雪月花の物語 ~聖域の悪魔~

冴條玲

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第四章 悪夢の夜

4-2d. お妃様は見た【お妃様の絵日記】

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「ゼルダ様!」
「あれ、アデリシア? もしかして、心配して来てくれたの?」
「あの、はい、シルフィスも! イチゴ味のかき氷、持ってきたんです。アデリが氷かきました……!」

 ぷっと、ヴァン・ガーディナが失笑した。
 アデリシアにどう見えたとしても、ゼルダのあまりの抜かり具合に、ヴァン・ガーディナはとっても、楽しいのだった。

「わぁ、ありがとう。嬉しいな。ガーディナ兄様、かき氷を食べたら、今夜は帰邸してもよろしいでしょうか? 今夜は、兄上はいつまで? あなたにもあまり、無理をして頂きたくないです」
「わかった。私も帰邸しよう、ナオゥが寂しがるものな」

 ゼルダはがくうとソファに両手を突いた。

「兄上、猫じゃなくて! お妃様を少しは気遣って下さい!」
「どうしてだ? 妃は皇都だ」

 ぶっと、かき氷を吹きそうになったゼルダをよそに、アデリシアは一人、こぶしを握り締めていた。

 ――き、期待通り!――

 何か、目の端を光らせるアデリシア。

「ちょ、皇都って、どういうことですか! 兄上まさか、二年間もお妃様を放っておかれるのですか!?」
「そのつもりだが?」

 ゼルダの背後にピシャンと稲妻が走った。あり得ない。
 一方、アデリシアはいよいよ、そうでしょうとも! と萌えていたり。

「妃は十四歳と十七歳だ。二年くらい、放っておいた方がいいだろうに」

 何言ってますか。手を出さないと言うならともかく、文字通り放っておく馬鹿がどこに。あ、ここに。

「ないです、それはないですよ! 兄上、ご自分がどれほどのご麗容かわからないのですか! お妃様は、絶対に兄上に構われたいはずで――」

 ゼルダの言葉半ばに、ヴァン・ガーディナがゼルダの顎を取って、妖しい微笑を浮かべた。ゼルダはどうかされそうで、たまらず、そろそろと目を逸らした。

「おまえ、そんなに私の容姿を魅力的だと思うなら、憧れのお兄様が、もてあそんでやろうか?」
「うわ、やめ――」

 ゼルダはふと、アデリシアの世にも哀れなものを見る目に気付いた。

「えっと、アデリ? いたたまれないんだけど、その目、何だろう……?」
「ゼルダ様、お兄様が大好きなんですね。いいんですよ、アデリ納得しました」
「えぇ!? 待って、納得しないで!」

 面白そうにクスクス笑って、ゼルダの背後に回ったヴァン・ガーディナが、きゅっとゼルダを抱き締めてきた。

「兄上、何をなさ――」
「ゼルダ、私の気が済むまでおとなしくしていなさい」

 おとなしくって!
 しかも、優しくて心地好くて、妃の前で気になるのに、逆らえない。

「あの、兄上、はなして下さい――」

 ようやく言ったゼルダを、ヴァン・ガーディナがいよいよ優しく抱き締めて、耳元と後頭部にキスを落とした。
 駄目だ、苦しい。毅然として突き放したいのに、甘くて切ない気持ちになって――
 たまらず片手で顔を覆ったゼルダの耳元に囁きを落として、後は妃達とよろしくやりなさいと、兄皇子は部屋を出て行った。

「あの、ゼルダ様?」

 兄皇子が落としていった囁きは、あろうことか死霊術で。
 ゼルダの様子を心配そうに覗き込むシルフィスに、ゼルダは何でもないと、かぶりを振るしかなかった。

 あ、の、ド畜生兄――!!

 夜の記憶を呼び戻されて、ゼルダはどうしようもなく動揺していた。

「もぉ、な、何かなぁ? 今の。アデリシアやシルフィスも、姉兄にあんな風に抱き締められたりする?」

 シルフィスが途惑いがちにかぶりを振る。
 アデリシアの方は、はしゃいだ様子で、にこにこしていた。

「ゼルダ様ったら、もちろん、しませんわ!」

 さっきから気になるんだけど、この、アデリシアの妙なテンションなに。
 
 
  **――*――**


「ねぇ、ゼルダ様。今夜はシルフィスの部屋にお泊りになって下さいね。アデリは体の調子が優れませんの」

 その夜、とてもそうとは思えない、艶々した顔色でアデリシアが言った。
 腑に落ちない様子のゼルダをシルフィスの部屋に送り出すと、アデリシアは嬉々として、羽根ペンと絵の具を取った。

「うふふ、うふふふふ」

 アデリシアの水彩画はサンジェニではちょっとした評判で、絵本の挿絵も描いた。

「お兄様ったら、ゼルダ様への切ない恋心を秘めていらっしゃるのね。ヴァン・ガーディナ様ですものね ていうか、お兄様ったら、あんなに大胆なのに、ゼルダ様は気付かないなんて!」

『アデリのいけない絵日記』

 お妃様はその夜、帰りが遅い日にはまた、必ず様子を見に行きましょうと、懲りずに、乙女心に誓ったのだった。
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