雪月花の物語 ~聖域の悪魔~

冴條玲

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第四章 悪夢の夜

4-4e. 冥魔の誘惑【下剋上の始まり】

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 翌朝。
 まだ、兄皇子への愛しさが残っていて、離れがたくて、マズいかと思ったけれど、起き出してみると夢から醒めた。
 夢の内容を思い出すことさえできない、あの感覚だ。
 とても大切な、良い夢を忘れてしまったようで、残念なような、ほっとしたような。
 もう、兄の魔力に支配されてはいなかった。
 ただ、優しい心地好さと愛しさが残る。兄皇子に心を奪われたのは、間違いなかった。


  **――*――**
 
 
「ゼルダ」

 ヴァン・ガーディナの方はいまだ夢うつつのようで、ゼルダを見つけると、まだ、まどろんでいたいのか、起き抜けから、冥魔の瞳でゼルダを侵しにかかった。
 ゼルダは深くまで侵されないうちに、その瞳の魔力を遮断した。
 ヴァン・ガーディナが幾ばくかの痛みとショックに、驚いた様子で、ゼルダを見た。
 深奥まで侵されてから遮断したのでは、ヴァン・ガーディナなり、己なりの精神に致命的な深手を負わせかねないから、昨夜は受け容れたのだ。
 抵抗できないわけではない。

「兄上、ちゃんと愛していますから、起きて下さい。おはようのキスが欲しいとか言わないでしょうね? とにかく、仕事になりません。しっかりなさって下さらないと、そんなじゃ、ゼルシア様を失脚させられない!」
「ああ……って、おまえ、厳しいな。ゼルシア様をって、私の母上なんだが」
「だから?」
「……ゼルダ、何だか強くならないか? 口答えできないな」
「ガーディナ兄様、私のために、皇妃様と闘う覚悟くらいはおありでしょう? 兄様が私を愛してること、バレてますよ」
「……そう、なのか。わかった、少し風に当たったら執務に――」
「兄様、私にも予定があるので、昨夜のような真似は、闇曜だけになさって下さい。その限りは――」
「ん?」
「厭いません、から」

 ヴァン・ガーディナがクっと失笑した。

「おまえ可愛いな、されたいなら素直に言え、また、してやるよ」

 ゼルダはばふっとクッションを兄皇子に投げつけると、寝室を走り出た。
 涼しい風が心地好い。
 心身が覚醒していく。

「ゼルダ!」

 呼び止められ、警戒しながらも、仕方なく振り向いた。

「ありがとう」

 胸の中に、花が綻ぶような気持ちがした。
 優しい笑顔のヴァン・ガーディナが、とても綺麗で。

 こくりと、ゼルダは頷いて、走り去った。
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