼を得られないゼルダには、それを得ている、父皇帝に信頼される兄皇子がうらやましかった。
全身全霊を懸けたゼルダの願いも、間違えば死に至る苦痛も、兄皇子に冷酷なゼルシア皇妃を克服させるためだけに――
「ゼルダ、皇后宮に一緒に来ないか? 母上の前でおまえを犯してみせたら、何か変わるかな?」
「な、冗談じゃない!」
ヴァン・ガーディナはにやりとすると、ゼルダの腕をつかんで、抵抗するゼルダを造作もなく寝台に組み敷いた。
「おまえ、私の邪魔をしないのにな……」
「……兄様?」
ずっと、わかりたくなかった。ゼルダは、彼が皇太子の座に就くことを、厭わないし邪魔しない。
それでも、母皇妃がゼルダの暗殺を譲らないのは、どうしてなのか。
ふと、ヴァン・ガーディナはゼルダの瞳を見詰めた。
彼を愛している、弟皇子の瞳を。
――ああ、そうか。母上は、私を愛していない。私の気が狂うことを望んでいらっしゃるから――
ゼルダを殺してしまうというのは、上策だ。
ゼルシアには皇子ヴァン・ガーディナが必要だ。しかし、必要なのは彼の命であって、心ではないのだ。皇子が生きていればよい。ゼルシアに背く心など、ない方がいい。
「ゼルダ、一緒に来なさい。さもないと犯すよ」
組み敷いたゼルダの耳元に囁くと、ヴァン・ガーディナは返事を待たず、ゼルダの喉元に唇を寄せた。
「んっ……! 兄上、どうして、見えるように痕を残したがるんです!」
ヴァン・ガーディナがくすくす笑う。
「おまえが困るから」
「な、何でーっ! 私のこと、困らせたいんですか! 楽しいの!?」
「とっても、楽しいよ」
甘く痺れるような痛みに、ゼルダが切ない吐息を漏らして、寝台の敷き布を握り締める。
「も、もぉ~、兄上、皇后宮へは、何のために? 私は、勝手は承知ですが、ゼルシア様の前で兄上に跪くのはいやです」
「皇后宮には、もう参じたくなかったけどな――」
あの宮は空気が重過ぎて、息が詰まる。よく、窒息しなかったと思う。
「私が、母上を恐れているんだ」
「嘘ぉ、えぇえ!?」
「あの方の本性を知っていながら恐れない、おまえがおかしいんだよ」
ずっと、父皇帝に愛されるゼルダがうらやましかった。ゼルダの願いを叶えるためなら、父皇帝はヴァン・ガーディナをこんな風に追い詰めることさえ、厭わないのだから。
父にとっても、母にとっても、彼は道具なのだろう。けれど、ゼルダは彼をそういう目で見ない。彼に愛されたいと、彼のようになりたいと必死だ。
ゼルダがなぜ彼に憧れるのかは、よくわからないけれど。
「一緒に来なさい、兄様の言うことをお聞き」
ゼルダが折れて頷いたので、ヴァン・ガーディナは微笑んで、ゼルダを許した。
「――どうした?」
そのゼルダが、深刻な面持ちで、部屋の戸口を見ていて。
「今、妃がっ……!」
ヴァン・ガーディナはたまらず吹き出して、ぽんぽん、ゼルダの肩を叩いた。
「おまえの妃なら、とっくに知っているから大丈夫だよ。口止めもしてある」
「何ですってぇ!?」
リ、リディ、リディ~と、ゼルダがこの世の終わりとばかり、泣きむせぶ。
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