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ガラテヤの手記
最後に
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扉を開けると、真っ暗な部屋の中に、ポツンと見慣れた身体が一つ。
弔いの準備はできているのか、それには血みどろのハーフプレートメイルではなく、真っ白な服が着せられていた。
幸い、遺体の腐敗は進行していない。
しかし、すっかり冷たくなっているそれに、もはや生気は感じなかった。
「……ジィン」
私の握られていた手がメイラークム先生の手から離れるや否や、私は本能的、かつ衝動的に、ジィンの上に覆い被さる。
「明日になったら、また来るわね。気が済むまで、最後のお別れを」
扉を閉め、メイラークム先生は部屋を立ち去る。
私はそれを横目に、ジィンの亡骸と両手を繋ぎ、口と口を合わせた。
しかし、やはり止めも照れも、呼吸さえもしないジィンの唇から伝わるものは、やはり冷たさと無機質な死だけであった。
「はぁ、はぁ……。ジィン……!」
この世界で一番、最低な口づけ。
ジィンの顔を見れば見るほど、喪失感は増すばかり。
ジィンを殺した「あいつ」への怒りだとか、ジィンがいなくなった今後の心配だとか、そんなものを差し置いて、感情の全てをジィンを失った悲しみが支配する。
流しても流しても枯れることの無い涙が、私の頬とジィンの傷ついた身体を濡らしていた。
私は、これからどうすれば良いのか。
何のために生きれば良いのか。
ジィンに出会うまでは、何の目的も無く、しかし何の目的も無しに生きることができていた。
幼さ故だったのかもしれないが、一度でも幸せを味わうと、それ未満の人生には満足できないようだ。
そしてジィンに出会ってからは、彼に命を救われた経験から、屋敷ではなく前線で人々を守りたいと思った。
ジィンに憧れて、人々に直接手を届けることができる冒険者を目指したのだ。
それなのに。
ジィンは死んでしまった。
私の夢は、森に迷い込んだ私を救ってくれたジィンのようになりたいというものだった。
しかし、私の騎士として側にいて、私の憧れだったジィンは、私の夢に付き合ったせいで死んだのだ。
元はといえば、私が招いた死であったといっても過言ではないだろう。
こんなことになるのなら。
大切な騎士であり、弟であり、憧れの人を失うのなら。
冒険者になりたいだなんて、言うのではなかった。
前線に立とうだなんて、思わなければ良かった。
後悔したところで、今更どうにもならないということは分かっている。
それでも、私は悔やんだ。
過去の能天気な自分を、強く、強く呪った。
ジィンを失ったことが悲しくて、自らの能天気な憧れが悔しくて。
あの森で思い切り泣いて、一周回って諦めがついたつもりだったのに。
それでも、涙は止まらない。
私は自分の服に手をかけ、その身を全て、眠ったままのジィンに晒す。
そしてジィンの服も脱がせ、私はジィンに再び覆い被さったまま、唇と唇を合わせた。
ジィンの心臓が冷たいことで、私の心臓が温かいことを認識する。
そのまま目を閉じると、ジィンの全てが伝わってくるような、そんな気がした。
もう、その身体に意識などあるハズも無いのだが、確かにそのような感触を覚えた。
全身から力が抜けていく。
互いに溶け合い、全てが混ざり合うような。
一線を超えているならそういうこともあるのかも知れないが、流石に死人へそんなことをする度胸は無く、またそれ程までに私も堕ちてはいない。
しかし、今までに味わったこともないようなそれに、私は不思議と身を委ねてみたいと思ってしまった。
すると、全身が震えるような衝撃に襲われる。
外からの攻撃ではない。
これは私の内側からきているものだ。
泣き疲れたのだろうか、身体に力が入らなければ、魔法を使うこともできない。
……どうせ最後の夜なのだ、誰にも文句は言われまい。
私はその疲れに身を任せ、そのままジィンの側で倒れるように意識を手放した。
弔いの準備はできているのか、それには血みどろのハーフプレートメイルではなく、真っ白な服が着せられていた。
幸い、遺体の腐敗は進行していない。
しかし、すっかり冷たくなっているそれに、もはや生気は感じなかった。
「……ジィン」
私の握られていた手がメイラークム先生の手から離れるや否や、私は本能的、かつ衝動的に、ジィンの上に覆い被さる。
「明日になったら、また来るわね。気が済むまで、最後のお別れを」
扉を閉め、メイラークム先生は部屋を立ち去る。
私はそれを横目に、ジィンの亡骸と両手を繋ぎ、口と口を合わせた。
しかし、やはり止めも照れも、呼吸さえもしないジィンの唇から伝わるものは、やはり冷たさと無機質な死だけであった。
「はぁ、はぁ……。ジィン……!」
この世界で一番、最低な口づけ。
ジィンの顔を見れば見るほど、喪失感は増すばかり。
ジィンを殺した「あいつ」への怒りだとか、ジィンがいなくなった今後の心配だとか、そんなものを差し置いて、感情の全てをジィンを失った悲しみが支配する。
流しても流しても枯れることの無い涙が、私の頬とジィンの傷ついた身体を濡らしていた。
私は、これからどうすれば良いのか。
何のために生きれば良いのか。
ジィンに出会うまでは、何の目的も無く、しかし何の目的も無しに生きることができていた。
幼さ故だったのかもしれないが、一度でも幸せを味わうと、それ未満の人生には満足できないようだ。
そしてジィンに出会ってからは、彼に命を救われた経験から、屋敷ではなく前線で人々を守りたいと思った。
ジィンに憧れて、人々に直接手を届けることができる冒険者を目指したのだ。
それなのに。
ジィンは死んでしまった。
私の夢は、森に迷い込んだ私を救ってくれたジィンのようになりたいというものだった。
しかし、私の騎士として側にいて、私の憧れだったジィンは、私の夢に付き合ったせいで死んだのだ。
元はといえば、私が招いた死であったといっても過言ではないだろう。
こんなことになるのなら。
大切な騎士であり、弟であり、憧れの人を失うのなら。
冒険者になりたいだなんて、言うのではなかった。
前線に立とうだなんて、思わなければ良かった。
後悔したところで、今更どうにもならないということは分かっている。
それでも、私は悔やんだ。
過去の能天気な自分を、強く、強く呪った。
ジィンを失ったことが悲しくて、自らの能天気な憧れが悔しくて。
あの森で思い切り泣いて、一周回って諦めがついたつもりだったのに。
それでも、涙は止まらない。
私は自分の服に手をかけ、その身を全て、眠ったままのジィンに晒す。
そしてジィンの服も脱がせ、私はジィンに再び覆い被さったまま、唇と唇を合わせた。
ジィンの心臓が冷たいことで、私の心臓が温かいことを認識する。
そのまま目を閉じると、ジィンの全てが伝わってくるような、そんな気がした。
もう、その身体に意識などあるハズも無いのだが、確かにそのような感触を覚えた。
全身から力が抜けていく。
互いに溶け合い、全てが混ざり合うような。
一線を超えているならそういうこともあるのかも知れないが、流石に死人へそんなことをする度胸は無く、またそれ程までに私も堕ちてはいない。
しかし、今までに味わったこともないようなそれに、私は不思議と身を委ねてみたいと思ってしまった。
すると、全身が震えるような衝撃に襲われる。
外からの攻撃ではない。
これは私の内側からきているものだ。
泣き疲れたのだろうか、身体に力が入らなければ、魔法を使うこともできない。
……どうせ最後の夜なのだ、誰にも文句は言われまい。
私はその疲れに身を任せ、そのままジィンの側で倒れるように意識を手放した。
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