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第一部:オフィス侵攻編
第七話 : 判子と沈黙
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「……判、突かれますか?」
綺羅々の問いかけは、もはや質問ではなく、逆らうことを許さない「実行コマンド」だった。
応接室の重苦しい空気の中、権藤は震える手で懐から印鑑を取り出した。彼の脳内では今、シュレッダーのゴミから復元される不祥事のデータと、目の前の「修正された契約書」が天秤にかけられ、一瞬で結論が弾き出されていた。
朱肉が書類に吸い込まれる、微かな音。
それは、株式会社・泥濘商事にとって、そして南野綺羅々という一介の事務員にとって、確実な「勝利の記録」となった。
「……これでいいんだろ。さっさと帰れ。二度とその面を見せるな」
吐き捨てる権藤の声を、綺羅々は涼やかな笑顔で受け流す。
「ご協力、感謝いたします。事務的に、迅速に処理させていただきますね」
応接室を出て、エレベーターに乗り込む。
扉が閉まった瞬間、隣で固まっていた犬飼が、肺の中の空気をすべて吐き出すように大きく息をついた。
「せ、先輩……すごすぎます。あの権藤って人、完全に折れてましたよ。あんなの、佐藤部長でも無理だったはずなのに」
「犬飼くん。私は無理なことはしていないわ。ただ、相手の『不備(バグ)』を指摘して、正しく『上書き(オーバーライト)』しただけ」
綺羅々は、契約書をクリアファイルに収め、愛おしそうにその表面を撫でた。
だが、その直後。彼女のポケットの中で、スマートフォンが暴力的な振動を開始した。
画面に表示されたのは、茹で上がったタコのような顔が目に浮かぶ『パッション佐藤部長』の名。
「……はい、南野です」
『南野ぉ!! お前、今どこにいるんだ!? 権藤さんからさっき電話があったぞ! 「生意気な女をよこすな、二度と来るな」って激怒してたじゃないか! お前、何をやらかしたんだ!!』
受話器越しでもわかる、部長の怒鳴り声。
犬飼が怯えたように顔を引きつらせる。だが、綺羅々の瞳には、感情の欠片も宿っていない。
「あら、部長。権藤様からは、契約の『締結完了』という最高の結果をいただいておりますが? ……あ、それと。部長の過去の送信ミスについても、あわせて『処理』しておきました。……本日も、晴天なり。今から帰社しますね」
一方的に通話を切り、綺羅々はエレベーターの鏡に映る自分の顔をチェックする。
コンシーラーは、まだ剥がれていない。
綺羅々の問いかけは、もはや質問ではなく、逆らうことを許さない「実行コマンド」だった。
応接室の重苦しい空気の中、権藤は震える手で懐から印鑑を取り出した。彼の脳内では今、シュレッダーのゴミから復元される不祥事のデータと、目の前の「修正された契約書」が天秤にかけられ、一瞬で結論が弾き出されていた。
朱肉が書類に吸い込まれる、微かな音。
それは、株式会社・泥濘商事にとって、そして南野綺羅々という一介の事務員にとって、確実な「勝利の記録」となった。
「……これでいいんだろ。さっさと帰れ。二度とその面を見せるな」
吐き捨てる権藤の声を、綺羅々は涼やかな笑顔で受け流す。
「ご協力、感謝いたします。事務的に、迅速に処理させていただきますね」
応接室を出て、エレベーターに乗り込む。
扉が閉まった瞬間、隣で固まっていた犬飼が、肺の中の空気をすべて吐き出すように大きく息をついた。
「せ、先輩……すごすぎます。あの権藤って人、完全に折れてましたよ。あんなの、佐藤部長でも無理だったはずなのに」
「犬飼くん。私は無理なことはしていないわ。ただ、相手の『不備(バグ)』を指摘して、正しく『上書き(オーバーライト)』しただけ」
綺羅々は、契約書をクリアファイルに収め、愛おしそうにその表面を撫でた。
だが、その直後。彼女のポケットの中で、スマートフォンが暴力的な振動を開始した。
画面に表示されたのは、茹で上がったタコのような顔が目に浮かぶ『パッション佐藤部長』の名。
「……はい、南野です」
『南野ぉ!! お前、今どこにいるんだ!? 権藤さんからさっき電話があったぞ! 「生意気な女をよこすな、二度と来るな」って激怒してたじゃないか! お前、何をやらかしたんだ!!』
受話器越しでもわかる、部長の怒鳴り声。
犬飼が怯えたように顔を引きつらせる。だが、綺羅々の瞳には、感情の欠片も宿っていない。
「あら、部長。権藤様からは、契約の『締結完了』という最高の結果をいただいておりますが? ……あ、それと。部長の過去の送信ミスについても、あわせて『処理』しておきました。……本日も、晴天なり。今から帰社しますね」
一方的に通話を切り、綺羅々はエレベーターの鏡に映る自分の顔をチェックする。
コンシーラーは、まだ剥がれていない。
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