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姫、歌を詠む

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「目上の方を差し置いて、私から先に詠むなど畏れ多いことです。それに、私は湯殿の火焚き女。歌など詠めるはずもありません」

 姫は遠慮していた。これ以上、ここで自分が何かするのは生意気すぎると思ったからだ。
(私は雇われていた身分だし、新参者だし。目立つことをして、これ以上憎まれるようなことになったら……)

 ずっと俯き加減だったにのさまが、顔を上げて姫を見据え、強い調子で言った。
「何を仰るの? 今日はあなたのお披露目の日なのよ。いわばあなたが主賓しゅひんなのですから、最初にお歌を詠んで下さらなくては」

「にのさまの言うとおりですわ。……でも、そうね。何か、お題が必要かしら。春夏秋冬の花を詠む、なんてどう?」
 いっちひめの言葉に仕方なく、姫は用意された色紙と筆を手に取った。

(歌なんか、すぐに詠めるもんじゃないわ。手蹟も楽しみ! どうせ下手くそな歌を下手くそな手蹟認めてしたためて、お茶を濁すつもりよね。さぁて、どうやって笑い者にしてやろうかな)

 いっちひめの思考は、姫の「出来ましてございます」という言葉に遮られ、彼女は「ぷはっ」と変な声を漏らした。

「もう出来たの?!」
 いっちひめの問いに、姫が恥ずかしそうに微笑む。
 姫から大蔵、そして北の方に色紙が渡され、色紙を見た北の方は驚きの声を上げた。
「なんと見事な!」

 北の方はまず、姫の手蹟の見事さに唸り、歌のうまさに感嘆した。
 春夏秋冬の花、春は桜、夏は橘、秋は菊、冬は寒梅。
 四季を彩る大和国の花全てが美しく、人間である私たちが比較するのは烏滸がましい、といった歌であった。

(その通りだわ。
 嫁比べも同じこと。
 私たちが人間の優劣を競うなど、失礼極まりないこと。
 神仏や地獄の閻魔様でもあるまいに)

 北の方は恥ずかしくなった。提案してきた大蔵など涙目である。



【註】
 手蹟)書いた文字、筆跡のこと。
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