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第一部:オフィス侵攻編
第十五話:ショートカットの死神と、不完全な昼休み
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新任マネージャー、一条が着任してからわずか三時間。
オフィスの空気は、パッション部長時代の「泥沼」から、無機質な「冷凍室」へと変貌を遂げていた。
一条は、部長席から一歩も動くことなく、ただ淡々とノートパソコンを叩いている。その指先の動きは、もはや人間のそれではなく、精密機械のピストン運動を思わせた。
「……南野くん。三番の共有フォルダ、構成(ツリー)が冗長だ。すべて再編しておいた。……あと、犬飼くん。君の作った集計表、VLOOKUP(ブイルックアップ)に頼りすぎだ。計算が重い。INDEX関数とMATCH関数に書き換えておけ。三分で」
一条の冷徹な声がフロアに響くたび、若手社員たちの肩がビクリと跳ねる。
犬飼に至っては、「三、三分……!?」と、酸素不足の金魚のように口をパクパクさせていた。
綺羅々は、コンシーラーの下で微かに奥歯を噛みしめた。
一条の指摘は、ぐうの音も出ないほど「正しい」。それが、かつてこの部署の裏の支配者(システム管理者)として君臨していた彼女のプライドを、静かに、しかし確実に削っていく。
(……やるじゃない。私の構築した聖域に、土足で……いえ、殺菌済みのスリッパで踏み込んでくるなんて)
綺羅々は、手元のキーボードを、一条に負けない速度で叩き返した。
カチャカチャカチャ、ターン!
一条が投げた「修正指示」という名のナイフを、彼女は事務処理という名の盾で、すべて「完了」ステータスへと弾き返していく。
一条の視線が、モニター越しに一瞬だけ綺羅々を捉えた。その瞳に宿ったのは、敵意ではなく、未知のバグを発見した学者のような、不気味な好奇心だった。
「……ふん。手際だけは良いようだな。……だが、南野くん。君の昼休みの取り方については、後で『最適化』の必要がある」
「一条様。昼休みは労働基準法で定められた権利です。……私の細胞に『おにぎり』という名の燃料を上書きする時間を奪うことは、法的なエラーを意味しますが?」
綺羅々の反論に、一条は表情を変えず、ただモニターへ視線を戻した。
正午。
綺羅々は逃げるように、いつもの寂れた公園へと向かった。
だが、今日の彼女の指先は、いつになく震えていた。
ベンチに座り、半額シール付きのおにぎりを剥こうとした瞬間、不意に、昨夜福(ハムスター)に供えた「黄金の種」の感触が指先に蘇る。
「……一条……。何よ、あの『ロジカルな怪物』。……パッション部長の方が、まだ『人間に分類できるバグ』だったわよ……」
彼女はおにぎりを一口齧ったが、ツナマヨの味がしない。
代わりに、一条が放った「INDEX関数の冷徹な香り」が鼻の奥をくすぐる。
「福……。私、デリートされちゃうのかなぁ。……あいつ、私のコンシーラーの裏側まで、数式で解体してきそうなんだもん……」
彼女は、おにぎりを握りしめたまま、空を見上げた。
本日も、晴天なり。
だが、その青空さえも、一条の冷たい瞳に塗りつぶされているような錯覚を覚えた。
不意に、スマートフォンの通知が鳴る。
一条からのメールだ。
件名は『午後からの業務フローの抜本的改革について』。
「……おにぎり、味わう暇(ラグ)もくれないわけね」
綺羅々は残りの米粒を喉に無理やり押し込み、立ち上がった。
鼻には、昨日より少し多めのマヨネーズが付いていたが、今の彼女は、それを指摘してくれる犬飼の存在さえも遠く感じていた。
さあ、デバッグの第二ラウンドだ。
オフィスの空気は、パッション部長時代の「泥沼」から、無機質な「冷凍室」へと変貌を遂げていた。
一条は、部長席から一歩も動くことなく、ただ淡々とノートパソコンを叩いている。その指先の動きは、もはや人間のそれではなく、精密機械のピストン運動を思わせた。
「……南野くん。三番の共有フォルダ、構成(ツリー)が冗長だ。すべて再編しておいた。……あと、犬飼くん。君の作った集計表、VLOOKUP(ブイルックアップ)に頼りすぎだ。計算が重い。INDEX関数とMATCH関数に書き換えておけ。三分で」
一条の冷徹な声がフロアに響くたび、若手社員たちの肩がビクリと跳ねる。
犬飼に至っては、「三、三分……!?」と、酸素不足の金魚のように口をパクパクさせていた。
綺羅々は、コンシーラーの下で微かに奥歯を噛みしめた。
一条の指摘は、ぐうの音も出ないほど「正しい」。それが、かつてこの部署の裏の支配者(システム管理者)として君臨していた彼女のプライドを、静かに、しかし確実に削っていく。
(……やるじゃない。私の構築した聖域に、土足で……いえ、殺菌済みのスリッパで踏み込んでくるなんて)
綺羅々は、手元のキーボードを、一条に負けない速度で叩き返した。
カチャカチャカチャ、ターン!
一条が投げた「修正指示」という名のナイフを、彼女は事務処理という名の盾で、すべて「完了」ステータスへと弾き返していく。
一条の視線が、モニター越しに一瞬だけ綺羅々を捉えた。その瞳に宿ったのは、敵意ではなく、未知のバグを発見した学者のような、不気味な好奇心だった。
「……ふん。手際だけは良いようだな。……だが、南野くん。君の昼休みの取り方については、後で『最適化』の必要がある」
「一条様。昼休みは労働基準法で定められた権利です。……私の細胞に『おにぎり』という名の燃料を上書きする時間を奪うことは、法的なエラーを意味しますが?」
綺羅々の反論に、一条は表情を変えず、ただモニターへ視線を戻した。
正午。
綺羅々は逃げるように、いつもの寂れた公園へと向かった。
だが、今日の彼女の指先は、いつになく震えていた。
ベンチに座り、半額シール付きのおにぎりを剥こうとした瞬間、不意に、昨夜福(ハムスター)に供えた「黄金の種」の感触が指先に蘇る。
「……一条……。何よ、あの『ロジカルな怪物』。……パッション部長の方が、まだ『人間に分類できるバグ』だったわよ……」
彼女はおにぎりを一口齧ったが、ツナマヨの味がしない。
代わりに、一条が放った「INDEX関数の冷徹な香り」が鼻の奥をくすぐる。
「福……。私、デリートされちゃうのかなぁ。……あいつ、私のコンシーラーの裏側まで、数式で解体してきそうなんだもん……」
彼女は、おにぎりを握りしめたまま、空を見上げた。
本日も、晴天なり。
だが、その青空さえも、一条の冷たい瞳に塗りつぶされているような錯覚を覚えた。
不意に、スマートフォンの通知が鳴る。
一条からのメールだ。
件名は『午後からの業務フローの抜本的改革について』。
「……おにぎり、味わう暇(ラグ)もくれないわけね」
綺羅々は残りの米粒を喉に無理やり押し込み、立ち上がった。
鼻には、昨日より少し多めのマヨネーズが付いていたが、今の彼女は、それを指摘してくれる犬飼の存在さえも遠く感じていた。
さあ、デバッグの第二ラウンドだ。
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