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第四章 爆発

第四十一話 穴空き

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 しばらくして、俺達は広場を出ることにした。

 いつまでも同じところに留まっているのは危険だ。
 今こうしている間にも、どこから敵が襲ってくるか分かったものでは無い。
 センサーを張っているとはいえ、それを避ける手段だっていくらでもある。

 高く、高く。
 山を登るにつれて、だんだんと霧が深くなっていく。

 微弱な風を流すことで機能しているセンサーも、この霧の中ではもはや機能しない。
 ロディアが張っているセンサーも、山の霊気か何かに阻まれたのか、何故か機能していない。

 さて、どうしたものか。

 このままでは深い霧の中、センサーどころか目さえも使わずに索敵と警戒を強いられることになる。
 出来る限り早く、広場辺りの高さまで戻るか、雲海を突破するかしなければならないだろう。

 しかし、雲海を突き抜けて霧を上に避けるには相応の時間がかかる。
 となれば霧がかかっていなかった例の広場か、それよりは低い標高まで戻りたいところだが、あの広場は俺達が数十分前まで留まっていた場所だ。
 現時点で既にマークされている可能性がある。

 つまりは、広場からここまで登ってきていた道とは別の経路を通って、標高を下げなければならないという訳だ。

 山のどこに出るかは分からないが、まず霧を脱するためには必要な賭けになる。
 甘んじて受け入れるしか無いだろう。

「……何も見えない。視界不良は作戦の敵」

「ジィン君、ガラテヤ。君達の風で何とかすることはできないのか?」

「やってみようとしたけど、無理だった」

「それに、音と風圧でバレる可能性も大いにあるから断念したのよ」

「そうか……」

「僕も無理だったよ。ただ暗いだけなら僕の魔法で見えるけど、煙いとなったら話は別みたいでね」

 この霧に対して、打つ手無し。

 少しずつ山を下りていくも、一向に霧は晴れない。

 参ったものだ、先の見えない困難ほど不安になるものはない。

 貴族様モードが緩んだのか、頭をポリポリと掻くガラテヤ様。

 しかし、そのタイミングを狙ってか、キラリと光る刃が上空に見えた。

「ガラテヤ様、危ない!」

 俺はすかさずガラテヤ様の前に立ち塞がり、剣を差し出して攻撃を防ぐ。

「チッ……外したか」

 この声、聞き覚えがある。

「はっ!はぁぁぁぁ……やっ!いきなりガラテヤ様を狙うんだ。へー。……こういう作戦は慣れてるの?」

「初めてさ。だが……ただ、俺は貴族が憎いあまり、こういうことが『できちまう』のさ」

 講堂ですれ違いざまにあたってきた奴だ。

「……何をそんなに私達を憎むことがあるのかしら。私達が何かしたというの?」

「フン。貴族は皆そう言う。だがな、俺は忘れないんだよ。……昔、俺と両親が住んでいた土地は肥沃だった。なのに……領主は、ただその土地が欲しいあまりに!『呪われている』という理由をつけて、俺達に立ち退きを命じたんだ!」

「……ふん」

「そして代わりに与えられた土地は、栄養が無くなってカッピカピになった土地だった。当然、作物は育たない。……両親は自分の飯を抜いてでも俺にパンを食わせてくれた。だが……当然、無理をすりゃ人間は死ぬ。俺の両親は、だんだん弱っていって死んだんだ」

「そう」

「チッ!……貴族ってのは領民を苦しめるためにいるのか?なあ、教えてくれよ。お前ら貴族の存在意義って何だ?王も貴族も、民と支え合うために……互いに役割分担をして、幸せにし合うためにいるんじゃあないのか?」

「ええ、そうね。少なくとも、私達はそう考えているわ。貴方の言う領主が誰なのかは分からないけれど……彼はきっと違ったのでしょうね」

「ああ。貴族ってだけで敬われて、貴族ってだけでパンを徴収できる。そんなご身分ってのがどうにも気に入らねぇ。だから、俺は選別してやるのさ。そのためにも……テメーらの学校にいる貴族……特に行動で俺の視界に入ったお前達には、痛い目を見てもらう。そして、一般人でも貴族に勝てないことは無いと、国中に知らしめてやるのさ」

 相手はこちらとの距離を離し、斧を構える。

「あら、私達とその貴族は別モノよ?考えて欲しいのだけれど……貴族だからと言って、皆同じと考えてはいけないわ」

「黙れ。相手が貴族なら誰でも良いのだ。……『ガラテヤ』、だったか。大方、継承権が移らないと見込んだ故に、冒険者となったのだろう?」

「そうよ。領地でダラダラ過ごすのも、私のプライドが許さなくてね」

「フン。……そんなに己がまともだと言いたいのなら、爵位継承権を完全に捨ててしまってはどうだ。……そして身内が全員継承を拒否すれば、めでたくお前は貴族という身分から完全に解放される」

「……他の身内がどうするかは、皆の決める事よ。それに論点をずらすどころか、前提さえも曲げるのはやめてもらえるかしら?『貴族をやめたらまともになれる』という前提から間違えていると思うのだけれど」

「黙れ。貴族など、皆寄生虫だ……」

「ふぅ……。貴方は海に住んでいる生き物だからと言って、メダカとマグロとエビを全て同じだと言い張るのかしら?貴方の領主がたまたま酷かったからといって、それを貴族全体の責任にして、しまいには制度の廃止を求めると言うのは、少しやり過ぎじゃあないのかしら?支配者を失った人々がどうなるか考えたことはある?破られた支配権は誰のものになるか……想像したことは?」

「黙れと言っているんだ、ガキ!お前のごときガキに何が分かる!」

「分かるわよ。自分で言うのも何だけれど私、見てくれよりも経験豊富だもの」

「……ガラテヤ。コイツは話が通じん奴だ。さっさとやってしまおう」

 痺れを切らしたマーズさんが、大剣を片手に構えて戦闘態勢へ。

 続けて俺達も武器を構えた。

「俺の名は『バグラディ・ガレア』。表向きには模擬戦に大きく貢献し……そして貴族共に、民の力を思い知らせる者の名だ」

 彼はやはり貴族という存在そのものに対して、何やらあらぬ誤解をしているようである。
 このまま放っておいても、後々山賊か何か、秩序を大きく乱す存在になりかねない。

 彼を、いかにして落ち着かせるか。
 この場は模擬戦にしては重く、実戦にしてはルールが整い過ぎている。

「やれやれ。僕も平民だし、貴族への不満は全く無い訳じゃあないけど……ここまで『これが平民の意思だ』みたいに主張されると、それはそれで割を喰らいそうで困っちゃうなぁ」

 そんな戦場で始まったのは、貴族として国を守る戦い。

「【夜叉喰やしゃくらい】……。グ、グググ」

「……何かヤバい。気をつけて」

「グォォォァァァァァァァァァ!」

 その姿は、まさに悪鬼たる夜叉を取り込みし者。

 バグラディの頭部からは二本の角が生え、皮膚は赤く染まる。
 口からは牙が伸び、全身に炎を纏い始めた。

「……鬼、か」

「ハァァァ……。ブッ潰してやるッ!……支配者、滅ぶべし!」

 バグラディは、間違いなく勘違いをしている。

 しかし、今の彼にそれを説明することは不可能だろう。
 とりあえず、今は何とか鬼化を解いて落ち着かせなければ。

 平安以来の鬼狩り。
 俺はファルシオンに魔力を込め、風を纏わせた。
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