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 拓海は、頭の中でひらめいた発想を、三人に話してみることにした。テレビ番組の内容や親や姉たちが会話をしていた都市部に住む高齢者たちは近隣との交流が少ないために孤独な生活に陥りがちになるということを説明した上で、自分たちのほうから高齢者の家に出向いて話し相手になってあげれば喜ばれるのではないかということを口にした。
 「オレも、全部じゃないけど、その番組を見た」海斗も、番組の一部を見たようであった。
 「私も、そういう話を聞いたことがあるわ」七海が、別のテレビ番組で、子供を作らない夫婦が増えたことが原因で、寂しい思いをしている高齢者が増えているという実情を耳にしたことを語った。寂しい思いをする原因とは、孫とふれあう機会がないことにある。
 「その話、オレも、どこかで聞いたことがある」海斗も、思いつくことがあるようであった。
 「だから、オレたちが孫の代わりになって話し相手になってあげれば、喜ばれるんじゃないのかな?」孫とふれあう機会がなく寂しい思いをしている高齢者が増えているという話を耳にした拓海に、さらなるひらめきが生まれた。孫の代わりにという名目でやるのであれば、まさに、自分たちにとってうってつけである。
 「それって、面白いと思う」
 「オレも、そう思う」
 拓海が口にしたアイデアに、七海と海斗が乗ってきた。
 ただ一人しゃべらずにいた美咲は、懸命にスマホを操作していた。
 その美咲が、拓海が口にしたようなサービスが見当たらないことを説明した。似たようなキーワードで検索をかけてみたものの、具体的なサービス内容が表示されないということである。
 「つまり、競争相手がいないってことだよね?」拓海は、胸を躍らせた。競争相手がいないということは、話し相手を必要としている人がいるのであれば、高い確率で自分たちのことを選んでもらえる。
 「話し相手になってあげた相手から直接お金をもらうって形になるんだよね?」海斗が、お金のやり取りも簡単だろうということを強調した。サイトを通じて行うサービスではないため取りっぱぐれる心配はなく、外国人を相手にするのでもないため言葉が通じないことによるトラブルの心配もいらない。
 「とりあえず、保留扱いってことにしておこうか?」周囲の反応に気を良くした拓海は、最終決定の候補として置いてよいかを確認した。
 「オレは、今のが一番しっくりとくるけどな」すかさず、海斗が感想を口にする。
 「私も」七海の思いも同じであった。
 二人の様子を目にした美咲が、「じゃぁ、今回拓海君が言ったことを、とりあえずの商売ネタとして考えていけばいいんじゃない?」と、話をまとめにかかった。

 「ちょっと待ってよ。そんなに簡単に決めちゃってもいいのか?」拓海は、慌てて言い返した。
 こういうことをノリで決めてしまってもよいのだろうか。失敗したら、自分たちのお金が無くなるかもしれないのだ。もっと議論をした方がよいのではないだろうか。
 あまりにもあっさりと自分のアイデアが受け入れられたことに対して、拓海は、不安を感じていた。
 それに対して三人から返ってきた言葉は、一番イメージがしやすかったから、であった。商売が行われているイメージやお金を稼いでいるイメージが描きやすかったということである。
 その言葉を聞かされた拓海の中に、自信が湧いてきた。
 「もう一回整理すると、私たちが、孫のいない高齢者に対して、孫の代わりを務めて、話し相手になってあげて、それに対する料金をもらうってことだよね?」グラスの底に残っていたドリンクをストローで一気に飲み干した美咲が、拓海に向って、確認するように聞いてきた。
 「孫がいる高齢者でも、寂しい思いをしている人だったら対象にすればいいと思うんだけど」拓海は、訂正した。どうやら、美咲の中では、孫の代行という言葉が独り歩きしているようであった。自分は、孫のように接するという意味で言っただけなのだ。
 「孫のように接してあげればっていう意味で言ったんだよね?」七海は、発言の意味を分かってくれていた。
 「話し相手以外のことを頼まれたときは、どうするの? 引き受けるの?」海斗が、サービスの内容を突っ込む。
 「例えば、どんなこと?」七海が問い返す。
 「例えば……。買い物に行って来 てだとか、力仕事を手伝ってだとか、いろんなことを頼まれるかもしれないじゃん」
 「私たちでできることだったら、やってあげればいいんじゃない?」
 「そのほうが、喜ばれると思うし」
 「まるで、便利屋みたいだな」
 できることは何でもやろうという女子たちの意見に対して、海斗が鼻先で笑った。
 とにもかくにも、自分たちでやれることは何でもやろうということで決まった。
 問題は、料金である。正直、どのように料金を設定したらよいのかが分からない。
 拓海は、三人に、そのことを投げかけた。
 「いくらくらいだったら、おかしくはないのかなぁ」すかさず、海斗が食らいつく。
 「従姉のお姉ちゃんが学生時代に家庭教師をしていた時に、時給が千五百円だって言っていたよ」美咲が、家庭教師の時給を引き合いに出した。
 「時間でいくらって決める方がいいよね?」七海が、決め方について意見する。
 拓海も、時間当たりの料金設定の方が良いのではないかと感じていた。その方が、わかりやすい。
 海斗と美咲も、同じ意見だった。
 料金の決め方に関しては四人の意見がすんなりとまとまったが、具体的な金額については意見が割れた。
 一時間で千五百円はどうかという海斗の案に対して、七海が、高齢者の感覚からすると高いのではないかという意見を口にした。半日利用しただけで六、七千円もいくサービスでは、高齢者たちが引いてしまうだろうということである。
 それではというので、海斗が、千五百円を千円に下げた。これだと、半日利用しても五千円以内に収まる。
 それに対して、拓海が、三十分で五百円はどうかという案を出した。単位が一時間刻みでは不公平な気がしたからだ。例えば、利用時間が二時間十分だった場合、三時間分としてカウントされ、損をした気分にさせてしまうかもしれない。
 美咲の案は、もっと大胆だった。十分で百円でどうかという意見を出してきた。一時間で千円は高いと思うということである。
 美咲の案に七海が賛成し、拓海の案に海斗が賛成する。
 そのまま、料金に関する議論は平行線をたどった。折り合いがつかないまま、時間だけが過ぎていく。
 「このままだと決まらないから、リーダーに決めてもらおうよ」美咲が、拓海に視線を向けた。七海と海斗も、それでいいという。
 「まじぃ! どうしよう、どうしよう」決定をゆだねられた拓海は、うろたえた。
 ここで、三十分で五百円の方を選んでしまうと、自分の意見を押し通しただけだと思われてしまうかもしれない。
 かたや、十分で百円の方を選んでしまうと、安易に妥協したのだと思われてしまうかもしれない。
 拓海は、どちらかに決めかねた。救いを求めるように、三人の顔を見回す。
 「拓ちゃんが決めたことに、私は従うよ」七海が、エールを送ってきた。
 海斗と美咲も、頷く。
 三人の様子を目にした拓海に、金額についての迷いが生まれてきた。一時間で千円という金額は、やはり高いのではないだろうかという思いだった。
 高齢者は、年金だけで暮らしている人も多い。そうであれば、金銭感覚も、自分たちと変わらないのではないだろうか。
 自分自身が何かのサービスを利用する場合、一時間で千円という金額は高いと感じる。
 だから、十分で百円のほうが良いのかもしれない。時間の半端に対する不公平感も十分単位のほうが少ない。
 拓海は、十分百円の方で、と結論を口にした。
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