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第三章 闇を彷徨う心を癒したい

第80話 たとえ帝国が僕を歓迎しなくても

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「近衛隊長と衛兵隊長の任、謹んでお受け致します」

 ガゼル様へのご挨拶を済ませて、デゼルが公国に戻らないこと、ガゼル様をお断りすることがわかった翌日。
 僕はネプチューン様に目通りを願うと、ひざまずいて、拝命した。
 帝国に闇主なんて公務はないから、皇帝の副官になってしまったデゼルを守るために。
 十歳のデゼルがどうして皇帝の副官なのか、まだ十三歳の僕に近衛隊長と衛兵隊長を兼務なんてできるのか、滅茶苦茶な話なんだけど。
 能力だけで言えば、デゼルは皇帝の副官にふさわしい神の祝福を授かっているし、皇帝の副官を任されるということはつまり、デゼルが近衛隊と衛兵隊を預かるということなんだ。
 だから、デゼルの側仕えになるためには、近衛隊長なり、衛兵隊長なり、拝命しないとならない。
 兼務する必要はないんだけど、僕じゃない近衛隊長や衛兵隊長がデゼルの側仕えに就くのって、何だか、いやな予感がして。
 だいたい、ネプチューン様がまず、

「で? デゼルを俺の夜伽よとぎに寄越す気にはなったのか?」
「お断り致します」

 こういうこと、仰るから。
 帝国の近衛隊長と衛兵隊長は実力主義で、討ち取った賊の数と、隊員からの評価、皇帝からの信認で報酬が決まる。
 僕達の任地は天界。
 内戦でも起きない限り、討ち取るべき賊はいないはずで。
 隊員からの評価は、何の功績もない今の僕が何もしなければ確実に不信認だから、どんな手を使ってでも手に入れろって。
 たとえば、皇帝からの信認が欲しければデゼルを夜伽に寄越せって仰るんだ。
 いらないから、断ったけど。
 陛下のご要望をお断りしたら、今の僕では、無報酬になってしまう可能性が高い。
 それでもいいんだ。
 闇主としての報酬をこれまで通り、公家から頂いているから。
 つまり、僕が手に入れないとならなかったのは、仕官の報酬ではなく、帝国での、デゼルの側仕えの地位そのもの。
 デゼルの推薦があるから、僕の能力が不十分でも、罷免はない。
 だからこそ、僕の能力が不十分だった場合には、隊士たちの手で私刑に処されたりするみたい。僕が自発的に逃げ出すように仕向けるんだ。
 でも、僕、そこまで弱くないから。
 神の武具を使いこなせているから、たぶん――
 神の武具は、魔法の呪文みたいに神を讃えることばを唱えれば、何種類かの強力な魔法を発動することもできるんだ。
 マルスは軍神、攻撃系の範囲魔法があるから、一般兵が僕を私刑に処すのは至難だと思う。
 ユリシーズとジャイロの後ろ盾もあるし。
 だって、僕よりジャイロの方が凄いんだ。帝国軍の将軍だって。
 ユリシーズが陛下の愛人になってるから、皇帝の信認も獲得済み。
 存在を知られていない神の武具より、僕とジャイロが心友だってことの方が、隊士たちへの牽制としては強力なくらい。
 それというのも、ネプチューン様が帝位を簒奪して間もない今の帝国は、荒れに荒れていて、妖艶な美女であるユリシーズが襲われる事件があったんだ。
 だけど、賊はユリシーズの恐ろしい闇魔法によってまとめて呪殺され、かろうじて呪殺を免れた者もジャイロに斬り殺されたらしくて、事件は瞬く間に、帝国の七つの怪談の一つになった。
 ジャイロもだけど、ユリシーズが最恐で、誰もジャイロには逆らえないんだ。

 僕、ジャイロの心友で本当によかった。
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