雪月花の物語 ~聖域の悪魔~

冴條玲

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第五章 闇血呪

5-2i. 聖域の悪魔

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 言いようは厳しかったけれど、喉を詰まらせるゼルダの背を、ヴァン・ガーディナは優しく叩いてくれた。

 どう、答えられただろう。
 己と兄皇子の死を望む人々を、それでも守ると――

 そんなことが、本心なのか。
 シルフィスとアルベールとの大切な約束だったのに、ゼルダにはもう、わからなかった。神殿に渦を巻く憎悪に、心を呑まれてしまいそうだった。
 ただ、兄皇子もシルフィスも守りたかった。
 皆で、笑いあえる場所を夢見たかった。
 その望みを、皆を混乱させるばかり、犠牲を強いるばかりの夢物語と言われたら、もう、どうしていいのか、わからなくて――

「私は、神殿になんて興味はないし、どうでもいいけどな。おまえが守りたいなら、構わないよ。もとは、アーシャ様が望まれたのだし」
「兄上……?」
「アーシャ様なら、人の心から革命しただろう。私には真似できないが、おまえ、アーシャ様の皇子だろう? 百万遍に一遍くらいは、できるんじゃないのか。私は、おまえ、みそっかすだと思うけどな」

 ずごっ。

「兄上様、いつもながら容赦のない……」

 アルディナン兄様なら、きっと完璧にやれたなと、ゼルダをさらに地面にめり込ませて、ヴァン・ガーディナがくつくつ笑う。

「楽になっただろう?」
「えっ? あぁ、ほんとだ!?」

 びっくりするゼルダの頭を、ヴァン・ガーディナが可愛がって撫でてくれる手が、優しかった。

「皇都にいた頃、よく湖のほとりで竪琴を奏でていたんだ」
「兄上が? 知らなかったな、今度、聞かせて下さいますか?」

 追憶の眼差しで、ヴァン・ガーディナが彼方を見やる。たいしたことないよと断って、頷いてくれた。

「よく、聴きに来る子がいてね。木立の影から、私を見詰めていた」

 途端に、ゼルダは目を輝かせた。

「何ですって! 女の子? 兄上が追い払わない、つまり、可愛らしかったんだ! 今度こそ、猫はなしですよ!?」

 兄皇子がなんだか甘やかに笑う。とても綺麗で、滅多に見せない表情だった。

「猫じゃない。その頃、母上に妃を娶るよう言われていたんだけれど、私は断っていた」
「えぇ、どうして? 可愛くない子を娶れって?」
「おまえな。十四歳の頃だよ、まだ、異性への関心が薄かったし、人とあまり深く関わりたくなかった」

 めーと、ゼルダは兄皇子を睨んだ。

「兄上ったら、今だって、お妃様を手元に置かれないでしょう? 事情は聞きましたけど、どうかなさってますよ!」

 ぽんと、ヴァン・ガーディナがゼルダの肩に手を置いた。

「置いてる」
「私はお妃様じゃなーい!」
「その子なら、妃に迎えてもいいと思ったよ。だけど、私を監視して母上に内通するような妃はごめんだろう」

 ぶっ。

「兄上、それは! それは、あまりにも可愛くないお妃様です!」

 そうだなと兄皇子も頷いた。

「私はしばらくして、湖に行かなくなった」
「え……? どうしてですか。――もったいないな、その子は?」
「最後の日に、湖のほとりに、真っ赤な鳥の屍骸が転がっていたから。彼女とは、一度も話さなかったよ。一度くらい、声、聞いておけばよかったな」
「――……」

 何だろう、そのホラーな結末は。
 兄皇子は、御伽噺おとぎばなしだよという。
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