サイファ ~少年と舞い降りた天使~

冴條玲

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第三章 闇を彷徨う心を癒したい

第81話 町人Sはモブリーダーになる【前編】

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 それからの七年間を、僕達は天界で過ごすことになった。
 ネプチューン様がその尋常ならざる魔力でもって、皇宮を丸ごと天界に持ち込んだんだけど、この天界っていうのが、地上より時の流れが緩やかな場所なんだ。
 天界での一年間は、地上での三年間というところ。


 僕は十九歳に、デゼルは十七歳になった。
 水神や大地母神として公国を祝福する際には、デゼルが一人で公国に降りるから、僕との年齢の差が、半年ほど縮まったんだ。
 地上部隊である帝国軍の将軍になったジャイロに至っては、地上で過ごす時間の方が長かったから、二十七歳になって、二十四歳のユリシーズのお兄さんになった。


 天界の方がみんなの悪意が遠いから、天界で暮らそうって言ったのは僕なんだ。
 それなのに、天界は家族とも友達とも、違う時の流れに身をゆだねて、置き去りにされてしまう場所だからって、デゼルは僕の心配をしてた。
 置き去りって言っても、母さんや友達に会いたければ、僕達はいつでも、地上に降りられるんだよ。年齢が遅れてしまうだけ。それに僕、あんまり――
 母さんや友達でさえ、デゼルを誤解しているのは同じなんだ。みんながデゼルを悪者にする言葉なんて、僕、あんまり、聞きたくなかったから。


 この七年の間に、いろんなこと、たくさんのことがあった。
 近づいてくるデゼルの十七歳が、デゼルが殺される運命の時が、怖くなかったと言えば嘘になるけど。
 それでも、逆に僕達には七年もあるんだって、一生分、デゼルを楽しませたり喜ばせたりしてあげたかったから。
 限りある季節、貴重な平和な時間を、一日だって無駄にしたくなかった。
 公国が滅びなかったように、デゼルが死なずに済むことだってあるかもしれないんだ。
 僕は最後まで、諦めたりしない。


 そのために、たとえば。
 あれは、僕が近衛隊長と衛兵隊長を拝命した翌月のことだった。


  **――*――**


 誰一人、僕を評価してくれる隊士はいなくて、僕の初任給が無報酬だったことは、瞬く間にみんなの噂になって、みんなが僕を笑い者にしてた。
 隊士たちの誰も、デゼルの実力も僕の実力も知らないから、当時の僕は、十歳の少女のお守りだと思われていたんだ。
 皇宮ごと天界に持ち込むなんて、伝説級の魔力を披露した皇帝陛下は恐れられていたから、陛下が十歳の少女を副官に任命した人選には、誰も異を唱えなかったし、なぜなのかなんて詮索されることもなかったんだけど。
 それにしても、僕があんまり隊士たちに馬鹿にされた状態だと、隊士たちが僕の言うことを聞いてくれないかもしれないよね。
 そうなると、僕のデゼルを守り切れない事態になってしまうかもしれない。
 どうしたらいいのか、僕が思い悩んでいたら、隊士たちの方から僕に話があるって、皇宮の裏手に呼び出してくれたんだ。

「お子様が隊長じゃあ、やってられないんですがねぇ」

 衛兵隊の副隊長が口火を切った。

「どうしたら、認めて頂けますか?」

 近衛隊と衛兵隊の精鋭に取り囲まれた僕が威圧されないことに、彼は驚いたようだった。

「お子様がどうしたって、誰が認めるもんかよ。今すぐ、尻尾を巻いて逃げ出すなら見逃してやるって話だ」
「我々はならず者ではないのでね。隊長のような少年を袋叩きにするのは気が引けるが――言ってわからないなら、そうさせてもらうことになる」

 近衛副隊長の言葉に、僕はうなずいた。

「僕があなた方を制圧したら、認めて頂けますか?」

 聞き違えたかという顔で、隊士たちが顔を見合わせた。

「あなた方は味方なので、怪我をさせたくありません。ですが、そうしないと認めて頂けないということなら、制圧します」
「――ッ! やってみろよ、勘違いして思い上がったクソガキが!」

 最初、かかってきたのは衛兵隊の副隊長一人。
 僕は本当に、ただの子供だと侮られていたんだ。

 ――カキッ!

 衛兵副隊長の剣を難なくアテナの鏡で受けて、彼の首筋に、マルスの小剣の刃先を押し当てた。
 途端、口笛と拍手が僕に贈られた。少しは、見直してもらえたみたい。

「い、今のは油断して――!」
「もう一度、相手をしてもいいけど、次は怪我をさせます。そうしないと、キリがないみたいだから」

 衛兵副隊長を近衛副隊長が片手で制して、僕に言った。

「いや、見事なものだ。そんなザコとのタイマンはもういい。隊長が少しは使えるみたいで安心したよ」
「ありがとう」

 精鋭部隊の近衛隊に比べると、衛兵隊は剣術も礼儀もにわか仕込みなんだ。
 皇宮の広い庭園や城壁の外を巡視して、何かあれば数を頼んで対応するのが衛兵隊だから。
 腰の剣の鞘を払った近衛副隊長が続けた。

「だが、『少しは使える』程度の、うら若い少年に命を預けるのはごめんだな」

 僕が微笑んだ意味を、近衛副隊長がどう取ったかはわからない。
 近衛副隊長が指を鳴らすと、近衛隊士が散開した。
 さすがに、僕が宣言通りに彼らを制圧してみせることなんて期待してないと思うけど――
 近衛隊士の命を預けるに足りるかどうか、僕の出方を見たいんだよね?
 うん、制圧してしまった方が、隊士たちは安心だよね。
 僕は近衛副隊長に、にこっと笑いかけてから、アテナの鏡をかざした。
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