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12月8日【1両目】
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気動車の中は、意外にもそれなりに混んでいました。マンホールの中、それも今しがた敷かれたばかりのレールを走る気動車に、こんなに乗客がいるなんて不思議な話です。
ふたりがけのシートは、すべて進行方向に背を向けるようにして備え付けられています。ゆうちゃんはシートを横目で覗きながら、座れる席を探しました。
ところが端から見ていっても、どのシートにも必ずひとりは誰かが座っているのです。ゆうちゃんは立っていても良いと思いましたが、ミトラが『座ろうよ』と言ったので、誰かの隣に座ることにしました。
「すみません、お隣、良いですか」
ゆうちゃんが声をかけると、その人は「どうぞ」と頷きました。
「ありがとうございます」
と言って、ゆうちゃんは遠慮なく、その人の隣に腰掛けました。ミトラも『ありがとうございます』と、丁寧にお礼を言いました。
その人は、ミトラにどうやら笑いかけました。どうやらというのは、その人の顔が墨を塗ったように真っ黒で、目も鼻も口もどこにも見当たらなかったためです。それでも、真っ黒な顔がちょっとだけ、微笑んだように見えたためです。
「どちらから?」
何と答えれば良いのか分からなかったので、ゆうちゃんは「鳥居の下から」と言いました。おとなり席の人は、「へええ、そんなに遠くから」と驚いて、「私は、ついそこの駅から」と言いました。ついそこの駅というのがどこにあるのか分かりませんでしたが、ゆうちゃんは分かっているふうに頷きました。
トトン、トトン、トトン。
やかましいディーゼルエンジンの音に掻き消されながらも、気動車の鼓動の音が、規則正しく鳴っています。シートの背もたれに体重を預けると、それらの音がすべて、自分の体から鳴っているような気がしてきます。
ゆうちゃんは、それがとても心地よかったのですが、ミトラには少し退屈だったようです。ゆうちゃんの頭の上に登って、車内をきょろきょろ見回したり、ゆうちゃんの肩で滑り台遊びをしたり、落ち着きがありません。
『ねえねえ、ねーえ』
とうとうミトラは我慢できなくなって、おとなり席の人に話しかけました。
『窓の外、何か見えますか?』
一応、丁寧な言葉を使います。おとなり席の人は、ミトラを手のひらに乗せて、窓際に寄せてくれました。
ミトラはわくわくして窓から外を覗いたのですが、さっき歩いてきた道のりと同様に、そこには闇が広がっているだけでした。ミトラは不思議そうに、おとなり席の人を見上げます。
『何も見えないよ。何を見ていましたか?』
おとなり席の人は、人差し指で、優しくミトラを撫でました。
「このシートが、なぜ後ろ向きについているのだと思います? それは、来た道を見つめるためです。色んなものを置き去りにして、ここまで来てしまいました。それをきちんと悔やむために、後ろ向きについているのです」
ミトラはもう一度、窓の外を見ました。やっぱり真っ暗で、明るい車内がガラスに映っているほかは、なんにも見えません。
『分かんない。何も見えないもん』
「その方が、良いですよ」
『そうなの?』
「ええ。だって、悔やんだり、憎んだり、しなくて済みますから」
『ふーん?』
ふたりの会話を聞きながら、ゆうちゃんはどうしても、窓の外を見られませんでした。ゆうちゃんには、真っ暗の中に、何かが見えてしまう気がしたからです。
『ゆうちゃん、つまんない。隣の車両に行ってみようよ』
ミトラが文句を言いましたので、ゆうちゃんはそうすることにしました。おとなり席の人に会釈をして立ち上がると、おとなり席の人も軽く頭を下げました。
「さようなら、良い旅を」
「はい。さようなら」
『さよなら!』
そしてゆうちゃんとミトラは、連結部分の扉を開けて、気動車の2両目に移動しました。
今夜の夢は、ここでおしまい。
ふたりがけのシートは、すべて進行方向に背を向けるようにして備え付けられています。ゆうちゃんはシートを横目で覗きながら、座れる席を探しました。
ところが端から見ていっても、どのシートにも必ずひとりは誰かが座っているのです。ゆうちゃんは立っていても良いと思いましたが、ミトラが『座ろうよ』と言ったので、誰かの隣に座ることにしました。
「すみません、お隣、良いですか」
ゆうちゃんが声をかけると、その人は「どうぞ」と頷きました。
「ありがとうございます」
と言って、ゆうちゃんは遠慮なく、その人の隣に腰掛けました。ミトラも『ありがとうございます』と、丁寧にお礼を言いました。
その人は、ミトラにどうやら笑いかけました。どうやらというのは、その人の顔が墨を塗ったように真っ黒で、目も鼻も口もどこにも見当たらなかったためです。それでも、真っ黒な顔がちょっとだけ、微笑んだように見えたためです。
「どちらから?」
何と答えれば良いのか分からなかったので、ゆうちゃんは「鳥居の下から」と言いました。おとなり席の人は、「へええ、そんなに遠くから」と驚いて、「私は、ついそこの駅から」と言いました。ついそこの駅というのがどこにあるのか分かりませんでしたが、ゆうちゃんは分かっているふうに頷きました。
トトン、トトン、トトン。
やかましいディーゼルエンジンの音に掻き消されながらも、気動車の鼓動の音が、規則正しく鳴っています。シートの背もたれに体重を預けると、それらの音がすべて、自分の体から鳴っているような気がしてきます。
ゆうちゃんは、それがとても心地よかったのですが、ミトラには少し退屈だったようです。ゆうちゃんの頭の上に登って、車内をきょろきょろ見回したり、ゆうちゃんの肩で滑り台遊びをしたり、落ち着きがありません。
『ねえねえ、ねーえ』
とうとうミトラは我慢できなくなって、おとなり席の人に話しかけました。
『窓の外、何か見えますか?』
一応、丁寧な言葉を使います。おとなり席の人は、ミトラを手のひらに乗せて、窓際に寄せてくれました。
ミトラはわくわくして窓から外を覗いたのですが、さっき歩いてきた道のりと同様に、そこには闇が広がっているだけでした。ミトラは不思議そうに、おとなり席の人を見上げます。
『何も見えないよ。何を見ていましたか?』
おとなり席の人は、人差し指で、優しくミトラを撫でました。
「このシートが、なぜ後ろ向きについているのだと思います? それは、来た道を見つめるためです。色んなものを置き去りにして、ここまで来てしまいました。それをきちんと悔やむために、後ろ向きについているのです」
ミトラはもう一度、窓の外を見ました。やっぱり真っ暗で、明るい車内がガラスに映っているほかは、なんにも見えません。
『分かんない。何も見えないもん』
「その方が、良いですよ」
『そうなの?』
「ええ。だって、悔やんだり、憎んだり、しなくて済みますから」
『ふーん?』
ふたりの会話を聞きながら、ゆうちゃんはどうしても、窓の外を見られませんでした。ゆうちゃんには、真っ暗の中に、何かが見えてしまう気がしたからです。
『ゆうちゃん、つまんない。隣の車両に行ってみようよ』
ミトラが文句を言いましたので、ゆうちゃんはそうすることにしました。おとなり席の人に会釈をして立ち上がると、おとなり席の人も軽く頭を下げました。
「さようなら、良い旅を」
「はい。さようなら」
『さよなら!』
そしてゆうちゃんとミトラは、連結部分の扉を開けて、気動車の2両目に移動しました。
今夜の夢は、ここでおしまい。
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