婚約破棄されたって平気です。

大森蜜柑

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第三章・ランスウォールの後継者

罪状、詐欺、誘拐、etc

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 テッドが連れて来たのはメイリックの父親だけではなかった。みすぼらしく無精ひげを生やした、でっぷりと肥えた男が拘束された状態で騎士に連れられ入って来た。視界に動くものを捉え、そちらに目をやったゲルダは一瞬黙り、目を丸くした。

「ミンス様! 助けてください! あなたが言った通りにしたらこんな目に遭ってしまったわ! あなたが娘の仇を取りたいというから、言うとおりにしたのよ。私は悪く無いわ」
「な、なにをふざけた事を! この姿を見て分からんのか! 私はお前に関わったせいで捕まってしまったのだぞ! あの日、王都で声などかけなければ良かった。お前の娘のおかげで全てを失い、今度は母親のお前に罪人にされてしまった。私はもうお終いだ! お前たち親子は疫病神だ。人を不幸にしかしない!」

 テッドはこの二人の罵りあいを無視して、元ミンス男爵をこの場に連れて来た理由を説明し始めた。

「この男は、マリエル・ミンス元男爵令嬢の義理の父親、アントン・ミンス元男爵です」
「は!? マリエルの義理の父親がなんで? その前に、今おかしな事を言わなかったか? ゲルダがマリエルの母親だって? マリエルは俺たちと同じ年だぞ、一体いくつで産んだんだ?」

 ハワードだけではない、伯爵もアナスタシアも、今知った驚愕の事実に言葉を失った。テッドはこの短時間で、手の者が見つけ出したゲルダと懇意にしていたという酒場の男を捕まえ、事情を聞いていた。時間が無いので少々強引な手も使ったが、その男がマリエルの義理の父親である事と、ゲルダと接触して、彼女に余計な事を吹き込んでいた事がわかった。
 テッドの説明は続いた。

「王都の川が氾濫した日に、たまたまゲルダと再会したらしいです。ゲルダが泣き止まないメイリック君をあやす為に雨の降る中外に出て、父親の居るレストランに近いアーケードをウロウロしていた所を、昔馴染みの女だと思い、ミンス元男爵から声をかけたと言っています。そしてそこで、マリエルを養女に迎えて王子と結婚させようとしたが、あと一歩の所でランスウォール伯爵の娘に邪魔されたと話したらしく、ゲルダの方も、四年前に伯爵から冷たい仕打ちを受けたと文句を言っていて、二人ともランスウォール伯爵家に復讐したいと意見が一致したそうです。ミンス元男爵の思い付きで、そこに一緒に居たメイリック君を利用して後継者問題に揺さぶりをかけようと提案したところ、ゲルダはそれに乗り、伯爵親子を仲違いさせ、アナスタシアを追い出して後妻に納まりランスウォールを手に入れようとしたようです。男の子を連れ去った当日は、増水した川に子供の靴とゲルダの肩掛けを投げ入れ、三人で王都を離れて一先ずは隣のバルシュミーデに身を寄せて、元男爵がランスウォールの偵察を行って機会を窺っていたようです」

 騎士に押さえつけられていたゲルダは、テッドの言葉を聞いて暴れ出し、ミンス元男爵をさらに口汚く罵った。

「この小児性愛者のド変態が! 余計な事をべらべらと! あんたはマリエルを養女にしたと言うけど、本当にあんたの娘よ! お腹が大きくなり始めるまで妊娠に気付かずに、私はまだ12歳になったばかりだったのに、死ぬほど苦しんで出産するはめになってしまったんだから! しかもあんたは妊娠が分かる頃には別の娼館に入ったもっと小さな女の子に入れあげていて、店にも顔を出さなくなった。あんた、もしかしてまだ子供だったマリエルを買ったんじゃないの? あの子は私の母に面差しが似ていて、あんたには似ていないかもしれないけど、間違いなくあんたの子供よ。当時子供を好き好んで買うのはあんたしか居なかったんだから!」
「な……な……違う! 私の子供のはずが無い、あの子は……父親は別に居ると……! そうだ、お前の言葉など信じられるか! この大嘘つきの自己中女め! 私は伯爵のように騙されないぞ! 大体何だ、娘が王子に捨てられたと教えてやったのに、あの子が今どうしているのか心配して聞きもしないで、そのくせ王族と親戚になる機会を逃したと言って悔しがっていたな。お前は自分の事しか考えられないのか!」

 耳を塞ぎたくなる醜聞に、アナスタシアは眉をひそめた。この女性が本当に極普通の大人しい貴族女性を演じられたのか、甚だ疑問だ。聞けばそれももって数日の事だったらしいが、自分の目で見ていないアナスタシアには想像も付かなかった。身に付かなかったとは言え、マクダネル男爵夫人から令嬢としての礼儀作法は何年もかけて仕込まれてきたのだから、出来ない事はないのだろうが。
 ハワードはそっとアナスタシアの耳を手で覆った。

「お前は聞く必要は無い。耳を塞いでいろ。自暴自棄になったあの女の口から、何が出てくるか分からない。この調子だと、親父さんの聞かせたくない内容も出てくるかもしれない」

 アナスタシアはハワードの言う事を聞き、耳を塞いだ。本当はすべて知るべきだと思っているが、前に居る父親の不安そうな顔を見て、言う通りにした。とは言っても、ゲルダのよく通る声は、その声量も相まって、耳を手で覆ったくらいでは関係無かった。あとは何も聞こえない振りをするだけだった。
 ゲルダはアナスタシアがそうしてハワードに構われているのを見て、わざと大きな声で伯爵の黒歴史を話し始めた。

「ああ、そうそう、伯爵はその立派な体躯であっても今まで再婚しなかった理由がよくわかったわ。初めに×××した時は、あっという間に××して、とっても濃い××を私の××に××したけど、そのあとは私がどれだけ×××を頑張っても、少しも×××は反応しなかった。情け無いわね、死んだ奥さんをいつまでも引きずって、他の女と××××出来ないだなんて。男として終わってるわ!」

 アナスタシアに聞こえたのはこれだけだった。ハワードが、聞かせたくないワードが出そうになるとアナスタシアの手の上から耳を覆ってくるので、肝心のところは聞こえなかった。伯爵の視線は不安そうに、耳を塞ぐ娘に向いていた。こんな事を聞かせたくないのは当然の事。ハワードの機転でそれは回避できたようだ。アナスタシアは目をパチクリと瞬いて、キョトンとしている。
 ゲルダは今度は視線をずらし、アナスタシアに牙を剥こうとした。あまりに暴れるので騎士はゲルダを床に押さえ付け、後ろ手にガチャリと拘束具を着けた。そしてセーファスが指示を出し、先ほど口から吐き出し床に落ちた布切れを、また口に突っ込み、さらに上から布で縛った。
 セーファスはウンザリした表情で、伯爵に対し、ゲルダとミンス元男爵を公の場で裁くよう言った。

「もう良い、ランスウォール伯爵、この二人の罪状は詐欺に誘拐、その女に関してはマクダネル男爵殺害の容疑も掛かっている。調べればまだまだ余罪はありそうだが、貴族に対する無礼も見過ごす事は出来ない。王都にて裁判にかける。その為にも、もう一度マクダネル男爵の事故死を洗いなおす。事故に見せかけた殺人ともなれば、義理とはいえ親殺しは重罪。王都の宮殿前広場にて公開処刑とされるだろう。そこのミンス元男爵は、トラヴィスの一件で陛下に温情を与えられ、命だけは救われたというのに、生かしておけばこの様な犯罪に手を染める愚か者だとわかった。よって、この全てを陛下に報告させてもらう。この問題にいつまでも構ってはいられないのだ。速やかに解決させるぞ。親子鑑定の結果が出た時点で、陛下はアナスタシアを煩わせた女を処刑すると言っていた。これがまた、あのマリエルの母とわかれば、どうなってしまうやら。もう逃げられないぞ」

 ゲルダとミンス元男爵は罪人用の檻上の馬車に乗せられ、速やかに王都へと身柄を移された。ゲルダはもがもがと何か言いたそうであったが、構わず檻に入れられた。ミンス元男爵は項垂れて、もう全てを諦めたように見えた。



 リック改め、メイリックとの別れの時、伯爵はあっさりと「元気でな」の一言で別れ、セーファスと共に執務室へ向かい、アナスタシアは少し懐いてくれたメイリックとの別れを惜しんでいた。

「ところで、どうして子守のマリエラの事をママと呼ばせていたのですか?」

 素朴な疑問だった。普通子守をママとは呼ばない。メイリックの父は、これにきちんと答えてくれた。

「まだもっと小さな頃、マリエラと呼べなくてマーマーと呼んでいました。それがそのまま、ママになったのかと。うちの妻は子供と一緒に連れて来たマリエラの事を、生みの母だと勘違いしていたようで、この子に辛く当たっていました。本当の母親はこの子を産んですぐ亡くなりまして、マリエラとは昔同じ所で働いていたと聞いています。私の前だとおかしな所は無かったのですが、もっと妻を信じればよかった。彼女は妻に対してそれとない嫌味を言ったり、メイリックの母であると匂わせて妻を苛立たせていたのです。メイリックが行方不明になった後、妻はこれまでの不満をぶつけてくれて、誤解は解けました。私が子供が欲しくて妾を囲っていた事も許してくれましたし、この子を連れ帰ったら、きっと今度は可愛がってくれると信じています」

 メイリックは「アナシュターシャ、バイバイ」と言って、お父さんに抱かれながら商談中だったバルシュミーデに向けて行ってしまった。アナスタシアは心配事が消えて清々するどころか、弟かも知れなかった可愛いリックを失って、胸にポッカリ穴が開いたようだった。
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