優しい追放の物語

ご機嫌なネコ

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第七話 旅立ちの用意

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 森をざわめかせる強い風が止んだ頃、迷いはもう晴れていた。

 今目の前のメイジスを信じるのは難しい。
 だが俺は家族を信じたかった。俺は過去のメイジスを考えた。そして毎日、本の話をしてくれる大好きだったメイジスのことなら信じられた。その延長にいる今のメイジスなら信じられたのだ。

 信じたからには、聞かなければならないことがあった。

「メイジス兄さまは、魔法使いの才能がない人間はマクスヴェルにいてはいけないと思う?」

 それは俺の最も恐れる問いだった。答え次第で、最大のコンプレックスを刺激するだろう問いだ。
 しかしそれを見ないようにすることは許されない。
 信じるからには、相手が俺をどう見ているかに目を背けてはならないと思った。

「……ラルク。居場所とは手に入れがたいものだ。時には対価や条件を求められる。唯一家族は無条件で与えられるものだが、しかしマクスヴェルは純血の家系だ。血から何も受け継がなかったお前は、ここを居場所にしてはならないのかもしれない」

 メイジスが語る。俺は唇を噛んだ。
 俺の中には、まだ優秀な魔法使いになると信じ切っていた頃の自分がいる。そして魔法使いの才能がないことを確認するたびに、そいつは締め付けられるような苦しさを思い出させるのだ。

 ただ今回それより堪えたのは、メイジスの言葉が、俺がマクスヴェルであることを否定するように聞こえたことだった。

「……だが僕は、お前が何も持っていないとは思わない」

 俺は俯いた顔を上げた。メイジスは俺を見ていた。
 その目は俺の嫌いな、哀れみの視線ではなかった。

「それを正しく周りに向けることができたのなら、いずれ必ず、マクスヴェルに代わるお前の居場所が見つかるよ」

 そうやって最後に俺への信頼で締めくくるメイジスは、やはり記憶と重なってしまうほど優しかった。
 俺は泣かなかった。涙を隠す風はもう止んだのだ。

「ありがとう。決めたよ。俺は外の世界に行く……メイジス兄さまの手紙もありがたく受け取るよ」

 真ん中の手紙を取る。それは何の変哲もない手紙だったが、俺には不思議な温かさがあるように感じた。

「迷宮都市の理事? それでいいのか?」
「うん。これがいい」

 俺が選んだのは迷宮都市の理事へあてた手紙だ。

 本当なら俺は屋敷を離れたくはなかった。ここは俺の家で、三人の家族がいて、生まれてからすべての記憶が残る大切な居場所だからだ。

 だから戻ってこよう。今は生きるため外に行く。
 いつか三流以下なんて言わせないくらいに強く、マクスヴェルに相応しい魔法使いになって帰ってくる。

 俺は迷宮都市でならそれが叶うと知っていた。

「分かった。ではこれを持っていけ」
「それは……ポーチ? 中身は何が?」

 渡されたのは小さな鞄、ベルトで腰につけられるタイプのポーチだ。滑らかな黒の皮、頑丈そうな金具がつけられている。

「旅に必要な食料と水筒、銀貨を十枚入れてある。魔法のかかった品物だから容量は見た目よりずいぶん多い。それだけでも街まで保つだろう」

 驚いて俺は手に持ったポーチを取り落としかけた。
 魔法の鞄は裕福な魔法使いの一家が、子供の成人祝いで送るような品物だ。自分が持っていくには過ぎた装備と言えた。

「魔法の鞄って珍しいものだろ! いくらなんでも受け取れない」
「いい道具というのは適度に使い込まれて、よく手入れされたものだ。この杖のように、観賞用にしていてはこうはなれない」

 そう言って見せられた杖はメイジスに馴染んでいる様子だった。それに、大切に扱っているとひと目でわかるくらいに根本のグリフォンの顔が満足げに光沢を放っていた。

「……大切に使うよ」

 結局魔法の鞄を受け取った。
 ここで突き返してもメイジスは喜ばない。せめて丁寧に使うことが自分にできる恩返しだった。

「迷宮都市への道は、屋敷を囲う森の南側を走る街道から続いている。途中乗合馬車とすれ違うだろうから運賃を払って乗せてもらうといい」
「行き先は分かったけど、家には人払いの結界があるよ。どうするの?」

 外に出ると聞いた時からチラついていた疑問だが、メイジスは屋敷を守る結界をどうするつもりだろうか。
 マクスヴェルの屋敷には許可を持たない、あらゆる人間の立ち入りを封じる人払いの結界がある。それを突破するのはいくらなんでも難しいように感じた。

「僕の魔法をかける。お前をネズミに変える魔法だ。人払いは小動物なら対象外だから、結界を抜けて屋敷を出れる」
「ネズミか……」

 なんでも動物に変えてしまうメイジスの魔法で俺の姿を変えてしまえば結界をすり抜けるのは可能かもしれない。しかし俺は自分がネズミになるという、新たな不安が誕生した。
 もし屋敷の中でメイジスのペットに紛れ込んだらと想像するが、あまりいい気分にはならなそうだった。

「もういいか?」

 俺は覚悟を決めた。

「うん。ありがとう。愛してるよ、メイジス兄さま」
「……これからがんばれよ。動物変化アニマライズ

 杖から紫色の筋が伸びて、俺の体を包み込む。目元を塞がれ屋敷の光景が見れなくなってすぐ、深い闇へと誘われた。
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