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第五章 闇血呪
5-1a. 闇血呪
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ゼルダは皇都のアルベールからの書簡を、静かに折り畳んだ。
シルフィスが心配な様子で、ゼルダから書簡を受け取った。
「来月の収穫祭まで、聖アンナ神殿の方術師は外出を禁ずる――」
違反者には極刑との触れが出たという。
いよいよ、神殿が滅ぼされる日が近いのだろう。
「心配しないで。シルフィスと神殿は、私が必ず守るから。皇帝陛下に直訴する。皇族弑逆の黒幕は皇后陛下なんだ。聖アンナ神殿を滅ぼすなんて、間違ってる」
優しく髪を撫でるゼルダの手を、シルフィスが静かに取った。
「ゼルダ様、ずっと、優しくなりました。悲壮な感じがしなくなって――」
「え……? シルフィス、よく、わかるね。そんなに、違う感じなのかな」
シルフィスがこくんと頷く。
「兄上が亡くなってから、ずっと、独りで闘っていて――どうしたらいいのか、もう、誰も私を守っても、導いてもくれない。どんなに、一生懸命に守っても、皆、命を落としてしまって――だから、これで最後、シルフィスを守れなかったら、死のうと思ってたんだ。私のせいかもしれないから。……ごめん、リディアージュとエルディナスだけは、それでも、死んで欲しくないと思って……私なんか、いない方がいいと思ったんだ……」
強がりがちなゼルダにとって、弱音を吐くのには少し勇気がいったけれど、シルフィスは天使のように思いやりがあって、心が優しかった。彼女は途惑いながらも、彼を許すように抱き締めてくれた。
やっぱり、女の子はいい。可愛いし、いい匂いがするし、柔らかくて気持ちいい。
「その覚悟だったのに、ガーディナ兄様が愛して下さって、そうしたら、不思議だね。きっと、私は君を守り抜けると思ったよ。今は、そう信じてるから」
**――*――**
領主館に出仕すると、いつものように、ゼルダは挨拶のため、兄皇子の執務室に向かった。
当初、ヴァン・ガーディナに牙を剥いてはばからないゼルダを、兄皇子が力で押さえつけていた名残だけれど、今となってはゼルダの方が、兄皇子に敬愛と忠誠を示すことから一日を始めなければ、何だか落ち着かない。
冥魔の夜から、兄皇子が跪くゼルダの頭を優しい手つきで撫でてくれるので、それも、ゼルダには心地好かった。その度に、ゼルダは心を満たされて、誰かを大切に思う気持ち、守りたいと願う意志を、より確かなものにするのだった。
「嬉しそうだな」
真っ直ぐな目をして、ゼルダは兄皇子に笑いかけた。
「兄上に頭を撫でて頂くの、嫌いじゃないです。満ち足りた気持ちになるから」
「へえ?」
立ち上がる許可を得ると、ゼルダはすぐさま切り出した。
「兄上、陛下に直訴したいことがあるので、午後から皇都に参じたいと思っています。お許しを頂けますか?」
「父上に? 何をしでかす気だ?」
「――聖アンナ神殿が滅ぼされるのを阻止します」
石榴石の瞳に覚悟が宿る。そのゼルダに詳しい話をさせると、兄皇子はしばらくの間、黙考した。
「ゼルダ、父上のお考えは、おそらく、ずっと深いだろう。その話、おかしいしな」
「え……?」
「父上が聖アンナ神殿を滅ぼすつもりにしては、やり方がぬるくないか?」
「そんな、神殿の者が外に出たら、それだけで斬り殺されるんですよ!? 軍だって動いてる! 一握りの手練の方術師を除いて、こんな風にされたら、神に奉仕している女性や、不幸な孤児たちほど袋のねずみです!」
ゼルダが熱弁しても、ヴァン・ガーディナが一片の動揺もなく、黙ってゼルダを見るので、ゼルダは居たたまれなかった。父皇帝の考えも、兄皇子の考えも、ゼルダには理解しがたいものなのだ。
「そこがぬるい、標的は手練の方術師だろう。まぁ、いいよ、父上と闘ってごらん。おまえの考えは違うと思うけどな。私だって、父上のお考えなどわからない。おまえが父上に盾突いて、砕け散るつもりなら、見届けてやるよ。私も皇都に付き合おう 」
砕け散るわけにいかないですと、ゼルダは眉間にしわを寄せた。兄皇子の目には可愛らしい感じだなど、知るよしもなく。
「でも、兄上まで皇都にいらしたら、ライゼールの政務は――」
ぽんと、兄皇子がゼルダの肩に片手を置いた。
「戻ったら、おまえ頑張りなさい」
後の祭りを思うと、涙がちょちょ切れそうだ。
「それは完璧にして、ぬかりのないお考えですね、兄上様!」
「愛玩動物のおまえとは、一味違うだろう?」
「おごっ」
とはいえ、皇都での談判に、父皇帝の信頼を得ている兄皇子がついてきてくれると思わなかった。
傍にいて欲しいと、口には出さない。
ただ、感謝を込めて、ゼルダは深く兄皇子に敬礼した。本心では、心強かったから。
シルフィスが心配な様子で、ゼルダから書簡を受け取った。
「来月の収穫祭まで、聖アンナ神殿の方術師は外出を禁ずる――」
違反者には極刑との触れが出たという。
いよいよ、神殿が滅ぼされる日が近いのだろう。
「心配しないで。シルフィスと神殿は、私が必ず守るから。皇帝陛下に直訴する。皇族弑逆の黒幕は皇后陛下なんだ。聖アンナ神殿を滅ぼすなんて、間違ってる」
優しく髪を撫でるゼルダの手を、シルフィスが静かに取った。
「ゼルダ様、ずっと、優しくなりました。悲壮な感じがしなくなって――」
「え……? シルフィス、よく、わかるね。そんなに、違う感じなのかな」
シルフィスがこくんと頷く。
「兄上が亡くなってから、ずっと、独りで闘っていて――どうしたらいいのか、もう、誰も私を守っても、導いてもくれない。どんなに、一生懸命に守っても、皆、命を落としてしまって――だから、これで最後、シルフィスを守れなかったら、死のうと思ってたんだ。私のせいかもしれないから。……ごめん、リディアージュとエルディナスだけは、それでも、死んで欲しくないと思って……私なんか、いない方がいいと思ったんだ……」
強がりがちなゼルダにとって、弱音を吐くのには少し勇気がいったけれど、シルフィスは天使のように思いやりがあって、心が優しかった。彼女は途惑いながらも、彼を許すように抱き締めてくれた。
やっぱり、女の子はいい。可愛いし、いい匂いがするし、柔らかくて気持ちいい。
「その覚悟だったのに、ガーディナ兄様が愛して下さって、そうしたら、不思議だね。きっと、私は君を守り抜けると思ったよ。今は、そう信じてるから」
**――*――**
領主館に出仕すると、いつものように、ゼルダは挨拶のため、兄皇子の執務室に向かった。
当初、ヴァン・ガーディナに牙を剥いてはばからないゼルダを、兄皇子が力で押さえつけていた名残だけれど、今となってはゼルダの方が、兄皇子に敬愛と忠誠を示すことから一日を始めなければ、何だか落ち着かない。
冥魔の夜から、兄皇子が跪くゼルダの頭を優しい手つきで撫でてくれるので、それも、ゼルダには心地好かった。その度に、ゼルダは心を満たされて、誰かを大切に思う気持ち、守りたいと願う意志を、より確かなものにするのだった。
「嬉しそうだな」
真っ直ぐな目をして、ゼルダは兄皇子に笑いかけた。
「兄上に頭を撫でて頂くの、嫌いじゃないです。満ち足りた気持ちになるから」
「へえ?」
立ち上がる許可を得ると、ゼルダはすぐさま切り出した。
「兄上、陛下に直訴したいことがあるので、午後から皇都に参じたいと思っています。お許しを頂けますか?」
「父上に? 何をしでかす気だ?」
「――聖アンナ神殿が滅ぼされるのを阻止します」
石榴石の瞳に覚悟が宿る。そのゼルダに詳しい話をさせると、兄皇子はしばらくの間、黙考した。
「ゼルダ、父上のお考えは、おそらく、ずっと深いだろう。その話、おかしいしな」
「え……?」
「父上が聖アンナ神殿を滅ぼすつもりにしては、やり方がぬるくないか?」
「そんな、神殿の者が外に出たら、それだけで斬り殺されるんですよ!? 軍だって動いてる! 一握りの手練の方術師を除いて、こんな風にされたら、神に奉仕している女性や、不幸な孤児たちほど袋のねずみです!」
ゼルダが熱弁しても、ヴァン・ガーディナが一片の動揺もなく、黙ってゼルダを見るので、ゼルダは居たたまれなかった。父皇帝の考えも、兄皇子の考えも、ゼルダには理解しがたいものなのだ。
「そこがぬるい、標的は手練の方術師だろう。まぁ、いいよ、父上と闘ってごらん。おまえの考えは違うと思うけどな。私だって、父上のお考えなどわからない。おまえが父上に盾突いて、砕け散るつもりなら、見届けてやるよ。私も皇都に付き合おう 」
砕け散るわけにいかないですと、ゼルダは眉間にしわを寄せた。兄皇子の目には可愛らしい感じだなど、知るよしもなく。
「でも、兄上まで皇都にいらしたら、ライゼールの政務は――」
ぽんと、兄皇子がゼルダの肩に片手を置いた。
「戻ったら、おまえ頑張りなさい」
後の祭りを思うと、涙がちょちょ切れそうだ。
「それは完璧にして、ぬかりのないお考えですね、兄上様!」
「愛玩動物のおまえとは、一味違うだろう?」
「おごっ」
とはいえ、皇都での談判に、父皇帝の信頼を得ている兄皇子がついてきてくれると思わなかった。
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