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第三章 闇を彷徨う心を癒したい

【Side】ガゼル ~とても敵わない~

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 満ち足りた笑顔で話す二人の様子を見た時に、デゼルが私を選ばないことは、予想がついていたんだけれどね。
 それでも、やっぱり。
 デゼルのためなら公国を捨てても構わない、私の真剣な想いを伝えていれば、応えてもらえたかもしれないことを、一生、後悔したくはなかったから。
 応えてはもらえなかったけど、この想いに、決着をつけられてよかった。

 サイファは、あの子は――
 すごいね、とても、敵わないよ。
 いつか、こうなりたいと私が目標にしている姿勢を、あの子は最初から、自然体で体得していて。
 才能の違いと考えるには、あの子が生きてきた人生は過酷にすぎて、何の罪もないサイファのような子供が子供でいられない、死を覚悟して生きなければならないのがオプスキュリテ公国なんだと――
 私はその公国の公子として生きてきたんだと理解した時、とても、恥ずかしくなったんだ。
 公子の地位、私の容姿と才能を誰もがうらやむけれど、私ほど厳しく育てられる子供なんているものかと、私が得ているものは、私のたゆまぬ努力の賜物でしかないと思ってきたから。
 でも、あの子を知った今、私にはとても、サイファよりも厳しい環境に生まれ育ったなんて言えない。私が生まれ育った環境が、どんなに恵まれていたか、思い知ったんだ。
 サイファは、最初から公国に裏切られていたのに、公国を守るために命を懸けてくれた。
 きっと、私と違って、どうして自分だけがこんな思いをしないとならないのかなんて、考えたこともないんだろうね。
 恋敵こいがたきだとわかっているはずなのに、あの子は初めて会った時から私に憧憬の眼差しを向けて、助けてあげれば何の屈託もなく、心から感謝してくれた。
 私には、できないと思う。
 私の魂はサイファほどには澄み切っていない。サイファほどには強くない。
 サイファを知れば知るほど、そのことを思い知らされたんだ。

 自分のものにならないデゼルのためにでも、命を懸けられるあの子が。
 これまでと同じようにデゼルを愛せるか、わからないと言ったのは、直感だったのかな。
 これまでと同じでは駄目なんだって。
 サイファとデゼルの主従が逆転していた。
 死を願うデゼルを支えるためには、デゼルが主のままでは駄目だ。
 闇巫女を、闇主の願い――『生きて』に応える従にするしかないんだ。
 サイファは見事にデゼルを支配して、今日まで、デゼルの命をつないでくれていた。
 それどころか、まさか、デゼルがもう笑えるなんて。

 あの子はすべてを許して、ありのままに受け容れることができるんだ。
 私はあと、どれだけ努力したら、サイファに追いつけるんだろう。
 サイファの魂の高さは、神の領域じゃないのか。

 サイファ、私はそれでも――
 私のものにできるなら、デゼルを私のものにしたかったよ。
 いったい、これまで私は何のためにと、考えてしまうのが私の未熟さなんだ。

“ 公国のために ”

 私の疑問の解は明らかで、デゼルを失えば何も残らないのはサイファの方だったのにね。
 サイファはデゼルが望むなら身を引くつもりでいた。
 あんなに、デゼルを大切にしているのに。

 神がいるなら、どうか、私に二人を裏切らない強さを――
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