雪月花の物語 ~聖域の悪魔~

冴條玲

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第五章 闇血呪

5-1i. 闇血呪

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「シルフィス、私の傍に誰も寄せないで。私は死霊に蝕まれてる、カレンとリディアージュは絶対に駄目。死霊がまとう霊燐は、子供に障るから……」

 翌日の朝、少しは眠れたのか、ゼルダが苦しげに言った。
 シルフィスはこくんと頷くと、せめてと、窓を開けてみた。
 爽やかな涼風が部屋に吹き込んで、ゼルダも少しだけ、快さげな様子になった。

「ありがとう、シルフィス。樹木の香りがする。でも、気持ち悪いでしょう? シルフィスも、私の傍に、いなくていいから……」

 桜の花びらのような口許をきゅっと結んで、シルフィスはかぶりを振った。

「気持ち悪くない?」

 シルフィスがこくんと頷くと、ゼルダの頬を一筋、涙が伝い落ちた。
 ゼルダは遠慮がちにシルフィスの袖を取って、苦しい息をしながら、寝台にうずくまった。時折、水を欲しがった。
 リネットの家は不幸だと、聖アンナ神殿は弾圧されていると、シルフィスは思ってきた。
 皆が、そう認めていた。
 けれど、本当に?
 ゼルダとて、シルフィスと同い年で母親を失っている。
 聖アンナ神殿にも、闇血呪ほど恐ろしく残酷な呪いを受けた者はいない。
 兄皇子を殺したとされ、たった一人、ゼルダは立ち続けていた。
 それでも、なお、人を信じて訴えることをやめなかった。闘うことをやめなかった。
 神殿の人々は、皇室を信じることをやめてしまった。最初から、信じていなかったのかもしれない。
 それは、とても楽なことだろう。
 皇室がどんな辛酸を舐めようと、自業自得だと眺めていればいい。
 それは、神殿の悲劇を見捨てる皇室のやりようと、何が違うのだろう。
 アルディナン皇太子の暗殺さえ、神の御心にかなう武勲のように語り継がれ、神殿がその罪深さを認めたことはない。
 シルフィスもまた、そういった神殿の姿勢を、正しいものと信じてきたのだ。
 そんなでは、皇室が神殿を憎むのは当たり前だったろう。
 ゼルダがおかしい。
 仇であるはずの神殿のために、こんな思いまでするゼルダが優しいのだ。

「ゼルダ様、どうして、そんな目に遭ってまで闘って下さるのですか……?」
「えっ……だって、優しいシルフィスの、願いだから……?」

 きょとんとして、ゼルダが言った。
 感極まって、シルフィスは寝台に突っ伏した。

「あ……何だか、とっても楽になった……死霊はきっと、愛が苦手なんだね……兄上が傍にいて下さった時も、楽だったから……」

 彼女の背を優しく叩いてくれながら、ゼルダが言った。
 ゼルダはいつも、他人の心配ばかりだ。
 最初の頃は、わからなかった。兄の優しさと違いすぎて。
 けれど、誰よりつらいと思うのに、ゼルダは優しさをなくさない。
 シルフィスはせめてと、出来ることの精一杯で、ゼルダに微笑みかけた。それで、呪いを弱められるなら、いくらでもゼルダを想うから。

「シルフィス、とっても綺麗……」

 束の間、苦痛さえ忘れた顔でゼルダが彼女を見詰めた。
 見詰められると、シルフィスの方がゼルダの瞳の綺麗さに怖気づいてしまって、ハムスターが綿に隠れるように、柔らかな羽根の掛け布団に隠れてしまった。
 クスクス、ゼルダが笑う。
 ゼルダの血はいまだ、寝台を濡らしていたけれど。
 心は、ずっと安定したようだった。

「きっと、最後まで君のために闘うよ。だから、私のこと、一人にしないでね……」
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