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第一部:オフィス侵攻編
第八話:パッションの残骸
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泥濘商事(ぬかるみしょうじ)のオフィスへ戻ると、そこには期待を裏切らない「地獄」が待っていた。
自動ドアが開いた瞬間、佐藤部長の怒号がフロア全体に響き渡る。
「南野ぉ! お前、どの面下げて戻ってきたんだ!」
茹で上がったタコのような部長の顔が、綺羅々のデスクの真横にある。
周囲の社員たちは、関わり合いになるのを恐れて一斉にモニターへと視線を落とした。犬飼だけが、震える手で自分のバッグを握りしめ、綺羅々の背後に隠れるように立っている。
「部長、お疲れ様です。……お声が大きいですよ。せっかく設定した加湿器の湿度が、あなたの熱気で下がってしまいます」
「加湿器なんぞどうでもいい! 権藤さんからまたクレームが来たぞ! 『あの女は脅迫者だ、二度と寄こすな』ってな! 契約は取れたかもしれんが、信頼関係はズタズタだ! 営業の基本である『パッション』が欠片も感じられないんだよ!」
部長はデスクを拳で叩いた。その衝撃で、綺羅々が整然と並べていたクリップのケースがわずかにズレる。
綺羅々は無言で、そのケースをミリ単位で元の位置に戻した。その静かな、しかし確実な「拒絶」に、部長の血管がさらに浮き上がる。
「……部長。権藤様が仰った『信頼関係』とは、具体的にどの時期の、どのプロジェクトに関するデータでしょうか? 私が把握している限り、御社と権藤様の会社との間には、過去三年間で計十二回の『納期遅延』と、五回の『請求金額の乖離』が発生しています」
「な、なんだと……?」
「そのすべてにおいて、部長は『パッション』で押し通し、正式な修正合意書を作成していませんでしたよね。……私が今日してきたのは、その積み重なった『負の遺産』を、一括で清算(クリーンアップ)する作業です」
綺羅々は、部長の鼻先に一枚のプリントアウトを突きつけた。
そこには、部長がこれまで「適当に」処理してきた不手際の数々が、冷徹なフォントでリストアップされている。
「これは……! お前、勝手に過去のログを……!」
「事務職を舐めないでください。データの整合性が取れていない書類は、私にとって『ゴミ』と同じ。……ゴミを片付けて、何が悪いんですか?」
部長の口が、金魚のようにパクパクと動く。
綺羅々は、コンシーラーで完璧に固めた顔を崩さず、静かに、そして残酷に言い放った。
「本日も、晴天なり。……部長、これ以上の叱責は、労働時間の不当な搾取(ロス)に当たります。……あ、加湿器の水、また補充しておきましたから。頭を冷やしてはいかがですか?」
部長の背後で、犬飼が「……かっこいい」と小さく、しかし確信を持って呟いた。
自動ドアが開いた瞬間、佐藤部長の怒号がフロア全体に響き渡る。
「南野ぉ! お前、どの面下げて戻ってきたんだ!」
茹で上がったタコのような部長の顔が、綺羅々のデスクの真横にある。
周囲の社員たちは、関わり合いになるのを恐れて一斉にモニターへと視線を落とした。犬飼だけが、震える手で自分のバッグを握りしめ、綺羅々の背後に隠れるように立っている。
「部長、お疲れ様です。……お声が大きいですよ。せっかく設定した加湿器の湿度が、あなたの熱気で下がってしまいます」
「加湿器なんぞどうでもいい! 権藤さんからまたクレームが来たぞ! 『あの女は脅迫者だ、二度と寄こすな』ってな! 契約は取れたかもしれんが、信頼関係はズタズタだ! 営業の基本である『パッション』が欠片も感じられないんだよ!」
部長はデスクを拳で叩いた。その衝撃で、綺羅々が整然と並べていたクリップのケースがわずかにズレる。
綺羅々は無言で、そのケースをミリ単位で元の位置に戻した。その静かな、しかし確実な「拒絶」に、部長の血管がさらに浮き上がる。
「……部長。権藤様が仰った『信頼関係』とは、具体的にどの時期の、どのプロジェクトに関するデータでしょうか? 私が把握している限り、御社と権藤様の会社との間には、過去三年間で計十二回の『納期遅延』と、五回の『請求金額の乖離』が発生しています」
「な、なんだと……?」
「そのすべてにおいて、部長は『パッション』で押し通し、正式な修正合意書を作成していませんでしたよね。……私が今日してきたのは、その積み重なった『負の遺産』を、一括で清算(クリーンアップ)する作業です」
綺羅々は、部長の鼻先に一枚のプリントアウトを突きつけた。
そこには、部長がこれまで「適当に」処理してきた不手際の数々が、冷徹なフォントでリストアップされている。
「これは……! お前、勝手に過去のログを……!」
「事務職を舐めないでください。データの整合性が取れていない書類は、私にとって『ゴミ』と同じ。……ゴミを片付けて、何が悪いんですか?」
部長の口が、金魚のようにパクパクと動く。
綺羅々は、コンシーラーで完璧に固めた顔を崩さず、静かに、そして残酷に言い放った。
「本日も、晴天なり。……部長、これ以上の叱責は、労働時間の不当な搾取(ロス)に当たります。……あ、加湿器の水、また補充しておきましたから。頭を冷やしてはいかがですか?」
部長の背後で、犬飼が「……かっこいい」と小さく、しかし確信を持って呟いた。
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