鬼の矜持〜高卒のお巡りさん異世界を素手で頑張る

甘草慈郎

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第2話

眠歩驚尻

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  かいた汗が風で冷えきるまで、大谷はそこで立ち尽くしていた。
 今までの出来事を何度も思い返してみる。
 

 見間違いではない。たしかにあの男はこのたんすを開け、中に入って扉を閉じた。行為の意味はわからないが確かにこの目で間近で目撃した。しかし開けたたんすの中は空っぽだった。
 
 たんすの扉を開けきり中を見回し、さすったり叩いてみたり、裏がわにも回ってすみずみまで調べる。それをもう5回ほど繰り返しただろうか、発見はなかった。

 
 途方に暮れ、たんすにもたれかかり手のひらで両目をもんだ。今さら思い出したように強い疲れと眠気を感じた。


 夜勤明けからここまで、不意に始まった追走劇に足の裏がじくじくと痛い。革靴で全力疾走してきたのでマメでもできたのだろうか。

 
 いくら考えてみても、ここでは答えは出ないと諦め、もう一度だけたんすの中を眺めてから扉を閉じた。

 
 追っていた男はタンスの中に入って消えてしまった、いくら探しても見つかりません。そんな意味不明な言い訳で調査を打ち切って帰宅するしかない状況に納得がいくはずもなく、悔しさに足取りは重かった。
 

真上に近くなった太陽が目に痛い。

 
 足を引きずりシャツもネクタイも大いに乱れて帰宅すると
 
「うわ、なによどうしたの?犯人と乱闘でもしたの?」

 と刑事ドラマ好きの母、洋子が笑いながらカバンを受け取ってくれた。大谷が警察官を志すようになったのも、この母の影響が少なからずはある。
 
 
 洋子が風呂を沸かしてくれている間に自室に荷物を置き、汗まみれのシャツを脱ぎすて背中からベットに倒れた。

 洋子がシーツを洗ってくれたのか、清潔な匂いがした。

  考えても考えても納得のいく答えなんか出そうにないし、頭の中がぐるぐるしていたが、疲れとお日様の匂いにだんだんと意識は遠くなる。


 明日、白鳥先輩に相談してみよう。頭が変になったと思われるかもしれないが、自分一人ではこの出来事はここでとまってしまう。それはだめな気がする。


 まだまだ芽吹いたばかりの、大谷の警察官としてのささやかな矜恃である。完全に眠りにおちる寸前に


「にいちゃん!お風呂沸いたってよ、寝る前に入っちゃえって!」
 
 と弟の信二がドアの外で叫んだ。

 這うように部屋をでると

「にいちゃん、こうあんと戦ったの?!」とこちらも母の影響下にあるらしい小学三年生の弟が目を輝かせていた。

 まだ少し肌寒いというのに、Tシャツに短パン姿で、手には前にゲームセンターのクレーンゲームでとってやったおもちゃの手錠をぶら下げている。

「あのな、公安は警察官だから警察官とは戦わないの」 
とあしらうと、えーつまんないと謎の抗議を受けた。
「ていうかお前学校は?」
「そーりつきねんび」
 だそうだ。

暑いシャワーを頭からかぶりべとつく体を洗いながして湯船に浸かっていると、うっかり眠ってしまいそうになった。

 
 風呂を出て体を拭いていると、やはり足の裏にまめができていた、幸い今日は非番なので明日の朝までゆっくり休めれば痛みもおさまるだろう。


 リビングでは洋子が昼ドラマに見入っている。あくびをかみころして歯を磨きながら、自分も一緒になってテレビを眺める。

 
 子供の頃からよく、こうして母と一緒に刑事ドラマや映画を熱心に見ていて、その度に将来は警察官になる!とか探偵になる!などと言っていたが、そのうち実際の探偵という仕事は映画や小説のように華やかな職業ではないし、仕事としてはかなり特殊なものだという事もだんだんわかってきた。


 そして親の勧めもあり高卒で警察官になる道を選んだ。
  

 自室に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。疲れと眠さが重さになってベッドにしみ込んでいくみたいだ。


 読みかけの文庫本を読みながら午後をまどろんで過ごす、なんてことも考えたのだが、すぐにそんな思いつきも眠さの中に沈んでいった。


夜、目を覚まし部屋の明かりをつけると、時計の針は18時を少しまわっていた。リビングに降りると、洋子がキッチンで夕食の準備をしている。父の清司はすでに晩酌をしながらテレビを見ていて、信ニはソファで携帯ゲーム機で遊んでいる。手におたまを持った洋子が降りてきた息子に気づく。

 
「もうすぐ晩ごはん用意できるから、少し待ってて、二度寝しちゃダメだからね!」

 
 水を一杯のんでから、眠気覚ましに散歩でもしてこようと思いついた。

 
 春とはいえまだ冷たい夜風が、寝起きのほてった体に心地よかった。どこに行くあてもなかったのだが、しかし足は自然と動いていた。


  妙に青々とした月の明かりに夜の街は沈んでいる。まるで湖の底にいるようだった。広い水底を泳ぐ魚のように一羽の鳥のシルエットが月を横切った。


 まだ夕方と言っていい時間帯だ、普段なら帰宅途中のサラリーマンや散歩をしている年配の夫婦なども見かけるのだが不思議と誰とも会わなかった。

 こんなに明るい月夜なのに、ゴミ置場に置かれたたんすはやけに黒々として見えた。扉は閉まっている。


昼間はなんて事のないただのたんすに見えたが、夜に、こうして対面すると何か異様な迫力というか、不吉な物のように見えた。


高さは約1、5メートル、幅は1メートルくらい。手をのばし、横の面に触れてみる、少し冷たい。年季が入っていて、ざらざらとした手触りだ。表面に加工などされていない、全体的に茶色い簡素なたんすだが、正面の観音開きの扉だけ金属のかざり装飾が施されている。

 
 観音扉についた鉄の輪っか状の飾りに指で触れると、まるでそれだけが氷で出来ているように冷たく、驚いて反射的に手を引っ込めた。

 と、その時妙な感覚がした。


 指を離すときに、輪っかが指にくっついてくるように鉄の輪っかが少し持ち上がった。


恐る恐るもう一度触れてみる、今度はさっきほど冷たくは感じなかった。手触りはさらさらとして、指にくっつくような感じはしない。静かに月の明かりを反射して青白く光っている。


そして大谷は気ある事にづいた
 
 「ん?」


 光を反射してるというより、これはそれ自体が発光しているように見えた。錯覚だろうか。


 手のひらで月を遮ってみてもやはりほのかに光っているような気がする。

 
 がちゃん


 ふいに扉が、内側からの衝撃で少し浮いた。

 
あまりに驚いて尻もちをついてしまった。


 まるで無遠慮ににいじくっていたことにたんすが怒ったように思えた。

  
少しの間驚きで放心していると、もう一度、
がちゃん、と鳴り、また少し扉が浮いた。

 
 扉はほぼ開きかけている。

 
 驚きすぎて頭が回らないが、何となく

 
あ、これやばいかも

 
 そう思った。鼓動が速くなっていく。

 
 何がやばいのかよくわからないが、今のやつがまた、もう一度、起こってしまったら。


  扉が開いてしまう。
 

  汗が一粒、あごを伝った。 
 
 予感と不安に大谷の目が見開かれる。


 がちゃん。
 

 
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