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12月22日【光の道】
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宇宙のクジラは、ゆうちゃんの頭上をゆっくりと、円を描くように泳ぎます。その雄大な姿は、ゆうちゃんに「急がなくていいよ」と言っているようにも思えましたし、「早くしなさい」と言っているようにも思えました。
いずれにせよゆうちゃんは、あまり時間をかけず、ここで決めてしまうつもりなのです。
長い長い旅路でした。
ミトラと一緒に海を見たり、空を飛んだり、気動車に乗ったり、魚を見たり、星を見たり、楽器を演奏したり、ホットミルクを飲んだり、クリスマスの飾り付けをしたり。とても幸福で、美しい旅路でした。
どんな楽しい時間にも、必ず終わりがあると言いますが、ゆうちゃんは知っています。この時間には、終わりがないのです。ゆうちゃんが望めば永遠に、本当に永遠に、続けられるのです。
ゆうちゃんは、選択しなければいけません。続けるか、終わりにするか。
それをミトラに言ってみたら、ミトラはあっさりと『どっちでも良いよ』と言いました。もっと駄々をこねられるかと思っていたゆうちゃんは、ちょっと拍子抜けして、ちょっと意地悪な気持ちになって、ミトラを指でつつきます。
ミトラは『やめて、やめて』とけらけら笑いながら身をよじって、『だってさあ』と言いました。
『続けても、終わらせても、同じことだもの。昼間になって、星が見えなくなっても、空に星はあるでしょう。ゆうちゃんがこの夢を終わらせても、この夢は変わらず、夜の中にあり続けるんだよ。永遠に』
「終わっても、永遠?」
『そう。永遠』
「二度と会えなくても、永遠?」
『そう。永遠』
なんだか、分かるような、分からないような。前にも、こんなことを思ったような気がします。ミトラの話はいつだって、分かるような分からないような感じなのです。
だけど、ミトラの話を聞いて、ゆうちゃんはずいぶん気が楽になりました。なにも、そんなに重大な選択ではないのです。自動販売機の前で、どのジュースを買おうかな、と迷うくらいの、気楽な選択なのです。
「じゃあ、私……」
ゆうちゃんが目を閉じますと、これまでに見てきた美しいものたちが、まぶたの裏をいっせいに舞い踊りました。
それは飛び立つ海鳥の羽のようであり、月光を反射して煌めく水面のようであり、ガラスのオーナメントのようでもあります。
遠くを走る気動車の車窓のようであり、ホットミルクから立ちのぼる湯気のようであり、小さな女の子の、ぽろぽろこぼれた涙のようでもありました。
「……私、そろそろ、帰ろうかな」
ぼわあ。ゆうちゃんの選択を了承したクジラが、ひときわ大きく鳴きまして、頭のてっぺんからオーロラを吐き出しました。
まだ、やり残したことはたくさんあります。商店街の全部のお店を見て回ったわけではありませんし、川の向こうにも行っていません。まだ見たことのない、まだ出会っていない美しいものが、きっとここにはたくさんあるのでしょう。
だけど、それはまた今度。この美しい夢が永遠に続くものならば、またいつか、きっと、ゆうちゃんは、ここに来ることが出来るでしょうから。
ぼわあ、ぼわあ。クジラが、宇宙へ向かって泳ぎ始めました。クジラの通ったあとに、光の道が作られます。光が夜を埋め尽くし、どこからか、かすかに歌が聴こえ始めます。
ゆうちゃんが立ち上がると、ゆうちゃんが座っていた椅子が輝きながら、空へ昇って行きました。テーブルも、ケーキの食器も、ジュースのグラスも、みんな空へ昇り、元の星座に戻っていきます。
「ゆうちゃんも、元いたところに戻るんだね」
女の子が言いました。なんだかすっきりした声にも聞こえますし、とても名残惜しそうな声にも聞こえます。
「じゃ、ばいばい」
女の子が手を振りました。ミトラは『ばいばい!』と、手を振り返しましたが、ゆうちゃんはちょっと考えて、相変わらずお口がへの字に曲がっている女の子の頭を、ぽんぽんぽんと撫でました。
「ありがとう」
「なにが?」
女の子は、口をとんがらせてとぼけました。だけど、とぼけたって、ゆうちゃんは知っています。
この、意地悪で、意地っ張りで、不機嫌な女の子は、ずっとゆうちゃんたちの先回りをしていました。ゆうちゃんたちが落ちたマンホールの蓋を閉めて、上に戻れなくしたり、ゆうちゃんを気動車の3両目に引っ張り込んで、怖い思いをさせたり。
だけど、ゆうちゃんは知っているのです。
「ホットミルク、準備してくれたのはあなたでしょ? すごく、美味しかった。天使たちも喜んでたよ。ありがとう」
「意味分かんないし」
女の子はやっぱりとぼけるのですが、ゆうちゃんはそれで良いと思いました。
ありがとうを伝えられたから、良いのです。
この子が、意地悪で、意地っ張りで、不機嫌なだけの子供ではないことを、ゆうちゃんは分かっているよと、伝えられたから良いのです。
ゆうちゃんがにこにこ笑っていますと、女の子は顔と耳を真っ赤にして、ぷうっと頬っぺたを膨らませました。それがとっても面白くて、ミトラがイヒヒッと笑います。そして女の子の真似をして、ミトラもぷうっと膨らみました。
女の子は「真似しないでよう!」とぷりぷり怒りましたが、イヒイヒ笑うミトラにつられて、ちょっとだけ、にやっと笑いました。
ぼわあ、ぼわあ。クジラの声は、今度こそ、ゆうちゃんを急かしています。もう、出発の時間です。
「さよなら、ゆうちゃん」
と、女の子が言いました。
「さよなら、ゆうちゃん」
と、ゆうちゃんも言いました。
空へ、宇宙へ、伸びていく光の道を、ゆうちゃんは軽い足取りで駆けていきます。
段々と小さくなっていくゆうちゃんの後ろ姿を、ゆうちゃんは、クリスマスツリーのてっぺんで、いつまでもいつまでも見送っていました。
今夜の夢は、ここでおしまい。
いずれにせよゆうちゃんは、あまり時間をかけず、ここで決めてしまうつもりなのです。
長い長い旅路でした。
ミトラと一緒に海を見たり、空を飛んだり、気動車に乗ったり、魚を見たり、星を見たり、楽器を演奏したり、ホットミルクを飲んだり、クリスマスの飾り付けをしたり。とても幸福で、美しい旅路でした。
どんな楽しい時間にも、必ず終わりがあると言いますが、ゆうちゃんは知っています。この時間には、終わりがないのです。ゆうちゃんが望めば永遠に、本当に永遠に、続けられるのです。
ゆうちゃんは、選択しなければいけません。続けるか、終わりにするか。
それをミトラに言ってみたら、ミトラはあっさりと『どっちでも良いよ』と言いました。もっと駄々をこねられるかと思っていたゆうちゃんは、ちょっと拍子抜けして、ちょっと意地悪な気持ちになって、ミトラを指でつつきます。
ミトラは『やめて、やめて』とけらけら笑いながら身をよじって、『だってさあ』と言いました。
『続けても、終わらせても、同じことだもの。昼間になって、星が見えなくなっても、空に星はあるでしょう。ゆうちゃんがこの夢を終わらせても、この夢は変わらず、夜の中にあり続けるんだよ。永遠に』
「終わっても、永遠?」
『そう。永遠』
「二度と会えなくても、永遠?」
『そう。永遠』
なんだか、分かるような、分からないような。前にも、こんなことを思ったような気がします。ミトラの話はいつだって、分かるような分からないような感じなのです。
だけど、ミトラの話を聞いて、ゆうちゃんはずいぶん気が楽になりました。なにも、そんなに重大な選択ではないのです。自動販売機の前で、どのジュースを買おうかな、と迷うくらいの、気楽な選択なのです。
「じゃあ、私……」
ゆうちゃんが目を閉じますと、これまでに見てきた美しいものたちが、まぶたの裏をいっせいに舞い踊りました。
それは飛び立つ海鳥の羽のようであり、月光を反射して煌めく水面のようであり、ガラスのオーナメントのようでもあります。
遠くを走る気動車の車窓のようであり、ホットミルクから立ちのぼる湯気のようであり、小さな女の子の、ぽろぽろこぼれた涙のようでもありました。
「……私、そろそろ、帰ろうかな」
ぼわあ。ゆうちゃんの選択を了承したクジラが、ひときわ大きく鳴きまして、頭のてっぺんからオーロラを吐き出しました。
まだ、やり残したことはたくさんあります。商店街の全部のお店を見て回ったわけではありませんし、川の向こうにも行っていません。まだ見たことのない、まだ出会っていない美しいものが、きっとここにはたくさんあるのでしょう。
だけど、それはまた今度。この美しい夢が永遠に続くものならば、またいつか、きっと、ゆうちゃんは、ここに来ることが出来るでしょうから。
ぼわあ、ぼわあ。クジラが、宇宙へ向かって泳ぎ始めました。クジラの通ったあとに、光の道が作られます。光が夜を埋め尽くし、どこからか、かすかに歌が聴こえ始めます。
ゆうちゃんが立ち上がると、ゆうちゃんが座っていた椅子が輝きながら、空へ昇って行きました。テーブルも、ケーキの食器も、ジュースのグラスも、みんな空へ昇り、元の星座に戻っていきます。
「ゆうちゃんも、元いたところに戻るんだね」
女の子が言いました。なんだかすっきりした声にも聞こえますし、とても名残惜しそうな声にも聞こえます。
「じゃ、ばいばい」
女の子が手を振りました。ミトラは『ばいばい!』と、手を振り返しましたが、ゆうちゃんはちょっと考えて、相変わらずお口がへの字に曲がっている女の子の頭を、ぽんぽんぽんと撫でました。
「ありがとう」
「なにが?」
女の子は、口をとんがらせてとぼけました。だけど、とぼけたって、ゆうちゃんは知っています。
この、意地悪で、意地っ張りで、不機嫌な女の子は、ずっとゆうちゃんたちの先回りをしていました。ゆうちゃんたちが落ちたマンホールの蓋を閉めて、上に戻れなくしたり、ゆうちゃんを気動車の3両目に引っ張り込んで、怖い思いをさせたり。
だけど、ゆうちゃんは知っているのです。
「ホットミルク、準備してくれたのはあなたでしょ? すごく、美味しかった。天使たちも喜んでたよ。ありがとう」
「意味分かんないし」
女の子はやっぱりとぼけるのですが、ゆうちゃんはそれで良いと思いました。
ありがとうを伝えられたから、良いのです。
この子が、意地悪で、意地っ張りで、不機嫌なだけの子供ではないことを、ゆうちゃんは分かっているよと、伝えられたから良いのです。
ゆうちゃんがにこにこ笑っていますと、女の子は顔と耳を真っ赤にして、ぷうっと頬っぺたを膨らませました。それがとっても面白くて、ミトラがイヒヒッと笑います。そして女の子の真似をして、ミトラもぷうっと膨らみました。
女の子は「真似しないでよう!」とぷりぷり怒りましたが、イヒイヒ笑うミトラにつられて、ちょっとだけ、にやっと笑いました。
ぼわあ、ぼわあ。クジラの声は、今度こそ、ゆうちゃんを急かしています。もう、出発の時間です。
「さよなら、ゆうちゃん」
と、女の子が言いました。
「さよなら、ゆうちゃん」
と、ゆうちゃんも言いました。
空へ、宇宙へ、伸びていく光の道を、ゆうちゃんは軽い足取りで駆けていきます。
段々と小さくなっていくゆうちゃんの後ろ姿を、ゆうちゃんは、クリスマスツリーのてっぺんで、いつまでもいつまでも見送っていました。
今夜の夢は、ここでおしまい。
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