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 ゴールデンウィーク明けの初日に、ちょっとした事件が起こった。
 拓海たちが通う桜ヶ丘中学校の生徒が、ゴールデンウィーク期間中にアルバイトをしていたことが発覚したのだ。むろん、その生徒は、両親にも内緒で働いていた。
 全体朝礼で校長先生から注意を受けた後、教室でも、このことが取り上げられた。
 「みんな、校則は、何のためにあると思っているのかな?」担任の新垣先生が、生徒たちの顔を見回した。そのまなざしには、目力がこもっていた。拓海は、目を合わせないように視線をうつむけた。
 「○○。どう思う?」新垣先生が、クラスの一人を指名した。指名された生徒が、自信なさげに答える。
 「橋本。どう思う?」次に海斗が指名された。
 海斗が、起立した。助けを求めるように、拓海の方を見る。拓海は、視線を逸らせた。
 「決まりがないと、みなが好き勝手なことをするから……ですか?」海斗が答えた。
 「規律が乱れるからっていうのもあるな。それだけか?」新垣先生が、再び問う。
 「校則がなきゃいけないからですか?」
 「すべての学校が、ってことか?」
 「はい」
 「そんな決まりはないよ。校則は、学校が独自に設けているものだ」
 「……」
 「もう、座ってもいい」
 海斗が、席に着いた。
 さらに別の生徒が指名され、答えた。
 その生徒が席に着いた後に、新垣先生が、答えを口にした。
 「学校は、教育をするところだからだよ。しかも、教科を教えることだけが教育ではない。社会で生きていく力を教えることも教育なんだ。社会には、様々なルールがある。そして、社会という集団の中で生きていく以上、ルールを守らなければならない。ルールを守らない人間は、周囲からの信頼を失い、ペナルティを与えられ、つらい思いをしながら生きていかなければならなくなる。そのような目に遭わないために、子供のときからルールを守ることの大切さを肌で感じ取る必要があるんだ。そのために、校則というものがあるんだ……」
 生徒たちは、新垣先生の説教に聞き入った。
 「じゃあ、なぜ、アルバイトをしてはならないという校則があるのだと思う?」再び、新垣先生が、生徒たちの顔を見回した。
 「みんなのことを保護するためにだよ」新垣先生が、保護するという言葉を強調した。
 保護するとはどういう意味なのだろうかと、拓海は考えた。
 危ないことに巻き込まれないように、働いてはいけないということにしているのだろうか。それとも、親の知らないお金を手にすることで非行に走ることを防ぐという意味なのだろうか。
 「みんな、保護の意味がわかるか?」三度、新垣先生が、生徒たちの顔を見回した。
 「一つはだなぁ、キミたちが危険な目に遭うのを防ぐという意味だ。キミたちには、大人ほどの体力はない。しかし、雇う側は、大人と同じように働かそうとする。だから、キミたちが働くと、大人が働く以上に怪我や病気になる危険性が高くなる。体力の事だけではない。経験が少ないことも、危険につながるんだ。目の前に危ないことが迫った時に、経験豊富な大人であれば危険から逃れるための判断をすることができるが、経験の少ないキミたちは、ちゃんとした判断ができないことが多いはずだ」
 危ないことに巻き込まれることを防ぐという意味であった。
 「保護の意味は、それだけではない。義務教育の邪魔にならないようにするという意味もある。義務教育というのは、憲法上で保障されている教育を受ける権利をすべての国民が享受できるように作られたシステムなんだ。つまり、キミたちにとって、義務なんだよ。少なくとも、義務教育期間中は、教育を受けることが最優先だ。法律でも、義務教育期間中の人間を働かせる場合は、国や学校の許可や親の同意を得ることが求められているんだ」
 ゴールデンウィーク期間中に生徒を雇った会社は中学生であるということを知らずに働かせたようだが、年齢確認を怠った責任を追及されるのではないかということだった。
 拓海は、法律上、義務教育期間中の生徒を働かせる場合は国や学校の許可が必要なのだということを初めて知った。小学六年の時に、クラスの生徒で新聞配達をしている人間がいたが、彼が働いていた新聞販売店も、国や学校の許可を得ていたのだろうか。
 法律上、国や学校の許可が必要なのだということはクラスの誰もが知らなかったらしく、生徒たちは驚きの表情を浮かべていた。
 そんな中、新垣先生の説教が続けられた。顔の表情が厳しくなり、声も一段と大きくなる。
 「いいか。校則違反は、絶対にしてはいけないことなんだ! さっきも言ったように、キミたちが教育を受けるのは、義務なんだよ! キミたちが日本という国で生きていく以上は、絶対に教育を受けなければならないんだ。そして、校則を守ることも、教育の一部なんだよ。勝手に破ることなど、許されないことなんだ!」
 新垣先生が、教壇を叩いた。その音が、拓海の胸に突き刺さった。
 「みんな。先生の言うことを、わかるよな?」
 新垣先生から問われた生徒たちが、各々、小さな声で「はい」と返事をした。
 「声が小さい!」新垣先生が、大きな声で返事をするように促す。
 「はい!」生徒たちが、声を揃える。
 「よし。じゃあ、校則集を出してみろ」
 生徒たちが、カバンの中から校則集を取り出した。すべての校則が書かれている手帳サイズの冊子である。
 「みんなで読むぞ! まず、服装から。カッターシャツの第二ボタンより下は外さないこと……」
 新垣先生が、校則をひとつずつ読み上げていった。そのあとを、生徒たちが復唱する。
 すべての校則を読み終えたとき、タイミングよく、授業終了のチャイムが鳴った。
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