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第五章 闇血呪
5-2a. 聖域の悪魔
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「ゼルダ、陛下が軍を引いて下さった。しばらく、神殿が滅ぼされることはないよ」
ずっと、重かった体が軽い。悪寒も、苦痛もない。
ゼルダは驚いて寝台に起き上がり、兄皇子を見た。
「ガーディナ兄様、それ、本当ですか……!?」
「本当だよ、おまえの方法では駄目だ。父上を動かしたければ、手を貸すか、脅迫する提案を添えないとな。聖アンナ神殿の粛清で犠牲とされる聖職者は、せいぜい、数十人だろう。だが、内乱になれば犠牲者の数は数千、数万にも膨れ上がるんだ。父上は決して、思慮もなく粛清を承認したわけではないから」
「内乱……?」
何のことかと、ゼルダが聞きとがめる。
まだ十五歳だ、優秀ではあっても、ゼルダには大局が見えていない。自分と妃の面倒だけで、精一杯なのだろう。
父皇帝の思惑通りか、と思う。
打診してみると、待ち構えていたように、皇帝はゼルダの解呪を許した。
「おまえも回復したら手を貸しなさい、相応の無理難題を課されたからな。三月以内に、神殿に根を張る皇弟派残党の手掛かりを突き止め、父上に提出すること。私の母が、手掛かりを多くご存知のはずだ。母上からは、おまえを死に至らしめなかったお叱りも受けねばならないし、再三に渡り顔を見せるよう催促されているし、皇后宮に出向かないとな――」
過去、皇帝に反旗を翻した皇弟シャークスの落とし胤、ヴィスタルゼンが聖アンナ神殿に潜伏し、現皇帝ハーケンベルクを滅ぼすべく、地下組織などをまとめているのだ。
それを援助しているのが、皇妃ゼルシアに他ならない。
「――……」
ゼルダが何やら不服そうな顔をするので、ヴァン・ガーディナは首を傾げた。
「どうした?」
「私だって、父上がそういう御下命を与えて下さったら、応じるのにと思って。父上は私には、そんな提案さえ、して下さらないもの――兄上には、感謝しています……」
ゼルダの前髪をかき上げたヴァン・ガーディナが、その額にキスした。
「おまえって可愛らしいよ、愚かで」
「えぇー!? そんなこと、心の底から思われても! 嬉しくないです!?」
ヴァン・ガーディナがくつくつ笑う。
「馬鹿だな、それ『父上にも出来ないこと』だろう。ゼルダ、いったい誰が、皇后陛下から内情を引き出せると思うんだ。出来るとしたら私だけ、その私がいつまでも母上を恐れて、行動を起こさないから、痺れを切らせた父上が、おまえをだしにしたんだよ」
「だしって、私がだしなんですか!」
そうだよ、だし、と兄皇子がぽんぽん、ゼルダの肩を叩く。
ゼルダはそれで、もっと納得行かないことも思い出した。
「あ、そうだ。兄上、私を死なせたら命はないと父上に宣告されたこと、どうして、ゼルシア様への言い訳になさらなかったのですか?」
「おまえ、馬鹿だな。わからないのか」
「わからないから聞いているんです、賢い兄上様! そのあからさまに、わざとらしくガッカリした口調やめて!?」
ゼルダの言いように、兄皇子がまたクスクス笑った。
「切り札は取っておくものだろう。私は、おまえを死なせたら皇太子になれないと、母上に口答えしたよ」
「でも、ゼルシア様は、マリにも不幸があればいいって……だから、私は絶対に、死ねないと思いましたけど……?」
ゼルダを死なせた失点は、マリも死んでしまえば白紙に戻ると、ゼルシア皇妃は言ってのけたのだ。
マリのためにも、ゼルダは絶対に死ねないと思った。
一方、兄皇子は初めて、少し驚いた顔をして、ゼルダを見直した。
「おまえの命を絶てば、父上から死を賜るなんて、あの場で言い訳するのは愚の骨頂だ。あの方なら、陛下にも不幸があればいいと仰るだろう。もう、皇帝を暗殺する頃合だと判断なさるだろうな。でも、そうなのか……」
「……え……そんな、いくらゼルシア様でも、皇帝を暗殺だなんて!!」
「おまえが言ったんだ、早期に強引な決断を迫れば、ヴィンスではなく、私が皇太子になると。それはつまり、今この時に父上が亡くなれば、私が皇帝になるということだよ」
ゼルダは言葉に詰まった。
兄皇子は、その時には皇帝になれない。
カレンが探り出した秘密が明るみに出る。皇帝を暗殺したゼルシア皇妃を、皇帝の側室であるテッサリアが庇う理由がない。
兄皇子は知らないのだ。知らないから、ゼルシア皇妃に皇帝暗殺という選択肢があると思って――
これまでのように、テッサリアを暗殺することでは済まない。彼女が秘密を暴くのではなく、彼女が秘密に蓋をしている。
今なお、父皇帝こそが、その皇妃と皇子を庇うのだから――
「おまえ、死ねないと思ったんだな。私が死ねばいいとは、思わなかったのか? 私が死のうとしないから、おまえ達の命が危ういんだよ」
「兄上、馬鹿なこと仰らないで!」
ゼルダはまたびっくりして、兄皇子を見た。
ずっと、重かった体が軽い。悪寒も、苦痛もない。
ゼルダは驚いて寝台に起き上がり、兄皇子を見た。
「ガーディナ兄様、それ、本当ですか……!?」
「本当だよ、おまえの方法では駄目だ。父上を動かしたければ、手を貸すか、脅迫する提案を添えないとな。聖アンナ神殿の粛清で犠牲とされる聖職者は、せいぜい、数十人だろう。だが、内乱になれば犠牲者の数は数千、数万にも膨れ上がるんだ。父上は決して、思慮もなく粛清を承認したわけではないから」
「内乱……?」
何のことかと、ゼルダが聞きとがめる。
まだ十五歳だ、優秀ではあっても、ゼルダには大局が見えていない。自分と妃の面倒だけで、精一杯なのだろう。
父皇帝の思惑通りか、と思う。
打診してみると、待ち構えていたように、皇帝はゼルダの解呪を許した。
「おまえも回復したら手を貸しなさい、相応の無理難題を課されたからな。三月以内に、神殿に根を張る皇弟派残党の手掛かりを突き止め、父上に提出すること。私の母が、手掛かりを多くご存知のはずだ。母上からは、おまえを死に至らしめなかったお叱りも受けねばならないし、再三に渡り顔を見せるよう催促されているし、皇后宮に出向かないとな――」
過去、皇帝に反旗を翻した皇弟シャークスの落とし胤、ヴィスタルゼンが聖アンナ神殿に潜伏し、現皇帝ハーケンベルクを滅ぼすべく、地下組織などをまとめているのだ。
それを援助しているのが、皇妃ゼルシアに他ならない。
「――……」
ゼルダが何やら不服そうな顔をするので、ヴァン・ガーディナは首を傾げた。
「どうした?」
「私だって、父上がそういう御下命を与えて下さったら、応じるのにと思って。父上は私には、そんな提案さえ、して下さらないもの――兄上には、感謝しています……」
ゼルダの前髪をかき上げたヴァン・ガーディナが、その額にキスした。
「おまえって可愛らしいよ、愚かで」
「えぇー!? そんなこと、心の底から思われても! 嬉しくないです!?」
ヴァン・ガーディナがくつくつ笑う。
「馬鹿だな、それ『父上にも出来ないこと』だろう。ゼルダ、いったい誰が、皇后陛下から内情を引き出せると思うんだ。出来るとしたら私だけ、その私がいつまでも母上を恐れて、行動を起こさないから、痺れを切らせた父上が、おまえをだしにしたんだよ」
「だしって、私がだしなんですか!」
そうだよ、だし、と兄皇子がぽんぽん、ゼルダの肩を叩く。
ゼルダはそれで、もっと納得行かないことも思い出した。
「あ、そうだ。兄上、私を死なせたら命はないと父上に宣告されたこと、どうして、ゼルシア様への言い訳になさらなかったのですか?」
「おまえ、馬鹿だな。わからないのか」
「わからないから聞いているんです、賢い兄上様! そのあからさまに、わざとらしくガッカリした口調やめて!?」
ゼルダの言いように、兄皇子がまたクスクス笑った。
「切り札は取っておくものだろう。私は、おまえを死なせたら皇太子になれないと、母上に口答えしたよ」
「でも、ゼルシア様は、マリにも不幸があればいいって……だから、私は絶対に、死ねないと思いましたけど……?」
ゼルダを死なせた失点は、マリも死んでしまえば白紙に戻ると、ゼルシア皇妃は言ってのけたのだ。
マリのためにも、ゼルダは絶対に死ねないと思った。
一方、兄皇子は初めて、少し驚いた顔をして、ゼルダを見直した。
「おまえの命を絶てば、父上から死を賜るなんて、あの場で言い訳するのは愚の骨頂だ。あの方なら、陛下にも不幸があればいいと仰るだろう。もう、皇帝を暗殺する頃合だと判断なさるだろうな。でも、そうなのか……」
「……え……そんな、いくらゼルシア様でも、皇帝を暗殺だなんて!!」
「おまえが言ったんだ、早期に強引な決断を迫れば、ヴィンスではなく、私が皇太子になると。それはつまり、今この時に父上が亡くなれば、私が皇帝になるということだよ」
ゼルダは言葉に詰まった。
兄皇子は、その時には皇帝になれない。
カレンが探り出した秘密が明るみに出る。皇帝を暗殺したゼルシア皇妃を、皇帝の側室であるテッサリアが庇う理由がない。
兄皇子は知らないのだ。知らないから、ゼルシア皇妃に皇帝暗殺という選択肢があると思って――
これまでのように、テッサリアを暗殺することでは済まない。彼女が秘密を暴くのではなく、彼女が秘密に蓋をしている。
今なお、父皇帝こそが、その皇妃と皇子を庇うのだから――
「おまえ、死ねないと思ったんだな。私が死ねばいいとは、思わなかったのか? 私が死のうとしないから、おまえ達の命が危ういんだよ」
「兄上、馬鹿なこと仰らないで!」
ゼルダはまたびっくりして、兄皇子を見た。
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