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第一章 舞い降りた天使

第6話 小さな嘘

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 デゼルの家庭教師になって、十日ほどが過ぎた頃。

「――ねぇ、デゼルは学校には行かないの?」

 そう聞いてみたら、デゼルがふわっと微笑んだ。
 わぁ、可愛い。

「うん、行かない。サイファ様の教え方がわかりやすいから、行かなくていい」
「でも――」

 そんな風に言ってもらえるのは、すごく、嬉しいんだけど。

「デゼルなら友達もたくさんできると思うし、これだけできたら、デゼル、一番になれると思うよ。もったいなくない?」
「ふふ、もったいなくない」

 やわらかく微笑んだデゼルが、頬杖をついて上目遣いに僕を見た。
 わ、なんだろう、小悪魔みたい。
 すっごく可愛いんだけど、なんだか、してやったりのカオ。
 敵わないなぁ、もう。
 デゼルがあんまり可愛くて、つい、僕が笑顔をこぼしたら、デゼルがますます嬉しそうに笑った。
 デゼルって、僕が笑うとすごく喜ぶんだ。
 嬉しいんだけど、僕がデゼルを独占していていいのかな。
 デゼルなら、もっと、みんなに好かれて、もっと、誰よりも幸せな人生を送れるんじゃないかと思うんだけど。

 ふいに、デゼルが何かに気がついた顔で、目を丸くして僕を見た。

「サイファ様、お怪我は、どうして……?」

 ぎくっとして、息を呑んでしまって。
 ヒールしたつもりだったんだけど、不十分だったのかな。

「……なんでもないよ、生活の授業とか……」

 知られるのが怖くて、目を逸らして、――デゼルに嘘、ついたんだ。
 そうした僕にバチが当たるのは、冗談みたいにはやかった。

「やっぱり、デゼルも学校に行こうかな。――サイファ様と同じクラスに編入できたら、行きたい」
「そんな、四年生の生活の実技とか、デゼルにはまだ無理だよ」
「背が届かなかったら、サイファ様が助けて下さいね」

 なんで!?

 デゼルが学校には行かないって言った時、正直、ほっとしたんだ。
 それなのに、僕と同じクラスに編入したいなんて。

 学校を勧めはしたけど、貴族向けの学校に、一年生として入学することを勧めたつもりだった。
 こんなことになるなんて、思いもよらなかったんだ。

「サイファ様のいないクラスには通いたくないの。デゼルができない、生活の実技をなるべく教えて下さい。来週、編入試験を受けてみますね」
「来週って!」
「サイファ様、今から教えて下さい」

 言って、デゼルが僕の手を取った。
 そうしたら、不思議と、少し気持ちが落ち着いたけど。
 どうしよう、こんな――

 知られたくないんだ、僕が学校でどう過ごしているのか。
 友達の一人もいなくて、ジャイロに黙って殴られてるだけ、すごく、悪いことばかりする子だって、みんなに思われてるなんて。

 デゼルにだけは、楽しそうな笑顔で僕の傍にいて欲しいのに。
 母さんみたいな悲しい顔はさせたくないんだ。
 僕のことを、知らないで。
 みんなが僕をなんて言っているのか、知らないで。

 たったひとつの小さな嘘のバチが、こんなに重く、こんなに早く当たるなんて――
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