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第三章・ランスウォールの後継者
不意打ち
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テッドは今、至福の時を過ごしていた。彼の従者は主に気を利かせ、寒いのを我慢して前方の御者台に乗っている。4人乗り馬車の狭い車内で、大好きな女の子と二人きりなのだ。しかも彼女の荷物に二人分の座席を占領されたため、二人は横並びで座り、そのせいで、テッドは右半身に意識が集中している。ほんの少しの揺れでアナスタシアと触れ合う距離だ。
「アナ、寒くないか? ほら、俺のコートを羽織っておけよ。座席の下にひざ掛けが入っているんだが、走行中は危ないからな。次の町で休憩する時に出してやるよ」
「ありがとう、テッド。このコート、また貸してもらっちゃったわね。あなたは寒くない? 春と言ってもまだ寒いもの。そうだ、こうすれば二人共温かいでしょ?」
アナスタシアはテッドの方に詰めて座り、自分だけでなく、彼の膝にもかかる様にコートを広げた。コートよりも、テッドとくっついた所の方が温かく、アナスタシアは無意識に体を寄せた。
「テッドって体温高いわよね? 昨日も思ったけれど、熱があるんじゃないかって思うくらい温かいわ」
「昨日って? いつの話だ?」
アナスタシアはうっかり非常階段での事を口に出してしまった。何か誤魔化せないかと思案して、今朝皆が順番にハグしてくれた事を思い出した。
「やだ間違えた、今朝だったわ。私が後継者を降りる決断をしたと話したら、皆がハグしてくれたでしょ? テッドが一番温かいなって思ったのよ。いつもそんなに体温が高いの?」
「んー、そうかもな。でもアナは体温低すぎなんだよ。冷え性のくせに薄着で外に出るから、昨日の晩だって……いや、あれは夢だよな。どこからが夢だったんだ? こんなにはっきり君の体温を覚えているなんて、やはりあれは夢じゃなかったのか? 俺は、布越しとはいえ君の唇を……?」
「大丈夫! あんなのこの分厚い布越しだったのだし、気にしないで! 本当、私も気にしないから!」
アナスタシアは誤魔化しきれなかったと思い、今度は慌ててフォローに回った。それを聞いて、テッドは天を仰ぎ、片手で顔を覆った。その横顔から、昨夜の事をかなり後悔している事が窺えた。
「テッドは昨日の晩、大分酔っていたのでしょ?」
「ごめん、アナ。酔った勢いなんて、最低だよな。しかも、その場で謝りもせず君を置き去りにした。驚いたよな、何であんな行動に出てしまったんだ、俺は。酒はもう止める」
「いやだ、何を謝っているの? あなたがキスした場所はここよ? ふふふ、コートを被せたから分からなかったでしょ。額にキスくらい、何でも無い事よ」
アナスタシアは自分の眉間を指差した。実際どうであったかは別として、テッドがあれを後悔しているならば、安心させてあげようと嘘をついた。
「そうだったのか? 俺はてっきり唇に……。どちらにしても、君に了解を得ずにしてしまった事は謝るよ。ごめん。それに、俺相当酒臭かったよな。重ねてごめん」
「ふっ、あははは、確かにお酒臭かったわ。どれだけ飲んだの? ワイン一本くらい?」
「いやー、多分2本は飲んだ。ハワードはワインの他に、ラム酒も飲んでたよ。あいつは本当に酒が強いな。飲み比べで勝負してるうちに、俺の方は酔いが回って先にダウンしたんだ。あいつは皆が寝てからも、一人でチビチビ飲んでたみたいだ。俺が目を覚ました時、さらに空き瓶が増えていたからな」
テッドとの関係がギクシャクしなくて良かったと安心したアナスタシアは、そこからは他愛も無い話題で場を和ませ、テッドとの会話を楽しんだ。
やはりテッドとはとても気が合う。ドキドキはしないけれど、一緒にいて気が休まる相手だ。まるで兄妹のような関係に、アナスタシアは満足していた。
途中立ち寄った町では、伯爵とアナスタシア親子が同室で、ゲルダが一人部屋、テッドは従者と一緒の部屋という部屋割りで宿を取り、御者達は専用の大部屋に泊まった。食事は全員一緒に取る事にしたものの、ゲルダのテッドを見る目が怪しくて、あまり楽しい食事とはいかなかった。
それから数日の移動でバルシュミーデを通過して、その二時間後ランスウォールに無事到着した。停車した馬車の中で、テッドはアナスタシアにもう一度だけ、非常階段での事を確かめた。
「アナ、卒業式前日のあの時は本当に、俺は君の眉間にキスしたのか?」
「まだ気にしていたの? そうよ、だから気にしなくて良いの。額にキスくらい、友達同士ならする事もあるわよ」
「そうか、それなら、今俺がキスしたいと言えば、許してくれるか?」
アナスタシアは仕方が無いなと息を吐き、微笑んでテッドに顔を向けると目を瞑った。会話の流れから、額に口づけされるものと思って待っていると、テッドは唇に軽く押し当てるだけのキスをした。
驚いたアナスタシアは後ろに飛び退き背後の壁にぶつかった。真っ赤になって目を瞬かせ、何か言いたげに口をパクパクしている。
「馬鹿、そんな無防備に目を瞑るなよ。はぁ……お前、俺を男だと思ってないな。今ハッキリ分かったよ。でもこれで少しは意識しただろ? 俺はお前に一人の男として意識して欲しい。将来を約束できない俺が、恋人に立候補するなんてどうかしてると思うかもしれない。それでも、どうか俺にもチャンスをくれ。旅の間、ずっと考えていたんだ。二人で二つの領地を治めるという事もできるんじゃないかって。勿論大変かもしれないが、出来ない事は無いと思う。だから、俺を男として見てくれ。頼む」
テッドは真剣な眼差しでアナスタシアを見つめた。不意打ちで唇にキスしたことを咎めようと思ったのに、そんな雰囲気ではなくなってしまった。アナスタシアはゴクリと唾を飲み、深呼吸して静かにテッドに答えた。
「あなたを……兄妹の様に思っているわ。いつまでもこの関係を壊したくなかった。でも、あなたはそれでは駄目なのね。正直に言えば、今の段階であなたに恋愛感情は無いわ。というか、恥ずかしいけれど、この年になってもまだ誰にも恋した事が無いのよね。私の心はまだ女として成熟していないみたい。だから私の答えを待っていたら、返事はいつになるか分からないわよ?」
正直に答えた。テッドの事は大好きだけど、それは恋愛感情かと考えたら、そうではないと思った。どちらかと言えば、家族愛に近い。一緒にいて安らぐし、甘え下手な自分が、唯一甘えても良いと思える相手だ。結婚相手としては、それが一番良いのかもしれない。しかし、テッドが求めているのは、まずは恋愛関係を築く事だと思う。男として見て欲しいとは、そう言う事だろう。
彼が真剣に思いをぶつけてくれたのだから、こちらもそれに答えるべきだと思い、包み隠さず、今のありのままの気持ちを言葉にした。
「アナ、お前、正直だな。だけどそんな所が好きなんだ。まだ誰にも恋心を感じた事が無いなら、俺にもチャンスはあるって事だろ? 今はそれで良い。今この場で振る事もできたのに、そうしなかったんだ、じっくり待つよ」
馬車の外ではいつまでも出てこない二人に困り果て、従者はドアを開けて良いものかと一人考えていた。
「アナ、寒くないか? ほら、俺のコートを羽織っておけよ。座席の下にひざ掛けが入っているんだが、走行中は危ないからな。次の町で休憩する時に出してやるよ」
「ありがとう、テッド。このコート、また貸してもらっちゃったわね。あなたは寒くない? 春と言ってもまだ寒いもの。そうだ、こうすれば二人共温かいでしょ?」
アナスタシアはテッドの方に詰めて座り、自分だけでなく、彼の膝にもかかる様にコートを広げた。コートよりも、テッドとくっついた所の方が温かく、アナスタシアは無意識に体を寄せた。
「テッドって体温高いわよね? 昨日も思ったけれど、熱があるんじゃないかって思うくらい温かいわ」
「昨日って? いつの話だ?」
アナスタシアはうっかり非常階段での事を口に出してしまった。何か誤魔化せないかと思案して、今朝皆が順番にハグしてくれた事を思い出した。
「やだ間違えた、今朝だったわ。私が後継者を降りる決断をしたと話したら、皆がハグしてくれたでしょ? テッドが一番温かいなって思ったのよ。いつもそんなに体温が高いの?」
「んー、そうかもな。でもアナは体温低すぎなんだよ。冷え性のくせに薄着で外に出るから、昨日の晩だって……いや、あれは夢だよな。どこからが夢だったんだ? こんなにはっきり君の体温を覚えているなんて、やはりあれは夢じゃなかったのか? 俺は、布越しとはいえ君の唇を……?」
「大丈夫! あんなのこの分厚い布越しだったのだし、気にしないで! 本当、私も気にしないから!」
アナスタシアは誤魔化しきれなかったと思い、今度は慌ててフォローに回った。それを聞いて、テッドは天を仰ぎ、片手で顔を覆った。その横顔から、昨夜の事をかなり後悔している事が窺えた。
「テッドは昨日の晩、大分酔っていたのでしょ?」
「ごめん、アナ。酔った勢いなんて、最低だよな。しかも、その場で謝りもせず君を置き去りにした。驚いたよな、何であんな行動に出てしまったんだ、俺は。酒はもう止める」
「いやだ、何を謝っているの? あなたがキスした場所はここよ? ふふふ、コートを被せたから分からなかったでしょ。額にキスくらい、何でも無い事よ」
アナスタシアは自分の眉間を指差した。実際どうであったかは別として、テッドがあれを後悔しているならば、安心させてあげようと嘘をついた。
「そうだったのか? 俺はてっきり唇に……。どちらにしても、君に了解を得ずにしてしまった事は謝るよ。ごめん。それに、俺相当酒臭かったよな。重ねてごめん」
「ふっ、あははは、確かにお酒臭かったわ。どれだけ飲んだの? ワイン一本くらい?」
「いやー、多分2本は飲んだ。ハワードはワインの他に、ラム酒も飲んでたよ。あいつは本当に酒が強いな。飲み比べで勝負してるうちに、俺の方は酔いが回って先にダウンしたんだ。あいつは皆が寝てからも、一人でチビチビ飲んでたみたいだ。俺が目を覚ました時、さらに空き瓶が増えていたからな」
テッドとの関係がギクシャクしなくて良かったと安心したアナスタシアは、そこからは他愛も無い話題で場を和ませ、テッドとの会話を楽しんだ。
やはりテッドとはとても気が合う。ドキドキはしないけれど、一緒にいて気が休まる相手だ。まるで兄妹のような関係に、アナスタシアは満足していた。
途中立ち寄った町では、伯爵とアナスタシア親子が同室で、ゲルダが一人部屋、テッドは従者と一緒の部屋という部屋割りで宿を取り、御者達は専用の大部屋に泊まった。食事は全員一緒に取る事にしたものの、ゲルダのテッドを見る目が怪しくて、あまり楽しい食事とはいかなかった。
それから数日の移動でバルシュミーデを通過して、その二時間後ランスウォールに無事到着した。停車した馬車の中で、テッドはアナスタシアにもう一度だけ、非常階段での事を確かめた。
「アナ、卒業式前日のあの時は本当に、俺は君の眉間にキスしたのか?」
「まだ気にしていたの? そうよ、だから気にしなくて良いの。額にキスくらい、友達同士ならする事もあるわよ」
「そうか、それなら、今俺がキスしたいと言えば、許してくれるか?」
アナスタシアは仕方が無いなと息を吐き、微笑んでテッドに顔を向けると目を瞑った。会話の流れから、額に口づけされるものと思って待っていると、テッドは唇に軽く押し当てるだけのキスをした。
驚いたアナスタシアは後ろに飛び退き背後の壁にぶつかった。真っ赤になって目を瞬かせ、何か言いたげに口をパクパクしている。
「馬鹿、そんな無防備に目を瞑るなよ。はぁ……お前、俺を男だと思ってないな。今ハッキリ分かったよ。でもこれで少しは意識しただろ? 俺はお前に一人の男として意識して欲しい。将来を約束できない俺が、恋人に立候補するなんてどうかしてると思うかもしれない。それでも、どうか俺にもチャンスをくれ。旅の間、ずっと考えていたんだ。二人で二つの領地を治めるという事もできるんじゃないかって。勿論大変かもしれないが、出来ない事は無いと思う。だから、俺を男として見てくれ。頼む」
テッドは真剣な眼差しでアナスタシアを見つめた。不意打ちで唇にキスしたことを咎めようと思ったのに、そんな雰囲気ではなくなってしまった。アナスタシアはゴクリと唾を飲み、深呼吸して静かにテッドに答えた。
「あなたを……兄妹の様に思っているわ。いつまでもこの関係を壊したくなかった。でも、あなたはそれでは駄目なのね。正直に言えば、今の段階であなたに恋愛感情は無いわ。というか、恥ずかしいけれど、この年になってもまだ誰にも恋した事が無いのよね。私の心はまだ女として成熟していないみたい。だから私の答えを待っていたら、返事はいつになるか分からないわよ?」
正直に答えた。テッドの事は大好きだけど、それは恋愛感情かと考えたら、そうではないと思った。どちらかと言えば、家族愛に近い。一緒にいて安らぐし、甘え下手な自分が、唯一甘えても良いと思える相手だ。結婚相手としては、それが一番良いのかもしれない。しかし、テッドが求めているのは、まずは恋愛関係を築く事だと思う。男として見て欲しいとは、そう言う事だろう。
彼が真剣に思いをぶつけてくれたのだから、こちらもそれに答えるべきだと思い、包み隠さず、今のありのままの気持ちを言葉にした。
「アナ、お前、正直だな。だけどそんな所が好きなんだ。まだ誰にも恋心を感じた事が無いなら、俺にもチャンスはあるって事だろ? 今はそれで良い。今この場で振る事もできたのに、そうしなかったんだ、じっくり待つよ」
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