姫の歳月〜貴公子に見染められた異形の姫は永遠の契りで溺愛される

姫は幸せを掴みました

　
　“ 嫁比べ ” のあと、晴れて宰相君の妻と認められた姫は、彼と共に “ 竹の御殿 ” と呼ばれる屋敷に移った。姫は、大蔵をはじめとして、何十人もの女房にお仕えされ、“ 奥方さま ” と呼ばれる御身分となった。

　夫は、相変わらず朝な夕な、姫に愛を囁いてくる。
　姫は時々、今の生活は本当のことかしら、ずっと夢を見ているのではないかしら、と思ったりする。

　しかし、宰相君は御殿にいる間は、片時も姫から離れず、彼女の体のどこかしらに密着している。その姿は、
「奥方さまに触らないと死ぬ病やまひでございますか？」
　と大蔵に呆れられる有様。


「いやぁ、それは仕方ないのではないですか？」
　そう言って笑うのは明石左馬介。
　宰相君が頭領となられたので、明石はそれに従って、山蔭卿の館から竹の御殿のほうへ移ってきていた。

「鉢ーーじゃなくて。奥方さまのお姿を見た男は皆、宰相君さまを羨ましく思っていますからね。ひどい奴になると、『奥方さまみたいな姫君と一度でも契ることができたら死んでもいいんちゃう？』なんて、戯言ざれごとを言ってるくらいですから。でも、その気持ちはわからないでもない」

　大蔵は、『検非違使どのおまわりさん、こいつです』と心の中で呟き、
「いと、むくつけしキッショ！」
　と、一言で切って捨てた。
　しかし、（それも無理ないかも）とも、大蔵は思っている。

　姫は毎日、観音さまと亡き母上に祈りを捧げているが、その真剣な表情や、女房たちと談笑する時の愛くるしいさまは、『いつまでも見ていたい』という気持ちを、大蔵に起こさせるものだったからだ。


　やがて、姫と宰相君の間には、最初の男のお子様が生まれ、その後もたくさんのお子様に恵まれた。
　姫は可愛いお子様方を見るにつけ、亡き母上に会わせたかったと残念に思い、交野の父上はどうされているのだろう、と思い出す日々である。




【註】
　検非違使けびゐし）平安時代初期に諸国に設置された、警察や司法を司る役所。