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第四章 悪夢の夜
4-4a. 冥魔の誘惑
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「リディアージュ姫を? ふうん、兄上の膝元の方が、安心できると思ったわけか」
翌日、側室のリディアージュをライゼールに迎えたいと願い出たゼルダに、ヴァン・ガーディナが揶揄する口調で尋ねた。
「そんなんじゃ……! ……ありますけど……」
この兄皇子には、どうにも嘘をつきにくい。ゼルダがすねながら認めると、おかしかった様子で兄皇子が笑った。
だって、仕方がないのだ。仕えてみれば、ゼルダはまるで、ヴァン・ガーディナには敵わなかった。
兄皇子は皇帝に下賜された財貨をゼルダに分け与えない。
けれど、兄皇子がその財貨を投じてゼルダの私邸に敷いた守りは堅く、もはや、ゼルダはライゼールにいるアデリシアよりも、シルフィスよりも、離宮にいるリディアージュの方が心配なのだった。
ヴァン・ガーディナがよもや、ゼルダを守ってくれるなんて思わないから、離宮に隠したのであって――
「おまえ、カレン・カイザーを匿っているのか」
そのカレンのことも、兄皇子にだけは相談しようか、黙っていようか、迷っていたゼルダは瞬きした。
そんな馬鹿な、カレンは亡くなったことになっているはずだ。
「兄上の子を、孕んでいるだろう? 母上はご承知で、葬ろうとしたんだ。リディアージュ姫を呼び戻したいのは、誰が妊娠しているのか、誤魔化すため――」
ヴァン・ガーディナが怜悧な、何もかも見透かしかねない瞳をゼルダに向けた。
「カレン・カイザーはサンジェニに戻っていない。アデリシアーナ姫を頼って、おまえの私邸に身を寄せた。そんなところだろう?」
ゼルダは戦慄して、一歩、身を退けた。
「母上から、カレン・カイザーがおまえを頼っていないか探れとの御下命を受けている」
兄皇子の指が、ゼルダの顎を取って上向かせた。
いつも、容赦なくゼルダの急所を突く兄皇子が、どうして庇ってくれるのか、ずっと、わからなかった。
「ガーディナ兄様、黙っていて下さいますよね……?」
それでも、こんなことの度に、兄皇子が味方でいてくれるから無事でいられるのだと思い知る。
「黙っていたら、代償に何を支払ってくれるんだ?」
ゼルダは静かに、ヴァン・ガーディナを見返した。
「あなたを信じます。兄上、望みの代償なんてないのでしょう? これまでだって、あなたは無償で守って下さいました。あなたは兄弟を守るのに、代償なんて求めない方なんだ。ただ、私に甘えを許したくないから、そんな言い方をなさるのでしょう? 私だって、兄上のために出来ることがあるなら、何でもしたいと思っているんですから」
でも、兄皇子のために何が出来るだろう。
兄皇子が遠くて、ゼルダは嘆息するしかなかった。
「愚かだな、ゼルダ? おまえが私の望みの全てだよ」
――ぶっ!?
「な、何をおっしゃってるんですか!」
「何でもって、言ったな。今夜、私の部屋へ。おまえに何が出来るか教えてやるよ」
今夜とか! おまえが望みとか!
何コレ、へんな意味に取らせてからかう魂胆じゃないの!?
からかわれまいと、警戒しながら退室するゼルダを、ヴァン・ガーディナはくすくす笑いながら見ていた。
翌日、側室のリディアージュをライゼールに迎えたいと願い出たゼルダに、ヴァン・ガーディナが揶揄する口調で尋ねた。
「そんなんじゃ……! ……ありますけど……」
この兄皇子には、どうにも嘘をつきにくい。ゼルダがすねながら認めると、おかしかった様子で兄皇子が笑った。
だって、仕方がないのだ。仕えてみれば、ゼルダはまるで、ヴァン・ガーディナには敵わなかった。
兄皇子は皇帝に下賜された財貨をゼルダに分け与えない。
けれど、兄皇子がその財貨を投じてゼルダの私邸に敷いた守りは堅く、もはや、ゼルダはライゼールにいるアデリシアよりも、シルフィスよりも、離宮にいるリディアージュの方が心配なのだった。
ヴァン・ガーディナがよもや、ゼルダを守ってくれるなんて思わないから、離宮に隠したのであって――
「おまえ、カレン・カイザーを匿っているのか」
そのカレンのことも、兄皇子にだけは相談しようか、黙っていようか、迷っていたゼルダは瞬きした。
そんな馬鹿な、カレンは亡くなったことになっているはずだ。
「兄上の子を、孕んでいるだろう? 母上はご承知で、葬ろうとしたんだ。リディアージュ姫を呼び戻したいのは、誰が妊娠しているのか、誤魔化すため――」
ヴァン・ガーディナが怜悧な、何もかも見透かしかねない瞳をゼルダに向けた。
「カレン・カイザーはサンジェニに戻っていない。アデリシアーナ姫を頼って、おまえの私邸に身を寄せた。そんなところだろう?」
ゼルダは戦慄して、一歩、身を退けた。
「母上から、カレン・カイザーがおまえを頼っていないか探れとの御下命を受けている」
兄皇子の指が、ゼルダの顎を取って上向かせた。
いつも、容赦なくゼルダの急所を突く兄皇子が、どうして庇ってくれるのか、ずっと、わからなかった。
「ガーディナ兄様、黙っていて下さいますよね……?」
それでも、こんなことの度に、兄皇子が味方でいてくれるから無事でいられるのだと思い知る。
「黙っていたら、代償に何を支払ってくれるんだ?」
ゼルダは静かに、ヴァン・ガーディナを見返した。
「あなたを信じます。兄上、望みの代償なんてないのでしょう? これまでだって、あなたは無償で守って下さいました。あなたは兄弟を守るのに、代償なんて求めない方なんだ。ただ、私に甘えを許したくないから、そんな言い方をなさるのでしょう? 私だって、兄上のために出来ることがあるなら、何でもしたいと思っているんですから」
でも、兄皇子のために何が出来るだろう。
兄皇子が遠くて、ゼルダは嘆息するしかなかった。
「愚かだな、ゼルダ? おまえが私の望みの全てだよ」
――ぶっ!?
「な、何をおっしゃってるんですか!」
「何でもって、言ったな。今夜、私の部屋へ。おまえに何が出来るか教えてやるよ」
今夜とか! おまえが望みとか!
何コレ、へんな意味に取らせてからかう魂胆じゃないの!?
からかわれまいと、警戒しながら退室するゼルダを、ヴァン・ガーディナはくすくす笑いながら見ていた。
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