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26 猫の恩返し
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「ニャー!」
「うえぇっ!?」
突然猫の鳴き声が日曜日の寝室に響き、昼寝寸前だった僕は驚いた。ベッドから飛び起き、声がした方を見て目を見張る。
中途半端に開け放した扉の隙間に居たのは、天使のように真っ白な一匹の猫だったのだから。
「な、なんっ……!?」
理解を超えた物が突然目の前に現れ、僕は頭が真っ白になった。
何この猫。何処から入ってきたの?
1人息子が巣立ち夫婦2人暮らしになったうちは勿論、お隣さんだって猫は飼っていない筈。ご近所付き合いは妻に任せてるから知らないけど。
「野良猫か? ヤダナァ。ってあれ?」
猫に近付き気が付いた。
こいつ、緑と青のオッドアイじゃん。これは見覚えがあるぞ?
この前地元の寺に散歩に行った時、紐が足に絡まって歩きづらそうにしてた白猫だ!
興味無いから良く覚えてないけど、この辺には猫の昔話が残ってるとかで野良猫が多い。寺とかちょっとした集会所。結構怖い昔話だった気がするのに。
そんなんだからか寺のクソ住職は猫が1匹くらい困ってても何も思わないようで、白いのが困ってても無視。流石に可哀想で気まぐれで助けてやったんだ。
紐から解放されて嬉しそうだったそいつも、綺麗なオッドアイで。
「もしかしてお前、この前の奴じゃね!?」
僕は興奮した。
助けた猫が家に入って来るとかどんな偶然だよ! あっ恩返しに来たとか~?
「ニャー!」
あっさり僕に持ち上げられた白猫は、呼応するようにクシャッと嬉しそうに笑った。
「おおお……!」
そうそう僕だよー、とでも言ってるかのような反応にますます感動した。
もしかしてここが僕の家だって分かって入ってきたのか? え? 凄くね? 本当に恩返し?
「1階行こう! なっ!?」
この凄い偶然を妻に話したくて僕は鼻息荒く意気込んだ。
「ニャ~」
嬉しそうに返事する猫を抱えて部屋を出て、階段を降りようとした時。
「ニャッ!!」
腕の中に居た猫が突然暴れだしたのだ。それも激しく。
「うわっ!?」
「ニャー!」
階段を降りようとした時にそんな事されてみろ。
ジタバタ腕から抜け出した猫に引っ張られて、当然のようにグラリ、と重心が前に崩れた。
「あぶっ――!!」
最後まで叫ぶ前に、ガンッガンッガツッ! と僕は勢い良く顔から階段を落ちる事になってしまった。
「っ!!」
頭と全身を強打し、息も吸えなくなる程の激痛に襲われた。
「ぃ……」
全身を襲う激痛の中、僕はこの音に誰か──妻が気付いてくれる事を願ってリビングの方に視線を向けた。
「何の音!? ってっ!?」
その祈りが天に通じたのか、バタバタと足音がすぐ近くまで近付いてきて不意に止まった。
でも。
「たす……っ」
えっ何で動かないだよ? 夫が床に転がっているってのに。
「お……」
「貴方」
音のない廊下に妻の声が響く。
えっなんでそんな冷たい声今出すの。おかしいだろ!
激痛の中苛立ちを覚えた僕に気が付いたのか、フッと妻が笑った気がした。
「痛い? でもごめんね、助けは呼んであげない」
信じがたい淡々とした言葉に、僕は痛みも忘れて息を飲む。
え?
…………え?
「だって私、ずっと貴方に死んで貰いたかったのだから。普通家の階段から滑り落ちた位じゃ死なないのだけど、勢い良く落ちたら話は別なの。どうして1人でこんな馬鹿みたいな落ち方出来たか知らないけど、随分派手に落ちてくれて嬉しいわ。私の見立てじゃ貴方、このまま放置されてたら死ぬわよ」
妻が何を言っているか分からなかった。
僕に……死んで欲しかった? こいつ何言ってるんだ?
「ぅ……っ」
不可解な状況の説明が欲しくて激痛を我慢して僕は寝返り、冷たい目で僕を見下ろしている妻を見上げる。
「貴方、いざ結婚してみたら凄い自己中だったのだもの。家族サービスなんて数える程しかしてくれなかったわね。息子が居るから今まで我慢してたけど、あの子はもう家を出たから。でもまさか貴方がこんなに早く死ぬなんて! 貴方の介護もしなくて良いし遺族年金も貰えるし、なんて最高なのかしら!」
「な……っ」
確かに僕は自己中だったろうさ。育児は妻に任せきり、休日はずっと寝てたけど、さ……。
え? だから??
「まるで神様がご褒美をくれたかのようだわっ!」
喜びを露わにする妻を、思えば僕は初めて見たかもしれない。
「ニャッ!」
そんな妻に返事をするように猫は短く鳴き、妻の足元に擦り寄り──僕は愕然とした。
だってこの猫、妻の足が貫通して……透けてる!? それに先程から妻は猫の事を気にした様子が無い。
これって……もしかしてこの猫……僕にしか見えてない?
「……」
妻の事もショッキングだけど、こっちも同じくらいショッキングだ。息が出来ない。
そう言えば。
あれは確か10数年前、息子が小学校を卒業した年の春休みだったか。僕は走馬灯が如く昔の事を思い出していた。
妻が「偶には子供と遊んであげてよ」ってうるさいから、通勤途中にある地元の歴史博物館に息子を連れて行ってやったんだ。その時、地元にこんな昔話があると紹介していた。
曰く。
この地域の神様は死を司る。
人の死に敏感な神様は、オッドアイの白猫に化けて殺意を抱かれている気に入った人間に目星を付けるのだそう。そして後日会いに行って殺し手元に置くのだ、と。
って事は、だ。
この猫は僕を気に入ってる死神……!?
妻にも住職にも見えないわけだよ。妻が僕の死を望んでたのを嗅ぎ付けて、わざと階段から僕を落としたのか。
「じゃあね、次会う時はもう死んでると思うけど」
そう言い妻は僕を無視してリビングへ戻って行く。
「ちょ……たす…………!」
僕は廊下で放置されながら、迫りくる死にただただ歯を鳴らしていた。
もしかして妻は僕のこう言うところが嫌だったのかもしれないけど、それでも思わずにはいられなかった。
それくらいで長年連れ添った夫を殺すなよクソ女!!
と。
「ニャッニャー!」
何処か満足げな表情を浮かべている死神を「とんだ恩返しをしやがってっ!」と睨んだ直後、僕の意識はぷっつりと途絶えた。
「うえぇっ!?」
突然猫の鳴き声が日曜日の寝室に響き、昼寝寸前だった僕は驚いた。ベッドから飛び起き、声がした方を見て目を見張る。
中途半端に開け放した扉の隙間に居たのは、天使のように真っ白な一匹の猫だったのだから。
「な、なんっ……!?」
理解を超えた物が突然目の前に現れ、僕は頭が真っ白になった。
何この猫。何処から入ってきたの?
1人息子が巣立ち夫婦2人暮らしになったうちは勿論、お隣さんだって猫は飼っていない筈。ご近所付き合いは妻に任せてるから知らないけど。
「野良猫か? ヤダナァ。ってあれ?」
猫に近付き気が付いた。
こいつ、緑と青のオッドアイじゃん。これは見覚えがあるぞ?
この前地元の寺に散歩に行った時、紐が足に絡まって歩きづらそうにしてた白猫だ!
興味無いから良く覚えてないけど、この辺には猫の昔話が残ってるとかで野良猫が多い。寺とかちょっとした集会所。結構怖い昔話だった気がするのに。
そんなんだからか寺のクソ住職は猫が1匹くらい困ってても何も思わないようで、白いのが困ってても無視。流石に可哀想で気まぐれで助けてやったんだ。
紐から解放されて嬉しそうだったそいつも、綺麗なオッドアイで。
「もしかしてお前、この前の奴じゃね!?」
僕は興奮した。
助けた猫が家に入って来るとかどんな偶然だよ! あっ恩返しに来たとか~?
「ニャー!」
あっさり僕に持ち上げられた白猫は、呼応するようにクシャッと嬉しそうに笑った。
「おおお……!」
そうそう僕だよー、とでも言ってるかのような反応にますます感動した。
もしかしてここが僕の家だって分かって入ってきたのか? え? 凄くね? 本当に恩返し?
「1階行こう! なっ!?」
この凄い偶然を妻に話したくて僕は鼻息荒く意気込んだ。
「ニャ~」
嬉しそうに返事する猫を抱えて部屋を出て、階段を降りようとした時。
「ニャッ!!」
腕の中に居た猫が突然暴れだしたのだ。それも激しく。
「うわっ!?」
「ニャー!」
階段を降りようとした時にそんな事されてみろ。
ジタバタ腕から抜け出した猫に引っ張られて、当然のようにグラリ、と重心が前に崩れた。
「あぶっ――!!」
最後まで叫ぶ前に、ガンッガンッガツッ! と僕は勢い良く顔から階段を落ちる事になってしまった。
「っ!!」
頭と全身を強打し、息も吸えなくなる程の激痛に襲われた。
「ぃ……」
全身を襲う激痛の中、僕はこの音に誰か──妻が気付いてくれる事を願ってリビングの方に視線を向けた。
「何の音!? ってっ!?」
その祈りが天に通じたのか、バタバタと足音がすぐ近くまで近付いてきて不意に止まった。
でも。
「たす……っ」
えっ何で動かないだよ? 夫が床に転がっているってのに。
「お……」
「貴方」
音のない廊下に妻の声が響く。
えっなんでそんな冷たい声今出すの。おかしいだろ!
激痛の中苛立ちを覚えた僕に気が付いたのか、フッと妻が笑った気がした。
「痛い? でもごめんね、助けは呼んであげない」
信じがたい淡々とした言葉に、僕は痛みも忘れて息を飲む。
え?
…………え?
「だって私、ずっと貴方に死んで貰いたかったのだから。普通家の階段から滑り落ちた位じゃ死なないのだけど、勢い良く落ちたら話は別なの。どうして1人でこんな馬鹿みたいな落ち方出来たか知らないけど、随分派手に落ちてくれて嬉しいわ。私の見立てじゃ貴方、このまま放置されてたら死ぬわよ」
妻が何を言っているか分からなかった。
僕に……死んで欲しかった? こいつ何言ってるんだ?
「ぅ……っ」
不可解な状況の説明が欲しくて激痛を我慢して僕は寝返り、冷たい目で僕を見下ろしている妻を見上げる。
「貴方、いざ結婚してみたら凄い自己中だったのだもの。家族サービスなんて数える程しかしてくれなかったわね。息子が居るから今まで我慢してたけど、あの子はもう家を出たから。でもまさか貴方がこんなに早く死ぬなんて! 貴方の介護もしなくて良いし遺族年金も貰えるし、なんて最高なのかしら!」
「な……っ」
確かに僕は自己中だったろうさ。育児は妻に任せきり、休日はずっと寝てたけど、さ……。
え? だから??
「まるで神様がご褒美をくれたかのようだわっ!」
喜びを露わにする妻を、思えば僕は初めて見たかもしれない。
「ニャッ!」
そんな妻に返事をするように猫は短く鳴き、妻の足元に擦り寄り──僕は愕然とした。
だってこの猫、妻の足が貫通して……透けてる!? それに先程から妻は猫の事を気にした様子が無い。
これって……もしかしてこの猫……僕にしか見えてない?
「……」
妻の事もショッキングだけど、こっちも同じくらいショッキングだ。息が出来ない。
そう言えば。
あれは確か10数年前、息子が小学校を卒業した年の春休みだったか。僕は走馬灯が如く昔の事を思い出していた。
妻が「偶には子供と遊んであげてよ」ってうるさいから、通勤途中にある地元の歴史博物館に息子を連れて行ってやったんだ。その時、地元にこんな昔話があると紹介していた。
曰く。
この地域の神様は死を司る。
人の死に敏感な神様は、オッドアイの白猫に化けて殺意を抱かれている気に入った人間に目星を付けるのだそう。そして後日会いに行って殺し手元に置くのだ、と。
って事は、だ。
この猫は僕を気に入ってる死神……!?
妻にも住職にも見えないわけだよ。妻が僕の死を望んでたのを嗅ぎ付けて、わざと階段から僕を落としたのか。
「じゃあね、次会う時はもう死んでると思うけど」
そう言い妻は僕を無視してリビングへ戻って行く。
「ちょ……たす…………!」
僕は廊下で放置されながら、迫りくる死にただただ歯を鳴らしていた。
もしかして妻は僕のこう言うところが嫌だったのかもしれないけど、それでも思わずにはいられなかった。
それくらいで長年連れ添った夫を殺すなよクソ女!!
と。
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