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テリトリー
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しおりを挟む「すみません、なんだか壊れているみたいでドアが開かなかったんです。
ありがとうございます」
「お待ちください。
そのキーは無効となっておりますので入れません」
「えっ?」
無効?この鍵が?
「そんなはずは。
25階の美東さんのお宅の鍵ですので使えるはずなのですが」
私の言葉にコンシェルジュの女性は特に表情も変えず、
「詳しいことはお話しできませんが、そちらの鍵が無効であることは間違いありません」
彼女の再度の言葉に、ようやく意味がわかった。
この鍵は使えない。
会う約束をしたのだ、引っ越している訳がない。
だからすがるようにな気持ちで思いついた理由を尋ねる。
「もしかして鍵を交換されたとか」
「先ほどもお話ししたとおり無効であるとだけしかお答えできません」
鍵を交換したわけじゃ無い。
そうなると、考えたくないことが過る。
「美東さん、引っ越しをされたのでしょうか」
「個人の情報はお答えできません」
訴えるように言ったが、やはり彼女から答えは聞き出せない。
マンション内に戻ろうとした彼女に、イチかバチかの質問を投げた。
「では、この鍵が使用できなくなったのはいつ頃か、教えていただけませんか?」
彼女が立ち止まる。
単に言い方を変えただけで、きっちり仕事をしている彼女を困らせるだけだとわかっていた。
だけれど教えて欲しい。
そうしなければ私は。
「確か、二週間ほど前だったかと」
彼女は振り向くこと無くそれだけ言って、中に入ってしまった。
最後気を遣ってくれたのか哀れんでくれたのかどうでもいい。
彼女の背中に向かって私は頭を下げた。
マンションを出て、上を見上げる。
首を真上にしてもおそらく美東さんがいただろう部屋はわからない。
二週間ほど前、美東さんはこのマンションを出て行った。
おそらく私がここに来て早々に出て行くことにしたのだろう。
ここにくれば彼に会える、また違う関係がスタートするような気持ちで浮かれていた。
だが、彼は私から離れる決断をとっくに下していた。
「私を助けて、部屋まで入れてくれたのに」
涙は出ない。
突然心が空っぽになったようだ。
美東さんに出逢って恋に落ち、寂しかった心が満たされていく事はどれだけ幸せだったか。
その為に社長に嘘をついて、会える今日を楽しみにしていたのに。
住所を知っているから、鍵もあるからと電話番号など聞こうということも思い浮かばなかった。
だけどそのツケが今来ている。
もう美東さんがいる場所がわからない。
あの繁華街でどこが藤代組の管轄なのかもわからないのに。
未練たらしくマンションエントランスが見える小さな公園で、ベンチに座り待っていた。
もしかしたら迎えに来てくれるのではと言う淡い期待も、数時間経てば消え失せる。
ずっとベンチに座ったままでしわくちゃになったワンピースのスカートがなんだか自分の心のようだと思いながら、重い足取りで駅へ向かった。
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