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第六話 小さい頃の記憶
しおりを挟む俺は家族のことを疑ってしまっている。
メイジスが置いた目の前の手紙は、自分をさらなる不幸へ叩き込む落とし穴への招待状ではないのかと。
「……悪いけど素直にメイジス兄さまの出してくれる助け舟には乗れないよ。本心で言っているかが分からないんだ」
自分の言うことは無責任だった。
あれだけ父に家族への愛を裏切ったと啖呵を切っておいて、今はメイジスを信頼することがこんなにも難しいと感じているのだ。
メイジスを見る。理知的な青い瞳が、まっすぐに見返してくる。メイジスは言葉を挟まず、ただ待っている。
「ワイズ兄さまが俺に魔法を使った嫌がらせをしてくるのは知ってるだろ? 俺はワイズ兄さまを理解していたつもりだったけど、優秀な魔法使いじゃないことで、あれだけ目の敵にする人だなんて知らなかった」
他人を知るのは難しい。仲のよかったワイズのことさえ知らないことばかりだった。
ならば、どうしてロクに話さないメイジスの本心が分かるだろうか。
「今メイジス兄さまはどっち? 本心なのか、嘘なのか。どう信じればいいのか……分からない」
心情を吐き出す。
だんだんと自分の思考が整理されていくのを感じた。もやがかかったように不透明だった心や感情をコントロールできるようになっていく。
俺は、裏切られるのが怖い。恐ろしい。
父にワイズ、ふたりに嫌われて裏切られて、もう自分は嫌われてしまうことに諦めたつもりでいた。痛みに慣れたはずの心は、それでもなおメイジスに嫌われたらと思うと生々しく、初めて知る痛みのように新鮮な傷口を胸に刻む。
だけど疑問に思う。
どうして苦手とさえ思っている、このメイジスに裏切られることがそれほど恐ろしいと感じるのか。慕っていた父とワイズ、そのふたりへの想いと釣り合うことが不思議だった。
「ラルク……、裏切られて、人を信じることがとびきり難しく感じるようになるのは分かるよ。だけど心を他人に委ねることはできないから、自分の気持ちは自分で決めるしかないんだよ」
同情し、諭すように語りかけるメイジスの声が、どこか古い記憶に刺激を与える。子供の頃だ、俺は今よりずっと小さい頃にこの声を毎日聞いていた。
夜の静かな世界が集中力を高め、古い記憶を呼び起こそうとする。
「僕を信じるかはラルクが決めること。この先どうするかだけじゃなく、僕の手が必要かも決めるんだ」
月明かりが差し込んで、メイジスの日にあたっていないため不健康に白い顔をあらわにする。
俺は思い出した。俺はメイジスのことが苦手ではなかった。小さい頃は本当に大好きだった。
いつも俺の世界はこの屋敷の中だけだった。毎日が同じ、焼き増しのように繰り返される。それがちっとも辛く退屈と感じなかったのはメイジスがいつも隣にいたからだ。
メイジスは毎日本を読んでくれた。外の世界の話や魔法使いの物語、魔法のこと、動物や魔法生物のこと。俺が聞くと、メイジスは優しくなんでも答えてくれた。
いつからかメイジスは書庫にこもるようになった。
メイジスの隣は俺ではなく、賢そうな大人の魔法使いがいるようになっていた。彼らは魔法についてだけではなく、学問のことをたくさん教えたり話したりしていて、メイジスはとても熱心な顔をしていた。
それを見て思ったのだ。俺はメイジスに何もしてあげていなかった。だから離れていったのだと。
俺は一緒にいるのが申し訳なくなり、恥ずかしかった。いつか、マクスヴェルの魔法使いに認められたらその隣に戻れると期待を寄せていた。
だから、十歳になって魔法使いの才能を認められた時、まっさきに魔法を見せにいこうとしていた相手は、他でもないメイジスだったはずなのに。
どうして忘れてしまったのだ。
痛い。
心がズキズキと痛み、堪えきれず目に映る世界が水たまりに沈んだ。
胸の痛みは、父にマクスヴェルを名乗るなと言われた時より、ワイズに魔法で攻撃された時より百倍強く胸を締め上げる。
「ごめん、俺……ごめん…………!」
どうして裏切られるのが怖いのか。
それは、相手のことを大切にしていればいるほど、愛情があればあるほど、裏切られた時には深く胸にナイフが突き立つのだと、この数日で俺は知っていた。
皮肉なことに、その痛みの大きさを予期したからこそ、俺は大事な思い出を掘り返すことができた。
だが、今更だ。
「ラルク? 男が簡単に泣くものじゃないだろ。……けど今夜は風が強くて森がうるさいから、いいよ」
「ッズ、グス……うん…………」
メイジスの声が降りかかる。昔とは違う声が重なるように聞こえるのは、あの頃と同じぐらいの優しさを今のメイジスにも望む身勝手な願望のせいだ。
もうとっくの昔にメイジスから見放されている。そのうえ何年もずっと、空っぽの時間を積み上げてしまった。
俺は魔法使いの才能より大事だと信じていた家族の愛が、裏切るより取り返しのつかない形で失われていたことを自覚した。
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