月曜日の巫女【弐】

桜居かのん

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第九章 縁を結ぶ者

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『さすればあの方は無事に戻られるのでしょうか』


『無事に戻っては来るが、あの者はそもそもこの世の理から離れている。

その上、より理を曲げることはその者に計り知れない業を味合わせるが良いのか』


ただ何の抑揚も表情も変えずにその竜は私を見下ろす。

まるでやめるように諭すその言葉に、この方になら、と私は思えた。


『この都にはあの方が必要なのです。

あの方が助かるというのなら、何も出来ない私の命など惜しくはありません。

死して仏の道に行くよりも、またあの方と出会える道があるのなら、どれだけ待つことになろうともむしろ幸いです』


『あの者はそれを望んではいないのではないか?』


身勝手だと諫めてくれていることをありがたく思いながら、私は自分のその身勝手さを捨てることは出来なかった。


『怒られるのならば来世にて。

あなた様のお気持ちは嬉しく思います。

ですがあきらめて願いを聞き入れては下さいませんか?

私の全てを差し出させ頂きますので』


私がそういって笑うと、その小さな竜はじっとこちらを見ているようだった。


『・・・・・・よかろう。

縁(えにし)が結ばれた以上、願いを聞き届けよう、そなたの覚悟と引き替えに』


『ありがとうございます』


深々と頭を下げて、気がつけば私は屋敷の褥の上に横たわっていた。

私は夜出歩くために声をかけた者達にその寺に行ったことを聞いてみたが、誰も覚えてはいなかった。

だがあれは夢ではない。

私はそれを確信していた。

なぜなら、私の体調が急激に悪くなったのだ。

いつも私を診てきた者達も、皆渋い顔をした。

父は加持祈祷を必死に行った。

私の身勝手で命を減らしたことを、必死に現世につなぎ止めようとする人に告げることは出来なかった。

でも心は安らかだった。

何故ならこれで、あの人が助かるのだから。

最後の最後、この都を背負い、孤独ながら戦うあの人の役に立てる、私はそれが嬉しかった。

私は死ぬ間際、父にあの方から頂いた櫛を託した。

これは全て私の我が儘。

この世で添い遂げられないのなら、いつか添い遂げることが出来るように、愛しい人に呪いをかけてしまう行為。

なんて女とは浅ましいものなのかと、心の中で笑ってしまう。

だけど。

業を全て洗い流した後またいつかあの方と出逢い、二人で添い遂げられる日を夢みて、私は深い眠りについた。




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