82 / 91
第五章 闇血呪
5-2h. 聖域の悪魔
しおりを挟む
「領域拡大の冥影円環です! ゼルシア様を問い詰めなくても、ヴィスタルゼンが聖アンナ神殿に潜伏しているなら!!」
そもそも、冥影円環の領域拡大なんて、おいそれと成し得ることではないから。
当代、誰にも出来ないことだったのだ。
「私が本気になれば、聖アンナ神殿くらい、この場所から冥影円環の領域内に呑み込んでみせます!!」
「――……」
ゼルダは大得意で、おまえ賢いなと兄皇子に褒めてもらえる期待に目を輝かせまくっていた。
けれど、その期待に反して、兄皇子はゼルダをたしなめたばかりだ。
「それ、やめておいた方がよくないか。どうしてもやるなら、瞬間にしなさい」
「えぇ~? どうしてですか? 瞬間じゃ、よく把握できないでしょう」
「どの道、一度しかやれないわけじゃない」
「?」
ゼルダは納得行かなかったものの、兄皇子が言った通り、一度しかやれないわけではないのだ。
わずか半年足らずで、死霊術の奥義のひとつを使いこなすようになった己の優秀さを、ゼルダは兄皇子に認められたくもあったので、気を取り直して術に取り掛かった。
「ライム ライム エルリウム ……」
草原に指を突いたゼルダの周辺に、魔力の風が巻き上がる。
ヴァン・ガーディナが死霊術を操る姿は美しい。雪色の髪が宙に舞い、天上の一枚絵のようだ。
けれど、より死霊術師らしいゼルダの呪文の詠唱も、兄皇子においそれと遜色しない、見る者の目を奪う魔力と魅力を備えていた。
ヴァン・ガーディナが天の御使いのようなら、ゼルダは地の魔物のように、その姿は妖艶で美しい。
「冥影円環!」
刹那の夢幻のように、黄金の魔力の環が疾駆した。
その環は高台の聖アンナ神殿まで至り、刹那の煌きを残して掻き消えた。
「――……」
やがて、ゼルダの頬を伝い落ちた涙が何のためのものか、ヴァン・ガーディナは聞かずとも察していた。やっぱりなと思う。
「父上が、とっくに試されただろうな。ゼルダ、父上がどうして神殿を滅ぼすことを厭わないか、わかっただろう?」
何か言葉にしようとすると、ぼろっと涙が落ちて、ゼルダは血が滲むほど唇を噛んだ。行き場のない怒りと悲しみを叩きつけるように、草に覆われた地面にこぶしを打ちつけた。
「神殿に住まう天使は、聖アンナとサクリファイスだけだ。残りは、聖衣を纏っただけの人間だよ」
そう、知っていたはずだった。いつ、忘れてしまったのだろう。
シルフィスが優しかったから?
神殿の人々はカムラ皇室を憎んでいるのだ。冥影円環が容赦なく、その憎悪と醜い悪意をゼルダに突きつけただけのこと――
「冥影円環がどうして破滅円環と呼ばれるのかも、わかっただろうな。悪意など、知りすぎると気が狂う」
歴代カムラ皇室から受けた仕打ちゆえに皇室を憎む者と、ヴィスタルゼン配下の境界がどこにあるのか、ゼルダには探せなかった。
その境界はとても脆くあいまいで、両者は流動しているとしか思えなかった。
優しく立派だった皇太子を死に至らしめ、それを罪とさえ認めない。そんな者が、大多数なのだ。
彼らはゼルダにも、ヴァン・ガーディナにも、死をもって償わせたいのだ。
「まだ、神殿を守るのか。父上が、愛する者を守ろうとして、神殿を滅ぼすのだと知っても?」
そもそも、冥影円環の領域拡大なんて、おいそれと成し得ることではないから。
当代、誰にも出来ないことだったのだ。
「私が本気になれば、聖アンナ神殿くらい、この場所から冥影円環の領域内に呑み込んでみせます!!」
「――……」
ゼルダは大得意で、おまえ賢いなと兄皇子に褒めてもらえる期待に目を輝かせまくっていた。
けれど、その期待に反して、兄皇子はゼルダをたしなめたばかりだ。
「それ、やめておいた方がよくないか。どうしてもやるなら、瞬間にしなさい」
「えぇ~? どうしてですか? 瞬間じゃ、よく把握できないでしょう」
「どの道、一度しかやれないわけじゃない」
「?」
ゼルダは納得行かなかったものの、兄皇子が言った通り、一度しかやれないわけではないのだ。
わずか半年足らずで、死霊術の奥義のひとつを使いこなすようになった己の優秀さを、ゼルダは兄皇子に認められたくもあったので、気を取り直して術に取り掛かった。
「ライム ライム エルリウム ……」
草原に指を突いたゼルダの周辺に、魔力の風が巻き上がる。
ヴァン・ガーディナが死霊術を操る姿は美しい。雪色の髪が宙に舞い、天上の一枚絵のようだ。
けれど、より死霊術師らしいゼルダの呪文の詠唱も、兄皇子においそれと遜色しない、見る者の目を奪う魔力と魅力を備えていた。
ヴァン・ガーディナが天の御使いのようなら、ゼルダは地の魔物のように、その姿は妖艶で美しい。
「冥影円環!」
刹那の夢幻のように、黄金の魔力の環が疾駆した。
その環は高台の聖アンナ神殿まで至り、刹那の煌きを残して掻き消えた。
「――……」
やがて、ゼルダの頬を伝い落ちた涙が何のためのものか、ヴァン・ガーディナは聞かずとも察していた。やっぱりなと思う。
「父上が、とっくに試されただろうな。ゼルダ、父上がどうして神殿を滅ぼすことを厭わないか、わかっただろう?」
何か言葉にしようとすると、ぼろっと涙が落ちて、ゼルダは血が滲むほど唇を噛んだ。行き場のない怒りと悲しみを叩きつけるように、草に覆われた地面にこぶしを打ちつけた。
「神殿に住まう天使は、聖アンナとサクリファイスだけだ。残りは、聖衣を纏っただけの人間だよ」
そう、知っていたはずだった。いつ、忘れてしまったのだろう。
シルフィスが優しかったから?
神殿の人々はカムラ皇室を憎んでいるのだ。冥影円環が容赦なく、その憎悪と醜い悪意をゼルダに突きつけただけのこと――
「冥影円環がどうして破滅円環と呼ばれるのかも、わかっただろうな。悪意など、知りすぎると気が狂う」
歴代カムラ皇室から受けた仕打ちゆえに皇室を憎む者と、ヴィスタルゼン配下の境界がどこにあるのか、ゼルダには探せなかった。
その境界はとても脆くあいまいで、両者は流動しているとしか思えなかった。
優しく立派だった皇太子を死に至らしめ、それを罪とさえ認めない。そんな者が、大多数なのだ。
彼らはゼルダにも、ヴァン・ガーディナにも、死をもって償わせたいのだ。
「まだ、神殿を守るのか。父上が、愛する者を守ろうとして、神殿を滅ぼすのだと知っても?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる