55 / 91
第四章 悪夢の夜
4-2c. お妃様は見た【二階の廊下を曲がると】
しおりを挟む
ライゼールの領主館に踏み込むのは初めてだ。案内人に教えてもらったゼルダの執務室に、アデリシアはシルフィスと連れ立って、期待に胸弾ませながら向かっていた。
二階の廊下を曲がると、夜会の日から忘れもしない、麗しのヴァン・ガーディナ皇子がゼルダの執務室に入って行くところで、アデリシアははしゃいで、シルフィスを振り向いた。
「アデリ、ゼルダ様がどうお仕事なさっているのか見たいです! こっそり、覗き見るのよ♪ 抜き足、差し足、忍び足!」
そのためにお夜食を預かってねと、ここで待ってと言われたシルフィスは、正直ほっとした。一緒にやってと言われたら、困ってしまうから。
執政官としての、ゼルダの有能でセクシーな姿を期待して、ひょいと執務室をのぞいたアデリシアは、見てはならないものを見てしまった。
ソファに寝かせたゼルダを抱き起こして、麗容のお兄様が、いけないことをしているのを、見てしまったのだ。
――ゼルダ様ったら、遅いと思ったらこんなことをぉ!? 朝帰りも、いわゆる朝帰りですかぁ!?
純真で清楚なシルフィスは、絶対に見てはいけない。アデリシアは懸命に腕でペケを作って、シルフィスに来たら駄目と訴えた。
兄皇子がこちらを振り向いて、アデリシアはその瞬間、すぐさま逃げ出さなかったことを、心の底から後悔した。
どうしよう、どうしよう、どうしよおぅ!
頭はパニックで、微笑みながら近付いてくるヴァン・ガーディナが、今にも死を宣告するのではないかと、アデリシアは恐ろしさのあまり、足が竦んで逃げ出すことさえ適わなかった。
「困ったお妃様だな、アデリシアーナ侯爵令嬢?」
どうしよおぉおおぅ!
――アデリ、口封じに殺されちゃうかもしれません! キスもしないまま、死にたくないです!!
冷酷に笑んだヴァン・ガーディナの指が喉元に伸び、アデリシアはガタガタ震えながら、全力で、見ていませんとかぶりを振った。祈るように手を組んで、許して下さいと訴えた。
「ご存知かな? こういうのはね、苦しむのは手を出された方なんだ」
「え……」
手を出した者に与えられる罰など、ささやかなものだよと、手を出された者に与えられる、理不尽な軽蔑という重い枷に比べたらねと、麗しい兄皇子が平然と言ってのけ、アデリシアを見た。
「これが噂になったら、もう誰も、ゼルダに従わないだろうな。ゼルダはつまらない者にまで軽蔑されて、何もなせなくなる。あなたは心がけの良いお妃様だ、ゼルダを破滅させたりはしないね?」
アデリシアは何度も頷いた。麗しい皇子様が、なぜか、とてつもなく悪魔の申し子に見えた。
「どうしようか、あなたの口も封じておこうか――」
アデリシアは恐くて、ゼルダ様起きてぇと心で絶叫しながら、懸命にかぶりを振った。恐怖のあまり声が出ない。動けない。
ヴァン・ガーディナの指がアデリシアの顎を取った。
くびり殺されると思ったアデリシアの唇に、ヴァン・ガーディナのそれが重ねられた。
目を見張って、抵抗しかけたアデリシアの腕をヴァン・ガーディナがつかみ、廊下の壁際に追い詰めた。
「んっ……!」
アデリシアはへなへなと、廊下にへたり込んだ。
――い、いけませんー!! アデリったら、アデリったら、ゼルダ様という御方がありながら!?
「ファ、ファースト・キスだったのにどうしましょう! ゼルダ様が先にされていたから、セーフかしら!?」
駆けつけたシルフィスの腕にしがみつきながら、アデリシアが言う。
「知られたら困るのはあなただと、我が身に降りかかると、よくわかるだろう? ゼルダには隠しておきなさい。そちらのご側室もね」
麗しい魔物の笑顔でヴァン・ガーディナがのたまった。その風貌はむしろ、天からの御使いかのようなのに。
「ん……」
先ほどの、アデリシアの懸命な祈りが届いたのか、ゼルダが身を起こした。
二階の廊下を曲がると、夜会の日から忘れもしない、麗しのヴァン・ガーディナ皇子がゼルダの執務室に入って行くところで、アデリシアははしゃいで、シルフィスを振り向いた。
「アデリ、ゼルダ様がどうお仕事なさっているのか見たいです! こっそり、覗き見るのよ♪ 抜き足、差し足、忍び足!」
そのためにお夜食を預かってねと、ここで待ってと言われたシルフィスは、正直ほっとした。一緒にやってと言われたら、困ってしまうから。
執政官としての、ゼルダの有能でセクシーな姿を期待して、ひょいと執務室をのぞいたアデリシアは、見てはならないものを見てしまった。
ソファに寝かせたゼルダを抱き起こして、麗容のお兄様が、いけないことをしているのを、見てしまったのだ。
――ゼルダ様ったら、遅いと思ったらこんなことをぉ!? 朝帰りも、いわゆる朝帰りですかぁ!?
純真で清楚なシルフィスは、絶対に見てはいけない。アデリシアは懸命に腕でペケを作って、シルフィスに来たら駄目と訴えた。
兄皇子がこちらを振り向いて、アデリシアはその瞬間、すぐさま逃げ出さなかったことを、心の底から後悔した。
どうしよう、どうしよう、どうしよおぅ!
頭はパニックで、微笑みながら近付いてくるヴァン・ガーディナが、今にも死を宣告するのではないかと、アデリシアは恐ろしさのあまり、足が竦んで逃げ出すことさえ適わなかった。
「困ったお妃様だな、アデリシアーナ侯爵令嬢?」
どうしよおぉおおぅ!
――アデリ、口封じに殺されちゃうかもしれません! キスもしないまま、死にたくないです!!
冷酷に笑んだヴァン・ガーディナの指が喉元に伸び、アデリシアはガタガタ震えながら、全力で、見ていませんとかぶりを振った。祈るように手を組んで、許して下さいと訴えた。
「ご存知かな? こういうのはね、苦しむのは手を出された方なんだ」
「え……」
手を出した者に与えられる罰など、ささやかなものだよと、手を出された者に与えられる、理不尽な軽蔑という重い枷に比べたらねと、麗しい兄皇子が平然と言ってのけ、アデリシアを見た。
「これが噂になったら、もう誰も、ゼルダに従わないだろうな。ゼルダはつまらない者にまで軽蔑されて、何もなせなくなる。あなたは心がけの良いお妃様だ、ゼルダを破滅させたりはしないね?」
アデリシアは何度も頷いた。麗しい皇子様が、なぜか、とてつもなく悪魔の申し子に見えた。
「どうしようか、あなたの口も封じておこうか――」
アデリシアは恐くて、ゼルダ様起きてぇと心で絶叫しながら、懸命にかぶりを振った。恐怖のあまり声が出ない。動けない。
ヴァン・ガーディナの指がアデリシアの顎を取った。
くびり殺されると思ったアデリシアの唇に、ヴァン・ガーディナのそれが重ねられた。
目を見張って、抵抗しかけたアデリシアの腕をヴァン・ガーディナがつかみ、廊下の壁際に追い詰めた。
「んっ……!」
アデリシアはへなへなと、廊下にへたり込んだ。
――い、いけませんー!! アデリったら、アデリったら、ゼルダ様という御方がありながら!?
「ファ、ファースト・キスだったのにどうしましょう! ゼルダ様が先にされていたから、セーフかしら!?」
駆けつけたシルフィスの腕にしがみつきながら、アデリシアが言う。
「知られたら困るのはあなただと、我が身に降りかかると、よくわかるだろう? ゼルダには隠しておきなさい。そちらのご側室もね」
麗しい魔物の笑顔でヴァン・ガーディナがのたまった。その風貌はむしろ、天からの御使いかのようなのに。
「ん……」
先ほどの、アデリシアの懸命な祈りが届いたのか、ゼルダが身を起こした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる