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本編
17話 黒衣の令嬢
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馬車が静かに止まった。
「お嬢様、到着いたしました」
御者の声と共に扉が開かれた瞬間、彼の目が大きく見開かれる。
「お、お嬢様……?」
出発時とは別人のような気品に、戸惑いを隠せないようだ。
リゼナは穏やかに微笑んで、固まっている御者の手を取った。
「ありがとう。貴方のおかげで快適な旅だったわ」
(ふふ、反応を見るに魔法の効果は上々ね。このドレスも見違えたわ)
黒いドレスは、深い漆黒の中にダイヤの光沢を宿し、歩くたびに優雅に揺れ動いていた。
(遅れてしまったけれど、仕方ないわね。今朝の待ち合わせも遅い時間を教えられていたようだし)
そう思いながら会場の入り口へと歩を進める。
門番たちは彼女を見ると一瞬息を呑み、やがて困惑したように顔を見合わせた。なぜなら、すでに主要貴族は入場し、この後に入場する者は王族だけのはずだったからだ。
「失礼ですが、どちらのご令嬢でしょうか」
「リゼナ・ルクレシアよ」
「ル、ルクレシア公爵家のご令嬢!大変失礼いたしました!どうぞお通りください!」
門番は慌てて深々と頭を下げると、重厚な扉を押し開ける。
リゼナは優雅に頷くと、堂々と会場へ足を踏み入れた。
瞬間、会場の空気が変わる。談笑していた貴族たちが一斉にこちらを振り返った。
「あれは…誰かしら?」
「どちらの令嬢だ?初めて見るな」
ひそひそと交わされる声が、波紋のように広がっていく。
来賓を紹介するバトラーでさえ、漆黒のドレスとそれを纏う令嬢の美しさに、完全に見惚れている。
「……なんという美しさだ」
バトラーの口から、思わず感嘆の声が漏れた。
はっと我に返った彼は、咳払いをすると朗々と声を張り上げる。
「ルクレシア公爵家ご令嬢、リゼナ・ルクレシア様のご到着でございます!」
その声が会場に響き渡ると、貴族たちの間にさらなるざわめきが広がった。
「ルクレシア公爵家に、あんなご令嬢がいらしたの?」
「まさか、あの病弱だというご長女のことか?」
会場のざわめきが一層大きくなる中、リゼナは堂々と会場を進んでいく。
(まずは愛しい妹に挨拶しないとね。黒いドレスを着た私が来るのを、さぞかし心待ちにしているでしょうから)
会場の中央付近で、見覚えのある黄色い髪を見つける。
桜色のドレスを着たリリアナは、石のように固まっていた。
「リリー、遅くなってごめんなさい。準備に手間取ってしまって」
リリアナはまだ言葉が出ないようだったが、気にせず続ける。
「素敵なドレスね。桜色がリリーの髪色にとてもよく似合っているわ」
「お、姉様……」
ようやく我に返ったリリアナは、慌てて笑顔を取り繕う。
「いいえ、お姉様こそ……その黒いドレス、とても印象的ですわ」
動揺しながらも、当たり障りのない褒め言葉を返した。
「そう言ってもらえて嬉しいわ。リリーが選んでくれたドレスはやっぱりセンスがいいわね」
そう微笑んだ瞬間、場の空気が凍りつく。
「「「……」」」
令嬢たちの間に、微妙な緊張が走った。
アメリアに至っては、扇子の陰で眉をひそめていた。
黒は忌み嫌われる色として、それをプレゼントするということは、明らかな侮辱を意味するのではないか。
令嬢たちは皆、リリアナがその意味を知らないはずはないと考えていた。
本人も、人前が苦手でいつも黙っていた姉がまさかこんな場で口にするとは思わず、一瞬だけ目を見開いていたが、すぐに優雅な微笑みを浮かべる。
「センスが良いだなんて…朝にもお話ししましたけれど、ようやく見つけたのがこのドレスだったんですよ。クラシックなデザインでお姉様にぴったりだと思ったのですが、予想以上に気に入ってくださって、本当によかったですわ」
堂々とした返答に令嬢たちは少し安心したようだったが、黒いドレスへの疑問は消えていない。
「お姉様は昔から独特な好みをお持ちでしたし、目立つのが嫌いでいつも控えめで落ち着いた色ばかり選んでいましたからね…。だから、このドレスを見た時の嬉しそうなお顔を見て、やはりお姉様らしいなと!黒は究極に控えめな色ですものね!」
そう無邪気に語る姿に、令嬢たちは顔を見合わせる。
目立つのを嫌い、控えめな服ばかり好む内気な姉であれば、地味な色を選ぶのも分かる。
――だが忌み色の黒は、地味どころか悪目立ちするのでは?
その疑問を口にする者は、誰もいなかった。
「そうね、私の好みを理解してくれているのは嬉しいわ。おかげで、今夜は特別な夜になりそうよ。本当にありがとう、リリー」
「姉妹ですもの、当然のことですわ。またお姉様のために何かできることがあれば、いつでもおっしゃってください」
リリアナはさらりと答えるが、堂々と振る舞うリゼナの姿に扇子を持つ手がわずかに強張る。
「ところで、リリー。せっかくの機会だから、皆様にご紹介していただけるかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、リリアナの瞳に喜色が浮かぶ。
「もちろんですわ、お姉様!」
声に明らかな弾みが混じるリリアナの反応を視界の端に捉えながら、リゼナは令嬢たちに視線を向けると、恥ずかしそうに微笑んだ。
「初めてお目にかかる方ばかりで、少し緊張しているの。体調を崩しがちで、こういった場に出られなかったから…。作法も本で読んだだけで、実践は初めてだから、何か失礼があったらごめんなさいね」
その言葉に令嬢たちが微笑みかけたとき、リリアナが一歩前に出た。
「ずっとお部屋で本ばかり読んでいらしたんですもの。とてもお勉強熱心で私も見習いたいくらいですが、実際の社交界は少し違いますから…何かあったら私がお助けしますわね、お姉様」
リリアナが優しく微笑む。姉を気遣う妹にしか見えないが、その言葉は経験のなさをさりげなく周囲に印象づけていた。
「…リリーがいてくれて、本当に心強いわ。一人だったら、きっと隅の方で立ち尽くしていたわね」
くすりと笑いながら言う謙虚な言葉に、令嬢たちの表情が和らぐ。
黒いドレスへの違和感は残っているものの、初めてパーティーに参加する令嬢への同情心が芽生え始めていた。
リリアナは完璧な笑顔を張り付け、優雅に令嬢たちの方へ向き直った。
「もちろんですわ、お姉様!皆様をご紹介させていただきますね」
「お嬢様、到着いたしました」
御者の声と共に扉が開かれた瞬間、彼の目が大きく見開かれる。
「お、お嬢様……?」
出発時とは別人のような気品に、戸惑いを隠せないようだ。
リゼナは穏やかに微笑んで、固まっている御者の手を取った。
「ありがとう。貴方のおかげで快適な旅だったわ」
(ふふ、反応を見るに魔法の効果は上々ね。このドレスも見違えたわ)
黒いドレスは、深い漆黒の中にダイヤの光沢を宿し、歩くたびに優雅に揺れ動いていた。
(遅れてしまったけれど、仕方ないわね。今朝の待ち合わせも遅い時間を教えられていたようだし)
そう思いながら会場の入り口へと歩を進める。
門番たちは彼女を見ると一瞬息を呑み、やがて困惑したように顔を見合わせた。なぜなら、すでに主要貴族は入場し、この後に入場する者は王族だけのはずだったからだ。
「失礼ですが、どちらのご令嬢でしょうか」
「リゼナ・ルクレシアよ」
「ル、ルクレシア公爵家のご令嬢!大変失礼いたしました!どうぞお通りください!」
門番は慌てて深々と頭を下げると、重厚な扉を押し開ける。
リゼナは優雅に頷くと、堂々と会場へ足を踏み入れた。
瞬間、会場の空気が変わる。談笑していた貴族たちが一斉にこちらを振り返った。
「あれは…誰かしら?」
「どちらの令嬢だ?初めて見るな」
ひそひそと交わされる声が、波紋のように広がっていく。
来賓を紹介するバトラーでさえ、漆黒のドレスとそれを纏う令嬢の美しさに、完全に見惚れている。
「……なんという美しさだ」
バトラーの口から、思わず感嘆の声が漏れた。
はっと我に返った彼は、咳払いをすると朗々と声を張り上げる。
「ルクレシア公爵家ご令嬢、リゼナ・ルクレシア様のご到着でございます!」
その声が会場に響き渡ると、貴族たちの間にさらなるざわめきが広がった。
「ルクレシア公爵家に、あんなご令嬢がいらしたの?」
「まさか、あの病弱だというご長女のことか?」
会場のざわめきが一層大きくなる中、リゼナは堂々と会場を進んでいく。
(まずは愛しい妹に挨拶しないとね。黒いドレスを着た私が来るのを、さぞかし心待ちにしているでしょうから)
会場の中央付近で、見覚えのある黄色い髪を見つける。
桜色のドレスを着たリリアナは、石のように固まっていた。
「リリー、遅くなってごめんなさい。準備に手間取ってしまって」
リリアナはまだ言葉が出ないようだったが、気にせず続ける。
「素敵なドレスね。桜色がリリーの髪色にとてもよく似合っているわ」
「お、姉様……」
ようやく我に返ったリリアナは、慌てて笑顔を取り繕う。
「いいえ、お姉様こそ……その黒いドレス、とても印象的ですわ」
動揺しながらも、当たり障りのない褒め言葉を返した。
「そう言ってもらえて嬉しいわ。リリーが選んでくれたドレスはやっぱりセンスがいいわね」
そう微笑んだ瞬間、場の空気が凍りつく。
「「「……」」」
令嬢たちの間に、微妙な緊張が走った。
アメリアに至っては、扇子の陰で眉をひそめていた。
黒は忌み嫌われる色として、それをプレゼントするということは、明らかな侮辱を意味するのではないか。
令嬢たちは皆、リリアナがその意味を知らないはずはないと考えていた。
本人も、人前が苦手でいつも黙っていた姉がまさかこんな場で口にするとは思わず、一瞬だけ目を見開いていたが、すぐに優雅な微笑みを浮かべる。
「センスが良いだなんて…朝にもお話ししましたけれど、ようやく見つけたのがこのドレスだったんですよ。クラシックなデザインでお姉様にぴったりだと思ったのですが、予想以上に気に入ってくださって、本当によかったですわ」
堂々とした返答に令嬢たちは少し安心したようだったが、黒いドレスへの疑問は消えていない。
「お姉様は昔から独特な好みをお持ちでしたし、目立つのが嫌いでいつも控えめで落ち着いた色ばかり選んでいましたからね…。だから、このドレスを見た時の嬉しそうなお顔を見て、やはりお姉様らしいなと!黒は究極に控えめな色ですものね!」
そう無邪気に語る姿に、令嬢たちは顔を見合わせる。
目立つのを嫌い、控えめな服ばかり好む内気な姉であれば、地味な色を選ぶのも分かる。
――だが忌み色の黒は、地味どころか悪目立ちするのでは?
その疑問を口にする者は、誰もいなかった。
「そうね、私の好みを理解してくれているのは嬉しいわ。おかげで、今夜は特別な夜になりそうよ。本当にありがとう、リリー」
「姉妹ですもの、当然のことですわ。またお姉様のために何かできることがあれば、いつでもおっしゃってください」
リリアナはさらりと答えるが、堂々と振る舞うリゼナの姿に扇子を持つ手がわずかに強張る。
「ところで、リリー。せっかくの機会だから、皆様にご紹介していただけるかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、リリアナの瞳に喜色が浮かぶ。
「もちろんですわ、お姉様!」
声に明らかな弾みが混じるリリアナの反応を視界の端に捉えながら、リゼナは令嬢たちに視線を向けると、恥ずかしそうに微笑んだ。
「初めてお目にかかる方ばかりで、少し緊張しているの。体調を崩しがちで、こういった場に出られなかったから…。作法も本で読んだだけで、実践は初めてだから、何か失礼があったらごめんなさいね」
その言葉に令嬢たちが微笑みかけたとき、リリアナが一歩前に出た。
「ずっとお部屋で本ばかり読んでいらしたんですもの。とてもお勉強熱心で私も見習いたいくらいですが、実際の社交界は少し違いますから…何かあったら私がお助けしますわね、お姉様」
リリアナが優しく微笑む。姉を気遣う妹にしか見えないが、その言葉は経験のなさをさりげなく周囲に印象づけていた。
「…リリーがいてくれて、本当に心強いわ。一人だったら、きっと隅の方で立ち尽くしていたわね」
くすりと笑いながら言う謙虚な言葉に、令嬢たちの表情が和らぐ。
黒いドレスへの違和感は残っているものの、初めてパーティーに参加する令嬢への同情心が芽生え始めていた。
リリアナは完璧な笑顔を張り付け、優雅に令嬢たちの方へ向き直った。
「もちろんですわ、お姉様!皆様をご紹介させていただきますね」
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