雪月花の物語 ~聖域の悪魔~

冴條玲

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第五章 闇血呪

5-3c. 天への勅命

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「ゼルダ、晩餐ばんさんをご一緒して頂けるそうだ。湯浴みして、着替えと身繕いをしておきなさい。おまえ、返り血がそのままだろう」

 不幸中の幸い、ゼルダは紫紺の正装に身を包んでいたので、乾いた血の色はそれほど目立ってはいない。とはいえ、そのまま晩餐の席に着くのはもってのほかだった。
 ゼルダはむうぅと、兄皇子を恨めしげに見た。

「兄上、私が会いたがってるなんて、まさか、本当に父上に!? 暗殺未遂の罪におとしいれられたばかりで晩餐って!」
「心配しなくても、皇后陛下は参加されないよ。体調が優れないそうだ」

 ほんの一時前に流血沙汰で、体調が優れたら只者ではない。

「おまえが会いたがって仕方ないと言ったら、折れて下さったよ。良かったな」
「ぎゃー!」


  **――*――**


 ゼルダが最後に父皇帝に会ったのは、闇血呪オプティア・マルダスを受けた日だ。その前は、兄皇子に仕えることを強制された日だ。
 どうしても強張る表情を隠せず、ゼルダは兄皇子の背に隠れるように、晩餐のための広間に足を踏み入れた。
 美味しそうな匂いのする夕食が並べられ、それを囲むようにソファなどが置かれている。

「よく来たな。ゼルダ」

 待っていた様子の皇帝が、おいでとゼルダに手を差し伸べた。
 ゼルダはためらうように、ややむくれた顔を背けていたものの、そうしていても仕方がないので、その手を取った。

「え――」

 途端、皇帝がその手を強く引いてゼルダを引き倒し、毛足の長い絨毯じゅうたんひざを突いた格好のゼルダのあごを、逆手で取った。

「綺麗になったじゃないか?」

 その何とも言えない優麗で悪党な微笑みに、とても、見覚えがあった。

「――っ!」

 マズいと思った時には手遅れで、強引に唇を重ねられ、砂が落ちるほどの間、感触と反応を味わわれた。もとい、楽しまれた。

「何、す……!」
「どうだった? ファーストはヴァン・ガーディナに持っていかれたようだが、どっちがいい」

 ――ぶち。

「私のファーストはリディアージュです!!」

 兄皇子さえ固まっているのに、皇帝は腹を抱えて笑った。

「おまえ顔、硬かったぞ。ほぐれただろう?」
「ぐぬっ……!!」

 頬を紅潮させて憤慨するゼルダの頭に、皇帝がぽんと手を置いた。

「闇血呪によく耐えたな。ヴァン・ガーディナが動いた、やるじゃないか。私が十年かけてもやれなかったことだ」

 ゼルダはびっくりして、瞬きして父皇帝を見直した。
 父皇帝が口の端に浮かべる笑みが、優しさゆえなのか、悪だくみゆえなのか、ゼルダにはわからなかった。

「ガーディナ、いつまでそんなところに突っ立ってる。おまえも来なさい」

 少し、膨れ面をしているだろうか。
 皇帝にわずかな、静寂めいた敵意を向けたヴァン・ガーディナが、ゼルダの手をぐいっと引っ張り返した。

「わっ――」

 その様子に皇帝がくすくす笑う。
 
 ――ていうか!!
 
「お二人とも、何してらっしゃるんですか! 取り合うべきは私じゃないでしょお!? 花が、この席には花が足りないっ!!」

 心の底から、ゼルダが悔しそうに言う。

「ああ、招いてあるよ」

 皇帝が手を叩くと、広間の両開きの扉が開かれ、きゃーっと、高い声でさえずりながら、ゼルダの大好きなお花が駆け込んできた。

「姉上! エシャール!」

 マリの二人の姉と、クローヴィンスの妹のエシャールだ。

「ゼルダ、可愛くなったねぇ♡ ガーディナ兄様と仲良くなったの?」

 挨拶代わりの強打を喰らわせたのは、言わずと知れたマリの姉だ。

「ソフィア姉様が、綺麗なリボン結んであげるね♪」
「じゃあ、レディナは髪結ってあげる♪」

 末っ子のエシャールがゼルダとヴァン・ガーディナを交互に見比べ、ゼルダに姉二人が寄っているのを見て取り、嬉しそうにヴァン・ガーディナの方に抱きついた。
 
 ――ああ! 極上の可愛いのが!
 
 とか何とか思いつつも、綺麗でお年頃なお姉様たちも、大好きなゼルダである。いきなり顔が綻んで、でれでれに緩んだ。
 アデリシアに見られたら、鉄拳が飛ぶかも。

「エシャール、ゼルダに抱っこしてもらいなさい。兄様はちょっと、父様とお話がしたいから」

 ヴァン・ガーディナがひたと皇帝を見据えて、斜向かいに座る。

「うん? 怖いな、ゼルダに手を出したのを叱る気か」

 兄皇子は嘆息して、かぶりを振った。

「後で、ゼルダの方を叱りますよ。それより、昼間のお言葉で気になったのですが」

 ニヤリとしたハーケンベルクが声を落とした。

「なんだ」
「アーシャ様が愛した者に――」

 私の母は、含まれるのですかと。
 皇帝は笑みを深くした。

「悪いな、ヴァン・ガーディナ」

 ヴァン・ガーディナは真っ直ぐ、皇帝の瞳を見詰めた。
 当然、含むと皇帝は笑った。

「父上、母上を護るために私をつけていたのですか」
「ああ、そうだよ。ルナードもな」
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