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第九章 夏季休業

おにごっこ

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 マリアは呆然と数を数えることすら忘れて、その背を視線で追いかける。
 エーアリアスはその視線に気づいているのかいないのか、一切振り返ることなく、柱まであと数歩というところで強く地面を蹴って跳び上がった。

「えっ?」

 そのまま柱の中程を蹴ると、その上部から伸びていた足場を手で掴み、ぶら下がった。

「よっと」

 そして軽く遠心力をつけてその場で半回転し、足場に跳び移った。その際にスカートの裾が翻り、白い太ももとそこに黒い革製のベルトによって装着された細身の短剣の姿を覗かせる。

「あれ?」

 下を一瞥し、そこでようやくマリアが固まっていることに気づき、不思議そうな顔をする。

「数えないの?」
「えっ? あっ……」
「まあだからって、待ってやる気はさらさらないの。ちゃんとそこで数えるのよ」

 悪戯っぽく笑うと、エーアリアスはまた逃げ出した。

「こっちの意思を聞く気はないんだね……」

 短く溜息を吐くと、マリアは冷たい目で微笑んだ。

「そっちがその気なら、私だって手加減してあげないんだからね」

 小さくそう呟くと、ゆっくりと数字を数え始めた。

「……9、……10」

 数えている間に先ほどの3倍ほどの距離を取られ、すっかり小さくなってしまったエーアリアスの姿をその瞳で捉えると、無表情に小さく呟いた。

「『《身体強化》』」

 そして数歩の助走の後にジャンプすると、危なげなく一番最初にエーアリアスの立っていた位置に着地をする。

「ん~、これぐらいなら大丈夫か」

 足場の強度を確かめるように、何度か力を込めると、マリアは満足気に笑った。

「とうっ!」
「ええっ!?」

 軽く足もとを蹴ったようにしか見えなかったにも関わらず、みるみるうちに近づいてくるマリアの姿に、エーアリアスは驚愕の声を上げた。
 マリアがあと数歩という距離まで迫る。

「……でも、甘いの」

 エーアリアスは体を捻ることで体をマリアの方に向き直らせながら距離を新たに取るべく跳ねた。
 マリアの伸ばした右手はエーアリアスの長い髪に触れるか触れないかというところで空を切る。
 だがエーアリアスの方も避けた方向に足場はなかった。重力に従って落下しながら、器用に身を捻ることで衝撃を殺しながら床に着地する。

「……そんなのあり?」

 脱兎のごとく逃走を再開させたエーアリアスにマリアの口から呆然とした呟きが漏れる。

「……まったく、アルといい国王様といいリアといい、王族の基準ってどうなってるんだろう……?」

 溜息混じりの独り言を溢しながらも、マリアも追跡を再開させた。
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