優しい追放の物語

ご機嫌なネコ

文字の大きさ
7 / 9

第七話 旅立ちの用意

しおりを挟む

 森をざわめかせる強い風が止んだ頃、迷いはもう晴れていた。

 今目の前のメイジスを信じるのは難しい。
 だが俺は家族を信じたかった。俺は過去のメイジスを考えた。そして毎日、本の話をしてくれる大好きだったメイジスのことなら信じられた。その延長にいる今のメイジスなら信じられたのだ。

 信じたからには、聞かなければならないことがあった。

「メイジス兄さまは、魔法使いの才能がない人間はマクスヴェルにいてはいけないと思う?」

 それは俺の最も恐れる問いだった。答え次第で、最大のコンプレックスを刺激するだろう問いだ。
 しかしそれを見ないようにすることは許されない。
 信じるからには、相手が俺をどう見ているかに目を背けてはならないと思った。

「……ラルク。居場所とは手に入れがたいものだ。時には対価や条件を求められる。唯一家族は無条件で与えられるものだが、しかしマクスヴェルは純血の家系だ。血から何も受け継がなかったお前は、ここを居場所にしてはならないのかもしれない」

 メイジスが語る。俺は唇を噛んだ。
 俺の中には、まだ優秀な魔法使いになると信じ切っていた頃の自分がいる。そして魔法使いの才能がないことを確認するたびに、そいつは締め付けられるような苦しさを思い出させるのだ。

 ただ今回それより堪えたのは、メイジスの言葉が、俺がマクスヴェルであることを否定するように聞こえたことだった。

「……だが僕は、お前が何も持っていないとは思わない」

 俺は俯いた顔を上げた。メイジスは俺を見ていた。
 その目は俺の嫌いな、哀れみの視線ではなかった。

「それを正しく周りに向けることができたのなら、いずれ必ず、マクスヴェルに代わるお前の居場所が見つかるよ」

 そうやって最後に俺への信頼で締めくくるメイジスは、やはり記憶と重なってしまうほど優しかった。
 俺は泣かなかった。涙を隠す風はもう止んだのだ。

「ありがとう。決めたよ。俺は外の世界に行く……メイジス兄さまの手紙もありがたく受け取るよ」

 真ん中の手紙を取る。それは何の変哲もない手紙だったが、俺には不思議な温かさがあるように感じた。

「迷宮都市の理事? それでいいのか?」
「うん。これがいい」

 俺が選んだのは迷宮都市の理事へあてた手紙だ。

 本当なら俺は屋敷を離れたくはなかった。ここは俺の家で、三人の家族がいて、生まれてからすべての記憶が残る大切な居場所だからだ。

 だから戻ってこよう。今は生きるため外に行く。
 いつか三流以下なんて言わせないくらいに強く、マクスヴェルに相応しい魔法使いになって帰ってくる。

 俺は迷宮都市でならそれが叶うと知っていた。

「分かった。ではこれを持っていけ」
「それは……ポーチ? 中身は何が?」

 渡されたのは小さな鞄、ベルトで腰につけられるタイプのポーチだ。滑らかな黒の皮、頑丈そうな金具がつけられている。

「旅に必要な食料と水筒、銀貨を十枚入れてある。魔法のかかった品物だから容量は見た目よりずいぶん多い。それだけでも街まで保つだろう」

 驚いて俺は手に持ったポーチを取り落としかけた。
 魔法の鞄は裕福な魔法使いの一家が、子供の成人祝いで送るような品物だ。自分が持っていくには過ぎた装備と言えた。

「魔法の鞄って珍しいものだろ! いくらなんでも受け取れない」
「いい道具というのは適度に使い込まれて、よく手入れされたものだ。この杖のように、観賞用にしていてはこうはなれない」

 そう言って見せられた杖はメイジスに馴染んでいる様子だった。それに、大切に扱っているとひと目でわかるくらいに根本のグリフォンの顔が満足げに光沢を放っていた。

「……大切に使うよ」

 結局魔法の鞄を受け取った。
 ここで突き返してもメイジスは喜ばない。せめて丁寧に使うことが自分にできる恩返しだった。

「迷宮都市への道は、屋敷を囲う森の南側を走る街道から続いている。途中乗合馬車とすれ違うだろうから運賃を払って乗せてもらうといい」
「行き先は分かったけど、家には人払いの結界があるよ。どうするの?」

 外に出ると聞いた時からチラついていた疑問だが、メイジスは屋敷を守る結界をどうするつもりだろうか。
 マクスヴェルの屋敷には許可を持たない、あらゆる人間の立ち入りを封じる人払いの結界がある。それを突破するのはいくらなんでも難しいように感じた。

「僕の魔法をかける。お前をネズミに変える魔法だ。人払いは小動物なら対象外だから、結界を抜けて屋敷を出れる」
「ネズミか……」

 なんでも動物に変えてしまうメイジスの魔法で俺の姿を変えてしまえば結界をすり抜けるのは可能かもしれない。しかし俺は自分がネズミになるという、新たな不安が誕生した。
 もし屋敷の中でメイジスのペットに紛れ込んだらと想像するが、あまりいい気分にはならなそうだった。

「もういいか?」

 俺は覚悟を決めた。

「うん。ありがとう。愛してるよ、メイジス兄さま」
「……これからがんばれよ。動物変化アニマライズ

 杖から紫色の筋が伸びて、俺の体を包み込む。目元を塞がれ屋敷の光景が見れなくなってすぐ、深い闇へと誘われた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

処理中です...