二十五の夜を越えて

深見萩緒

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12月4日【夏祭り】

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 浜辺から直角に、内陸へ折れる横道を見付けたので、ゆうちゃんはそちらへ向かいました。それが、おかしなことの始まりでした。

 まず、最初のおかしなことは、何だか蒸し暑くなってきたことです。肌はべたべたして、前髪がおでこに貼り付きます。ミトラもふうふう言っているし、やっぱり暑いのです。
 それから次のおかしなことは、じゃんじゃんじいじい、うるさい音が聞こえてきたことです。それは蝉の声でした。
 自家用車がようやく1台通れるくらいの細道は、金属のメッシュフェンスに挟まれています。フェンスには青々とした朝顔が絡まって、夜だというのに花開き、緑の壁に花火が咲いているようです。その密集した葉の、わずかな隙間から透けて見える雑木林いっぱいに、様々な種類の蝉たちがひしめき合って鳴いています。
 ここには、夏がありました。

『夏だね。暑いね。ジュースが飲みたいな』
 ミトラが言うと、数メートル先に自動販売器の明かりが見えました。ゆうちゃんも喉が乾いていましたので、急ぎ足で自動販売器の前まで行ってみます。
 ぶーん。低い唸り声を立てながら、自動販売器は夏の中に佇んでいました。
『これが飲みたい』
 ミトラは、炭酸ジュースを指差しました。
「でも、お金がないと」
『ゆうちゃん、ぽっけ』
「ぽっけ? ……あっ」
 ゆうちゃんのジャケットのポケットには、いくつかの硬化が入っていました。取り出して、自動販売器の明かりにかざして数えてみます。ふたりぶんのジュースを買うくらいはあるようです。

 ゆうちゃんは炭酸ジュースを買って、キャップを開けてあげたあとで、ミトラに渡しました。ミトラは粘土みたいなぐちゃぐちゃの体でペットボトルの飲み口を覆って、ペットボトルを逆さまにしました。
 ごっごっごっ、と気持ちの良い音を立てて、ミトラはあっという間にジュースを飲み干します。こんなに小さな体の、一体どこにジュースは消えてしまったのでしょう。ゆうちゃんは首をかしげます。けぷ、とミトラが小さなゲップをしました。
 ゆうちゃんが買ったのは、桃の味がするお水です。子供のころはよく飲んでいて、最近はぱったり見かけなくなったこのお水が、ゆうちゃんは大好きでした。
 でも、半分も飲んだらお腹がたぷたぷしてきたので、ゆうちゃんは飲みかけのペットボトルを手に持って、また歩き始めます。ぶーん。と、自動販売機がゆうちゃんの背中に、さよならを言いました。


「それにしても、どうしてここは、こんなに暑いんだろう」
『夏だからじゃない? 夏は夜でも暑いからね』
「だけど、今は12月でしょ」
『南半球は、12月が夏なんだよ』
 じゃあここは、南半球なのでしょうか。ゆうちゃんは立ち止まって、空を見上げました。確かにどこを探しても、北斗七星は見当たりません。そしてゆうちゃんは、南十字星というものがどういうかたちのものなのか知らないので、探しようがないのでした。
『あっゆうちゃん、見て見て。お祭りだよ。やっぱり夏なんだよ』
 ゆうちゃんの肩の上で、ミトラがぴょこんと跳ねました。お祭りなんて、どこにも見えないのに。
『ほら、屋台が出ているよ』
 ミトラの指差す方には、金属のフェンスしかありません。けれどよく見たら、フェンスを彩る朝顔の花が、何だか光っているようです。

 一番近くに咲いていた、薄紫の朝顔を覗き込んで、ゆうちゃんは「あっ」と声を挙げました。朝顔の、本当なら雌しべと雄しべがあるはずのところから、赤く光るりんご飴が突き出しているのです。
『やったー、りんごあめ!』
 ミトラは手を伸ばして、りんご飴を取りました。隣の、ピンク色の朝顔の中には、レモン色に光る水笛がありました。その隣の、青い朝顔の中には、プラスティックのお面がありました。

『楽しいな、お祭りは楽しいな』
 手にはりんご飴、ひょっとこのお面をかぶって水笛をぴょろぴょろ鳴らすミトラは、すこぶるご機嫌です。ゆうちゃんも同じものが欲しかったけれど、朝顔の中にあるお祭りのかけらは、どれもゆうちゃんには小さすぎます。
「良いなあ。私もお祭り、楽しみたいよ」
『ゆうちゃんも小さくなると良いよ。そしたら、楽しめるよ』
 ミトラがアドバイスをすると、「小さくなれたらなあ」と、ゆうちゃんは悲しそうに微笑みました。


 今夜の夢は、ここでおしまい。
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