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12月17日【星待つ喜び】
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ゆうちゃんとミトラと天使たちは、たくさんお喋りをして、すっかり仲良しになりました。
話し込んでいるうちに、雪はどんどん降り積もり、世界を白銀に染めていきます。
ゆうちゃんたちが3杯目のミルクをおかわりしたころ、カランコロン、とドアベルが鳴りました。女の人が、カフェに入ってきたのです。
彼女は天使たちと同じように、透明な鉛ガラスで出来ていて、けれど天使たちよりきらきら輝いて見えるのは、ガラスの中に細かな金粉が混ぜられているからでした。羽も、天使たちの羽よりずっと大きくて、服も、天使たちの服よりずっと豪奢です。
「あっ、おねえさん」
お下げの天使が言いました。
「いつまでたっても帰ってこないから、心配して探しに来たのですよ。さあ、風船を空へ帰して、私たちも帰りましょう」
おねえさん天使が言いました。
幼い天使たちは「おねえさん、ごめなさんい」と謝って、マグカップに残っていたミルクを飲み干してから、席を立ちました。
「もう、行かくなちゃ。ミルクを、ありとがうごいまざした」
天使たちがおじぎをすると、おねえさん天使もそばに来て、一緒にぺこりとおじぎをしました。
「妹たちが、お世話になりました。私たちは空へ帰ります。あなたたちも、一緒に行きましょう。風船は空へ行く、決まりです」
ゆうちゃんとミトラは、顔を見合わせます。
「私たち、風船じゃなくて、人間とミトラです。風船はみんな飛んでいったけど、人間とミトラはどうしたら良いか分からないから、ここで困っていたんです」
おねえさん天使は「まあ」と言って、ゆうちゃんの頬や肩をぺたぺた触りました。氷のように冷たかったけれど、ゆうちゃんは我慢します。
「本当に、風船ではないのですね」
『そうだよ、風船じゃないよ。ゆうちゃんは人間だし、ぼくはミトラだもん!』
おねえさん天使は念のため、ミトラもぺたぺた触りました。ミトラはゆうちゃんより幾分か、風船に近い形をしています。それでも、やっぱりミトラはミトラで、風船とは違うので、おねえさん天使は「風船ではありませんね」と言いました。
「私たちが空へ連れて行くのは、風船だけです。ですから、人間やミトラを空へやったり、空へやらなかったりというのは、出来ないのです。どうぞご自分で、選んでください」
「選ぶって、空へ行くか行かないかを、ですか?」
「そうです」
「選ばなきゃ、いけませんか?」
「そうです。選ばなければいけません」
どうしよう? ゆうちゃんは悩みます。そもそも、ゆうちゃんたちはエスカレーターに乗って、空から来たのです。ですから空に行くというのは、元いたところに帰るということになります。それは少し、尚早のような気がしました。
「もう少し、商店街を見て回ろうと思います」
と、ゆうちゃんが言いますと、おねえさん天使は微笑みながら頷きました。
「あなたがそうしたいのならば、そうすると良いでしょう。選択できるというのは、幸福なことです」
「選択できないこともあるんですか?」
「選択できないことの方が、ずっと多いです。あの風船たちのように」
ゆうちゃんは、白銀の窓を見ました。温かいミルクの湯気が結露をもたらし、外は見えません。ゆうちゃんは窓の曇りの中に、あの風船たちを思い描きます。
そういえば風船たちは、喜んでいるものも怖がっているものも関係なく、みんながみんな、空へと飛ばされていました。鼓笛隊のウサギも、金管楽器を吹いていたイヌも、トワリングを楽しんでいたネコも、ゆうちゃんの赤い風船も、ミトラの青い風船も、緑の風船も、みんなみんな、空へ飛んでいってしまいました。彼らは、選択できなかったのです。
「あの空の先は、どうなっていると思いますか。空気は刺すように冷たくて、光は遥かかなたに輝くのみ。ぶ厚い雲に己の姿すら見失い、ひとたび風に煽られれば、ままならぬ流転に巻き込まれるしかないのです」
おねえさん天使の言うことを想像して、ゆうちゃんは怖くなってしまいました。空へ行くと言わなくて良かったと、思いました。
けれどミトラは違います。『そうかなあ?』と、首をかしげました。
『ぼくたち、空の上から来たけど、とっても素敵だったよ。お魚がたくさんいて、きらきらの光を振り掛けてくれたよ。電車にも乗ったよ。それにね、それにね』
ミトラは小さな手で、くもった窓にキュキュキュっとお星さまを描きました。
『曇がかかっていない限り、空には星があるんだよ。雲の上まで飛んでいったら、曇がかかっていたって、星がたくさん見えるよね。だから、空の上だって、そんなに悪くないんじゃないかなあ』
おねえさん天使は、羽毛のように優しい顔で、ミトラに笑いかけました。子供の天使たちも笑って、ミトラを手のひらに乗せ、代わる代わるにキスをしました。
ざわざわっと、ゆうちゃんの髪がなびきました。
――いつの間にか、カフェのドアが開いて、粉雪が舞い込んでいます。
――いつの間にか、カフェの中にいるのは、ゆうちゃんとミトラだけ。
「星待つ喜びを。星仰ぐ喜びを」
どこからか、天使たちの声が聞こえました。声を揃えて歌っているような、不思議な響きです。
「星待つ喜びを。星仰ぐ喜びを!」
カフェの店内を、雪が舞います。ゆうちゃんとミトラは慌てて、お店の外に飛び出しました。
商店街は相変わらず真っ暗です。だけれどさっきと違うのは、金色のイルミネーションが、足元を流れるように光っているのでした。その光の流れの先に、ゆうちゃんもよく見たことのある美しいものが、堂々煌々と立っています。
『クリスマスツリーだ!』
ミトラが叫んで、ゆうちゃんより早く、光の先へと走っていってしまいました。
今夜の夢は、ここでおしまい。
話し込んでいるうちに、雪はどんどん降り積もり、世界を白銀に染めていきます。
ゆうちゃんたちが3杯目のミルクをおかわりしたころ、カランコロン、とドアベルが鳴りました。女の人が、カフェに入ってきたのです。
彼女は天使たちと同じように、透明な鉛ガラスで出来ていて、けれど天使たちよりきらきら輝いて見えるのは、ガラスの中に細かな金粉が混ぜられているからでした。羽も、天使たちの羽よりずっと大きくて、服も、天使たちの服よりずっと豪奢です。
「あっ、おねえさん」
お下げの天使が言いました。
「いつまでたっても帰ってこないから、心配して探しに来たのですよ。さあ、風船を空へ帰して、私たちも帰りましょう」
おねえさん天使が言いました。
幼い天使たちは「おねえさん、ごめなさんい」と謝って、マグカップに残っていたミルクを飲み干してから、席を立ちました。
「もう、行かくなちゃ。ミルクを、ありとがうごいまざした」
天使たちがおじぎをすると、おねえさん天使もそばに来て、一緒にぺこりとおじぎをしました。
「妹たちが、お世話になりました。私たちは空へ帰ります。あなたたちも、一緒に行きましょう。風船は空へ行く、決まりです」
ゆうちゃんとミトラは、顔を見合わせます。
「私たち、風船じゃなくて、人間とミトラです。風船はみんな飛んでいったけど、人間とミトラはどうしたら良いか分からないから、ここで困っていたんです」
おねえさん天使は「まあ」と言って、ゆうちゃんの頬や肩をぺたぺた触りました。氷のように冷たかったけれど、ゆうちゃんは我慢します。
「本当に、風船ではないのですね」
『そうだよ、風船じゃないよ。ゆうちゃんは人間だし、ぼくはミトラだもん!』
おねえさん天使は念のため、ミトラもぺたぺた触りました。ミトラはゆうちゃんより幾分か、風船に近い形をしています。それでも、やっぱりミトラはミトラで、風船とは違うので、おねえさん天使は「風船ではありませんね」と言いました。
「私たちが空へ連れて行くのは、風船だけです。ですから、人間やミトラを空へやったり、空へやらなかったりというのは、出来ないのです。どうぞご自分で、選んでください」
「選ぶって、空へ行くか行かないかを、ですか?」
「そうです」
「選ばなきゃ、いけませんか?」
「そうです。選ばなければいけません」
どうしよう? ゆうちゃんは悩みます。そもそも、ゆうちゃんたちはエスカレーターに乗って、空から来たのです。ですから空に行くというのは、元いたところに帰るということになります。それは少し、尚早のような気がしました。
「もう少し、商店街を見て回ろうと思います」
と、ゆうちゃんが言いますと、おねえさん天使は微笑みながら頷きました。
「あなたがそうしたいのならば、そうすると良いでしょう。選択できるというのは、幸福なことです」
「選択できないこともあるんですか?」
「選択できないことの方が、ずっと多いです。あの風船たちのように」
ゆうちゃんは、白銀の窓を見ました。温かいミルクの湯気が結露をもたらし、外は見えません。ゆうちゃんは窓の曇りの中に、あの風船たちを思い描きます。
そういえば風船たちは、喜んでいるものも怖がっているものも関係なく、みんながみんな、空へと飛ばされていました。鼓笛隊のウサギも、金管楽器を吹いていたイヌも、トワリングを楽しんでいたネコも、ゆうちゃんの赤い風船も、ミトラの青い風船も、緑の風船も、みんなみんな、空へ飛んでいってしまいました。彼らは、選択できなかったのです。
「あの空の先は、どうなっていると思いますか。空気は刺すように冷たくて、光は遥かかなたに輝くのみ。ぶ厚い雲に己の姿すら見失い、ひとたび風に煽られれば、ままならぬ流転に巻き込まれるしかないのです」
おねえさん天使の言うことを想像して、ゆうちゃんは怖くなってしまいました。空へ行くと言わなくて良かったと、思いました。
けれどミトラは違います。『そうかなあ?』と、首をかしげました。
『ぼくたち、空の上から来たけど、とっても素敵だったよ。お魚がたくさんいて、きらきらの光を振り掛けてくれたよ。電車にも乗ったよ。それにね、それにね』
ミトラは小さな手で、くもった窓にキュキュキュっとお星さまを描きました。
『曇がかかっていない限り、空には星があるんだよ。雲の上まで飛んでいったら、曇がかかっていたって、星がたくさん見えるよね。だから、空の上だって、そんなに悪くないんじゃないかなあ』
おねえさん天使は、羽毛のように優しい顔で、ミトラに笑いかけました。子供の天使たちも笑って、ミトラを手のひらに乗せ、代わる代わるにキスをしました。
ざわざわっと、ゆうちゃんの髪がなびきました。
――いつの間にか、カフェのドアが開いて、粉雪が舞い込んでいます。
――いつの間にか、カフェの中にいるのは、ゆうちゃんとミトラだけ。
「星待つ喜びを。星仰ぐ喜びを」
どこからか、天使たちの声が聞こえました。声を揃えて歌っているような、不思議な響きです。
「星待つ喜びを。星仰ぐ喜びを!」
カフェの店内を、雪が舞います。ゆうちゃんとミトラは慌てて、お店の外に飛び出しました。
商店街は相変わらず真っ暗です。だけれどさっきと違うのは、金色のイルミネーションが、足元を流れるように光っているのでした。その光の流れの先に、ゆうちゃんもよく見たことのある美しいものが、堂々煌々と立っています。
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