社畜のお仕事!本日も晴天なり✨

Lapin

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​第一部:オフィス侵攻編

第十六話:ロジックの亀裂と、ストロングの予感

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一条が提唱した『抜本的改革』という名のデータ掃除(クリーニング)は、開始からわずか数時間で、現場に深刻な「リソース枯渇」をもたらしていた。

 オフィスの空気は、パッション部長時代の「泥沼」から、今や空気が薄く、吸い込むだけで肺が凍りそうな「高山の実験室」へと変貌している。

​ 犬飼は、一条から指定された『完璧すぎる、しかし複雑怪奇な数式』の構築に脳のメモリを使い果たし、モニターの前で白目を剥いていた。その指先は、不慣れなINDEX関数の記述に震え、キーボードを叩く音にはもはやリズムなど欠片もない。

 他の社員たちも、一条の「一秒の無駄も、一ピクセルのズレも許さない」という無言のプレッシャーに、タイピングミスという名のバグを量産し始めていた。

​(……無能な働き者より、有能な独裁者の方が、組織を壊すスピードが速いのね)

​ 綺羅々は、二日酔いの残滓でズキズキと痛むこめかみを押さえながら、立ち上がった。

 彼女は、あえて一条の背後から、一切の気配を消して声をかけた。

 手には、彼が作成した「最適化されたスケジュール表」と、現在のフロアの「実測エラー率」を比較した、彼女お手製の折れ線グラフを握りしめている。

​「……一条様。ご確認を」

​「なんだ、南野くん。……私のロジックに、まだ不服があるのか? 私は君たちの生産性を、理論値で二十パーセント向上させているはずだが」

​ 一条はモニターから目を離さず、氷の破片を吐き出すような声で言った。

 綺羅々は、コンシーラーの下で微かに口角を吊り上げる。

​「不服ではありません。……ただ、あなたの計算式には、極めて重要な『変数』が欠落しています。……それは、人間という名のハードウェアが持つ『疲労』と『感情』という名のノイズ(誤差)よ。……そして、そのノイズを無視した結果が、これ」

​ 綺羅々は、一条の最新型ノートパソコンのモニターの隅に、一枚の紙を付箋のように、しかし叩きつけるように貼り付けた。

 そこには、一条が着任してから急上昇した「入力ミス率」と、給湯室での「コーヒー消費量」の異常な相関図が、冷徹なフォントで描かれていた。

​「……一条様。……システムを速く動かすために電圧を上げすぎれば、回路は焼き切れるわ。……今のこのフロアは、あなたのせいでオーバーヒート寸前よ。壊れたハードウェアは、あなたの得意な数式では修理(リペア)できないわよ?」

​ 一条の動きが、初めて止まった。

 彼はゆっくりと椅子を回転させ、綺羅々を見上げた。高性能なスキャナーのような瞳が、彼女の三層塗りのコンシーラーを透過し、その奥にある「不屈の事務屋魂」を解析しようと細められる。

​「……馬鹿な。……私の計算は、常に最短経路を選択している。感情などは、処理能力を下げるだけのバグだ」

​「最短経路が、必ずしもゴールに辿り着くとは限らない。……事務職を舐めないで。私たちは、数字だけじゃなく、その数字を打ち込む『震える指先の震え』まで管理しているのよ。……一条様、あなたのロジックは美しいけれど、この『泥濘(ぬかるみ)』で動かすには、あまりにも潤滑油が足りないわ」

​ 一条の眉が、初めて微かに動いた。

 それは、完璧なプログラムに一行の「想定外のコード」を書き込まれた瞬間の、システムエラーのような表情だった。

​「……南野綺羅々。……君は、実に面白いバグだ。……だが、そのバグを許容するかどうかは、私の裁量次第だが?」

​「……本日も、晴天なり。……さて一条様。……焼き切れる前に、少しだけ『冷却水』の投入(休憩)を許可してくださるかしら? ……部下のメンタルをデリートして、独りで虚無な数字を眺めるのが、あなたの望む『最適化』ではないはずよ」

​ 綺羅々は挑戦的な視線を残したまま、自分のデスクへと戻る。

 その背中越しに、彼女は確信していた。

 今夜のストロング缶は、二本。……いや、お祝いを兼ねて三本必要だと。
 
 福に、一条の「ロジカルな顔面」がいかに冷たくてムカつくか、そしてそれをどうやって「上書き保存(オーバーライト)」してやったかを、ねっとりと解説してやるために。
 
「……あー、喉が乾いた。……炭酸が、足りないわ」
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