88 / 91
第五章 闇血呪
5-3c. 天への勅命
しおりを挟む
「ゼルダ、晩餐をご一緒して頂けるそうだ。湯浴みして、着替えと身繕いをしておきなさい。おまえ、返り血がそのままだろう」
不幸中の幸い、ゼルダは紫紺の正装に身を包んでいたので、乾いた血の色はそれほど目立ってはいない。とはいえ、そのまま晩餐の席に着くのはもってのほかだった。
ゼルダはむうぅと、兄皇子を恨めしげに見た。
「兄上、私が会いたがってるなんて、まさか、本当に父上に!? 暗殺未遂の罪に陥れられたばかりで晩餐って!」
「心配しなくても、皇后陛下は参加されないよ。体調が優れないそうだ」
ほんの一時前に流血沙汰で、体調が優れたら只者ではない。
「おまえが会いたがって仕方ないと言ったら、折れて下さったよ。良かったな」
「ぎゃー!」
**――*――**
ゼルダが最後に父皇帝に会ったのは、闇血呪を受けた日だ。その前は、兄皇子に仕えることを強制された日だ。
どうしても強張る表情を隠せず、ゼルダは兄皇子の背に隠れるように、晩餐のための広間に足を踏み入れた。
美味しそうな匂いのする夕食が並べられ、それを囲むようにソファなどが置かれている。
「よく来たな。ゼルダ」
待っていた様子の皇帝が、おいでとゼルダに手を差し伸べた。
ゼルダはためらうように、ややむくれた顔を背けていたものの、そうしていても仕方がないので、その手を取った。
「え――」
途端、皇帝がその手を強く引いてゼルダを引き倒し、毛足の長い絨毯に膝を突いた格好のゼルダの顎を、逆手で取った。
「綺麗になったじゃないか?」
その何とも言えない優麗で悪党な微笑みに、とても、見覚えがあった。
「――っ!」
マズいと思った時には手遅れで、強引に唇を重ねられ、砂が落ちるほどの間、感触と反応を味わわれた。もとい、楽しまれた。
「何、す……!」
「どうだった? ファーストはヴァン・ガーディナに持っていかれたようだが、どっちがいい」
――ぶち。
「私のファーストはリディアージュです!!」
兄皇子さえ固まっているのに、皇帝は腹を抱えて笑った。
「おまえ顔、硬かったぞ。ほぐれただろう?」
「ぐぬっ……!!」
頬を紅潮させて憤慨するゼルダの頭に、皇帝がぽんと手を置いた。
「闇血呪によく耐えたな。ヴァン・ガーディナが動いた、やるじゃないか。私が十年かけてもやれなかったことだ」
ゼルダはびっくりして、瞬きして父皇帝を見直した。
父皇帝が口の端に浮かべる笑みが、優しさゆえなのか、悪だくみゆえなのか、ゼルダにはわからなかった。
「ガーディナ、いつまでそんなところに突っ立ってる。おまえも来なさい」
少し、膨れ面をしているだろうか。
皇帝にわずかな、静寂めいた敵意を向けたヴァン・ガーディナが、ゼルダの手をぐいっと引っ張り返した。
「わっ――」
その様子に皇帝がくすくす笑う。
――ていうか!!
「お二人とも、何してらっしゃるんですか! 取り合うべきは私じゃないでしょお!? 花が、この席には花が足りないっ!!」
心の底から、ゼルダが悔しそうに言う。
「ああ、招いてあるよ」
皇帝が手を叩くと、広間の両開きの扉が開かれ、きゃーっと、高い声でさえずりながら、ゼルダの大好きなお花が駆け込んできた。
「姉上! エシャール!」
マリの二人の姉と、クローヴィンスの妹のエシャールだ。
「ゼルダ、可愛くなったねぇ♡ ガーディナ兄様と仲良くなったの?」
挨拶代わりの強打を喰らわせたのは、言わずと知れたマリの姉だ。
「ソフィア姉様が、綺麗なリボン結んであげるね♪」
「じゃあ、レディナは髪結ってあげる♪」
末っ子のエシャールがゼルダとヴァン・ガーディナを交互に見比べ、ゼルダに姉二人が寄っているのを見て取り、嬉しそうにヴァン・ガーディナの方に抱きついた。
――ああ! 極上の可愛いのが!
とか何とか思いつつも、綺麗でお年頃なお姉様たちも、大好きなゼルダである。いきなり顔が綻んで、でれでれに緩んだ。
アデリシアに見られたら、鉄拳が飛ぶかも。
「エシャール、ゼルダに抱っこしてもらいなさい。兄様はちょっと、父様とお話がしたいから」
ヴァン・ガーディナがひたと皇帝を見据えて、斜向かいに座る。
「うん? 怖いな、ゼルダに手を出したのを叱る気か」
兄皇子は嘆息して、かぶりを振った。
「後で、ゼルダの方を叱りますよ。それより、昼間のお言葉で気になったのですが」
ニヤリとしたハーケンベルクが声を落とした。
「なんだ」
「アーシャ様が愛した者に――」
私の母は、含まれるのですかと。
皇帝は笑みを深くした。
「悪いな、ヴァン・ガーディナ」
ヴァン・ガーディナは真っ直ぐ、皇帝の瞳を見詰めた。
当然、含むと皇帝は笑った。
「父上、母上を護るために私をつけていたのですか」
「ああ、そうだよ。ルナードもな」
不幸中の幸い、ゼルダは紫紺の正装に身を包んでいたので、乾いた血の色はそれほど目立ってはいない。とはいえ、そのまま晩餐の席に着くのはもってのほかだった。
ゼルダはむうぅと、兄皇子を恨めしげに見た。
「兄上、私が会いたがってるなんて、まさか、本当に父上に!? 暗殺未遂の罪に陥れられたばかりで晩餐って!」
「心配しなくても、皇后陛下は参加されないよ。体調が優れないそうだ」
ほんの一時前に流血沙汰で、体調が優れたら只者ではない。
「おまえが会いたがって仕方ないと言ったら、折れて下さったよ。良かったな」
「ぎゃー!」
**――*――**
ゼルダが最後に父皇帝に会ったのは、闇血呪を受けた日だ。その前は、兄皇子に仕えることを強制された日だ。
どうしても強張る表情を隠せず、ゼルダは兄皇子の背に隠れるように、晩餐のための広間に足を踏み入れた。
美味しそうな匂いのする夕食が並べられ、それを囲むようにソファなどが置かれている。
「よく来たな。ゼルダ」
待っていた様子の皇帝が、おいでとゼルダに手を差し伸べた。
ゼルダはためらうように、ややむくれた顔を背けていたものの、そうしていても仕方がないので、その手を取った。
「え――」
途端、皇帝がその手を強く引いてゼルダを引き倒し、毛足の長い絨毯に膝を突いた格好のゼルダの顎を、逆手で取った。
「綺麗になったじゃないか?」
その何とも言えない優麗で悪党な微笑みに、とても、見覚えがあった。
「――っ!」
マズいと思った時には手遅れで、強引に唇を重ねられ、砂が落ちるほどの間、感触と反応を味わわれた。もとい、楽しまれた。
「何、す……!」
「どうだった? ファーストはヴァン・ガーディナに持っていかれたようだが、どっちがいい」
――ぶち。
「私のファーストはリディアージュです!!」
兄皇子さえ固まっているのに、皇帝は腹を抱えて笑った。
「おまえ顔、硬かったぞ。ほぐれただろう?」
「ぐぬっ……!!」
頬を紅潮させて憤慨するゼルダの頭に、皇帝がぽんと手を置いた。
「闇血呪によく耐えたな。ヴァン・ガーディナが動いた、やるじゃないか。私が十年かけてもやれなかったことだ」
ゼルダはびっくりして、瞬きして父皇帝を見直した。
父皇帝が口の端に浮かべる笑みが、優しさゆえなのか、悪だくみゆえなのか、ゼルダにはわからなかった。
「ガーディナ、いつまでそんなところに突っ立ってる。おまえも来なさい」
少し、膨れ面をしているだろうか。
皇帝にわずかな、静寂めいた敵意を向けたヴァン・ガーディナが、ゼルダの手をぐいっと引っ張り返した。
「わっ――」
その様子に皇帝がくすくす笑う。
――ていうか!!
「お二人とも、何してらっしゃるんですか! 取り合うべきは私じゃないでしょお!? 花が、この席には花が足りないっ!!」
心の底から、ゼルダが悔しそうに言う。
「ああ、招いてあるよ」
皇帝が手を叩くと、広間の両開きの扉が開かれ、きゃーっと、高い声でさえずりながら、ゼルダの大好きなお花が駆け込んできた。
「姉上! エシャール!」
マリの二人の姉と、クローヴィンスの妹のエシャールだ。
「ゼルダ、可愛くなったねぇ♡ ガーディナ兄様と仲良くなったの?」
挨拶代わりの強打を喰らわせたのは、言わずと知れたマリの姉だ。
「ソフィア姉様が、綺麗なリボン結んであげるね♪」
「じゃあ、レディナは髪結ってあげる♪」
末っ子のエシャールがゼルダとヴァン・ガーディナを交互に見比べ、ゼルダに姉二人が寄っているのを見て取り、嬉しそうにヴァン・ガーディナの方に抱きついた。
――ああ! 極上の可愛いのが!
とか何とか思いつつも、綺麗でお年頃なお姉様たちも、大好きなゼルダである。いきなり顔が綻んで、でれでれに緩んだ。
アデリシアに見られたら、鉄拳が飛ぶかも。
「エシャール、ゼルダに抱っこしてもらいなさい。兄様はちょっと、父様とお話がしたいから」
ヴァン・ガーディナがひたと皇帝を見据えて、斜向かいに座る。
「うん? 怖いな、ゼルダに手を出したのを叱る気か」
兄皇子は嘆息して、かぶりを振った。
「後で、ゼルダの方を叱りますよ。それより、昼間のお言葉で気になったのですが」
ニヤリとしたハーケンベルクが声を落とした。
「なんだ」
「アーシャ様が愛した者に――」
私の母は、含まれるのですかと。
皇帝は笑みを深くした。
「悪いな、ヴァン・ガーディナ」
ヴァン・ガーディナは真っ直ぐ、皇帝の瞳を見詰めた。
当然、含むと皇帝は笑った。
「父上、母上を護るために私をつけていたのですか」
「ああ、そうだよ。ルナードもな」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる