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第一部:オフィス侵攻編
第六話 : ゴミ箱の中の真実
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「……お待たせしました。担当の権藤(ごんどう)がお会いします。応接室へどうぞ」
受付嬢が、憐れみを含んだような冷ややかな声で告げた。
犬飼が「やっとですね」と安堵の息を漏らすが、綺羅々の足取りは重い。いや、正確には「獲物の急所」を確実に見据えた、狩人の足取りだ。
通されたのは、空調が微弱にしか効いていない、埃っぽい応接室だった。
扉が開くと同時に、脂ぎった顔に不機嫌を塗りたくったような男――権藤が、手元のタブレットを睨みながら入ってくる。
「南野さんだっけ? 悪いけど、佐藤部長が来てないなら話すことはないよ。あの契約書、不備だらけで話にならないって伝えてあるだろ。うちはもう、他所(よそ)と組むことに決めたから」
挨拶も抜きに叩きつけられた拒絶。
犬飼が「そんな……! 修正しに来たんです!」と食い下がるが、権藤は鼻で笑う。
「修正? 遅すぎるんだよ。事務職の姉ちゃんに何ができる。さっさと帰って、部長に『パッションが足りませんでした』って報告してきな」
応接室に嫌な沈黙が流れる。
だが、綺羅々は動じない。彼女は静かに立ち上がり、権藤の背後、部屋の隅にある「シュレッダー付きゴミ箱」を指さした。
「権藤様。そのゴミ箱、中身が溢れそうですよ。……特に、先ほど受付で断裁されていた、我が社のロゴが入った『極秘資料』の残骸が」
権藤の動きが止まる。
「……何のことだ」
「我が社の佐藤部長は確かに無能ですが、契約書の誤字脱字以上に『致命的なミス』を犯しています。……それは、御社が隠したがっていた『昨年度の未払い在庫の計上ミス』を、うっかり資料に記載したまま、あちこちへメールで誤送信してしまったこと」
「……っ!」
「先ほどシュレッダーにかけられたのは、その証拠書類ですよね? でも残念。私の脳内には、その送信ログと、部長が添付し忘れたはずの『修正前の生データ』が、すべてバックアップ(保存)されています」
綺羅々は、事務用の指サックをはめた人差し指を、静かに唇に当てた。
その仕草は、ジブリのヒロインのような可憐さを装いつつ、中身は完全に「死神の鎌」だった。
「本日も、晴天なり。……さて権藤様、シュレッダーのゴミを繋ぎ合わせる作業と、今すぐここで私の『再構築された契約書』に判を突く作業。……どちらの方が、事務的に効率が良いか、計算していただけますか?」
権藤の額から、今日一番の「パッション溢れる」脂汗が噴き出した。
受付嬢が、憐れみを含んだような冷ややかな声で告げた。
犬飼が「やっとですね」と安堵の息を漏らすが、綺羅々の足取りは重い。いや、正確には「獲物の急所」を確実に見据えた、狩人の足取りだ。
通されたのは、空調が微弱にしか効いていない、埃っぽい応接室だった。
扉が開くと同時に、脂ぎった顔に不機嫌を塗りたくったような男――権藤が、手元のタブレットを睨みながら入ってくる。
「南野さんだっけ? 悪いけど、佐藤部長が来てないなら話すことはないよ。あの契約書、不備だらけで話にならないって伝えてあるだろ。うちはもう、他所(よそ)と組むことに決めたから」
挨拶も抜きに叩きつけられた拒絶。
犬飼が「そんな……! 修正しに来たんです!」と食い下がるが、権藤は鼻で笑う。
「修正? 遅すぎるんだよ。事務職の姉ちゃんに何ができる。さっさと帰って、部長に『パッションが足りませんでした』って報告してきな」
応接室に嫌な沈黙が流れる。
だが、綺羅々は動じない。彼女は静かに立ち上がり、権藤の背後、部屋の隅にある「シュレッダー付きゴミ箱」を指さした。
「権藤様。そのゴミ箱、中身が溢れそうですよ。……特に、先ほど受付で断裁されていた、我が社のロゴが入った『極秘資料』の残骸が」
権藤の動きが止まる。
「……何のことだ」
「我が社の佐藤部長は確かに無能ですが、契約書の誤字脱字以上に『致命的なミス』を犯しています。……それは、御社が隠したがっていた『昨年度の未払い在庫の計上ミス』を、うっかり資料に記載したまま、あちこちへメールで誤送信してしまったこと」
「……っ!」
「先ほどシュレッダーにかけられたのは、その証拠書類ですよね? でも残念。私の脳内には、その送信ログと、部長が添付し忘れたはずの『修正前の生データ』が、すべてバックアップ(保存)されています」
綺羅々は、事務用の指サックをはめた人差し指を、静かに唇に当てた。
その仕草は、ジブリのヒロインのような可憐さを装いつつ、中身は完全に「死神の鎌」だった。
「本日も、晴天なり。……さて権藤様、シュレッダーのゴミを繋ぎ合わせる作業と、今すぐここで私の『再構築された契約書』に判を突く作業。……どちらの方が、事務的に効率が良いか、計算していただけますか?」
権藤の額から、今日一番の「パッション溢れる」脂汗が噴き出した。
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