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第五章 闇血呪
5-1d. 闇血呪
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「父上、おやめ下さい! 兄上がどんなに私に厳しくしても、私は譲らない! 兄上への罰など理不尽です! 兄上は、誰よりも皇子として優れ、力を尽くさ――」
右胸を襲った痛みに、ゼルダは絶叫した後、言葉さえ失くしてその場に崩れた。
最初から、そのつもりだったのか。皇帝が兄皇子でなく、ゼルダを呪詛で撃ったのだ。
「ゼルダ、ヴァン・ガーディナへの制裁を容赦してやるのは今度だけだ。これより十日は解呪を許さぬ。そのまま謹慎せよ。この命に背いた時には、おまえを庇う兄皇子にも重い呪詛を施す。おまえの愚行のつけに、苦しむのが兄皇子であれば、おまえの聞き分けも少しはよくなるだろう?」
皇帝の言葉に、衝撃を受けたのはゼルダばかりではなかった。それは、ヴァン・ガーディナを抑え操り人形としてきた、皇妃ゼルシアの方法だったのだ。
もっとも、皇妃は見せしめに殺してしまってから、二度と殺されたくなければと、この死はあなたのためよと囁いた。
ゼルダが押さえた右胸に、血の染みが広がり、床にまで滴った。
呪詛に侵された、赤黒い血にまみれた手を握り締めたゼルダの絶望は、想像にかたくない。
それでも、ヴァン・ガーディナを封じ込めてきた皇妃のやり方に比べれば、皇帝のやり方は遥かに優しく、ヴァン・ガーディナは少しだけ、ゼルダに嫉妬した。
「ゼルダ、言っておく。おまえが先程の言葉通りに命を絶ったなら、おまえを死なせた罪で、ヴァン・ガーディナにも命を絶たせる。覚悟しておけよ」
「――!!」
気が狂うような苦痛と無力に、もはや声もなく、涙だけを伝わせたゼルダを後目に、ハーケンベルクは兄皇子の胸倉をつかんで囁いた。
「ヴァン・ガーディナ、間違っても術を解かぬよう。ゼルダは強情だ、動ける状態にしておけば、神殿粛清を阻止しに来よう。ゼルシアに、ゼルダを暗殺する絶好の口実を与えるだけだ」
皇帝は何やら楽しげに、ニヤニヤしていた。
「見ていられぬ顔だな、ゼルダがそれほど可愛いか」
「父上、あなたはまさか……」
「ゼルダが愛しいなら、おまえに下賜してやるよ。好きなだけ、可愛がってやれ。抱いても、まあ、許してやろう?」
さすがのヴァン・ガーディナも、顔色を変えてむせた。どこから漏れたのだ。
「クク、ヴィンスに聞いた。ヴィンスの話はテッサリアに筒抜けだ。私にも、誇張されて筒抜けになる」
「あ……の、申し訳ありません……」
それまで、ゼルダには隠して、揶揄するようだった皇帝が、思い掛けない事実を掘り起こしてしまった顔をして、ヴァン・ガーディナを見た。
何か、考え込むように、長い指でこめかみを押さえた。
「――待て、なんだ、誇張じゃないのか? つまり、おまえ、ゼルダを犯ったのか」
ヴァン・ガーディナが頷いて、その顔を覆った。この皇子が感情を露にするのは珍しい。
「ち、父上! 兄上から手を離して! わ、たしの……兄上に何かしたら、許さないから!!」
ゼルダに話が聞こえていた様子はなかった。
兄皇子が父皇帝に追い詰められていると考えたのだろう。立つことさえ出来ない状態で、それでも、飛び掛かって来そうな目をして睨んでいる。
犯られたゼルダが兄皇子を守りたいのならと、皇帝は心の内だけで苦笑した。
「ゼルダが厭わないのなら、構わないが。――育て方を間違ったかな」
たいそう、間違っただろう。
「とにかく、くれぐれも術は解かぬよう。ゼルダは愚かだ、死ぬぞ」
「――はい」
一旦は承諾したものの、抱き上げたゼルダの息も絶え絶えな様子とすがる手の震えに、ヴァン・ガーディナは深刻な危機感を覚えた。このままでは、ゼルダが発狂しかねない。闇血呪は、元来、そのための死霊術なのだ。
「父上、闇血呪は一昼夜でかけられた者を発狂させる、残酷な呪詛です。父上の御心は理解しますが、ゼルダが狂ってしまう、別の方法を取ってはなりませんか」
皇帝は残酷に笑み、許さなかった。
「――ゼルダが神殿粛清を譲ったら、解呪しても構わぬ。ヴァン・ガーディナ、それくらい強い呪詛でなければ、ゼルダは神殿を滅ぼした己を責める。おまえなら、どちらが苦痛か知っていよう」
右胸を襲った痛みに、ゼルダは絶叫した後、言葉さえ失くしてその場に崩れた。
最初から、そのつもりだったのか。皇帝が兄皇子でなく、ゼルダを呪詛で撃ったのだ。
「ゼルダ、ヴァン・ガーディナへの制裁を容赦してやるのは今度だけだ。これより十日は解呪を許さぬ。そのまま謹慎せよ。この命に背いた時には、おまえを庇う兄皇子にも重い呪詛を施す。おまえの愚行のつけに、苦しむのが兄皇子であれば、おまえの聞き分けも少しはよくなるだろう?」
皇帝の言葉に、衝撃を受けたのはゼルダばかりではなかった。それは、ヴァン・ガーディナを抑え操り人形としてきた、皇妃ゼルシアの方法だったのだ。
もっとも、皇妃は見せしめに殺してしまってから、二度と殺されたくなければと、この死はあなたのためよと囁いた。
ゼルダが押さえた右胸に、血の染みが広がり、床にまで滴った。
呪詛に侵された、赤黒い血にまみれた手を握り締めたゼルダの絶望は、想像にかたくない。
それでも、ヴァン・ガーディナを封じ込めてきた皇妃のやり方に比べれば、皇帝のやり方は遥かに優しく、ヴァン・ガーディナは少しだけ、ゼルダに嫉妬した。
「ゼルダ、言っておく。おまえが先程の言葉通りに命を絶ったなら、おまえを死なせた罪で、ヴァン・ガーディナにも命を絶たせる。覚悟しておけよ」
「――!!」
気が狂うような苦痛と無力に、もはや声もなく、涙だけを伝わせたゼルダを後目に、ハーケンベルクは兄皇子の胸倉をつかんで囁いた。
「ヴァン・ガーディナ、間違っても術を解かぬよう。ゼルダは強情だ、動ける状態にしておけば、神殿粛清を阻止しに来よう。ゼルシアに、ゼルダを暗殺する絶好の口実を与えるだけだ」
皇帝は何やら楽しげに、ニヤニヤしていた。
「見ていられぬ顔だな、ゼルダがそれほど可愛いか」
「父上、あなたはまさか……」
「ゼルダが愛しいなら、おまえに下賜してやるよ。好きなだけ、可愛がってやれ。抱いても、まあ、許してやろう?」
さすがのヴァン・ガーディナも、顔色を変えてむせた。どこから漏れたのだ。
「クク、ヴィンスに聞いた。ヴィンスの話はテッサリアに筒抜けだ。私にも、誇張されて筒抜けになる」
「あ……の、申し訳ありません……」
それまで、ゼルダには隠して、揶揄するようだった皇帝が、思い掛けない事実を掘り起こしてしまった顔をして、ヴァン・ガーディナを見た。
何か、考え込むように、長い指でこめかみを押さえた。
「――待て、なんだ、誇張じゃないのか? つまり、おまえ、ゼルダを犯ったのか」
ヴァン・ガーディナが頷いて、その顔を覆った。この皇子が感情を露にするのは珍しい。
「ち、父上! 兄上から手を離して! わ、たしの……兄上に何かしたら、許さないから!!」
ゼルダに話が聞こえていた様子はなかった。
兄皇子が父皇帝に追い詰められていると考えたのだろう。立つことさえ出来ない状態で、それでも、飛び掛かって来そうな目をして睨んでいる。
犯られたゼルダが兄皇子を守りたいのならと、皇帝は心の内だけで苦笑した。
「ゼルダが厭わないのなら、構わないが。――育て方を間違ったかな」
たいそう、間違っただろう。
「とにかく、くれぐれも術は解かぬよう。ゼルダは愚かだ、死ぬぞ」
「――はい」
一旦は承諾したものの、抱き上げたゼルダの息も絶え絶えな様子とすがる手の震えに、ヴァン・ガーディナは深刻な危機感を覚えた。このままでは、ゼルダが発狂しかねない。闇血呪は、元来、そのための死霊術なのだ。
「父上、闇血呪は一昼夜でかけられた者を発狂させる、残酷な呪詛です。父上の御心は理解しますが、ゼルダが狂ってしまう、別の方法を取ってはなりませんか」
皇帝は残酷に笑み、許さなかった。
「――ゼルダが神殿粛清を譲ったら、解呪しても構わぬ。ヴァン・ガーディナ、それくらい強い呪詛でなければ、ゼルダは神殿を滅ぼした己を責める。おまえなら、どちらが苦痛か知っていよう」
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