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44・後は若い者同士で
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小百合が竹村係長の自宅エアコンに現れたのは今朝方のこと。竹村係長は小百合の存在を知っていたけれど、さすがに突然現れたのには驚いたようだ。それは私も同じ。小百合は、うちのエアコンに住み着いている妖だったはずなのに。
「結恵の家のエアコンに寿命が近づいているのは、前々から分かってたよ。何せ、製造されてあの家に取り付けられてもう十三年だよ? これだけ酷使されて、よくもった方だよ」
そんな骨董品だったのか。
「ま、私が依り代にしていたからアレも長生きできたんだろうよ。でも、もう限界が来た。そしたら、どうなる? 私は次のエアコンがあの家に運ばれてくるまで、結恵に存在を気づいてもらうこともできないまま、彷徨い続けるしかない」
「じゃ、どうやってここへ来たの?」
小百合と竹村係長は気まずそうに顔を見合わせた。勝手に通じ合ってないで説明してほしい。口を開いたのは竹村係長だ。
「以前、結恵が叫び声あげて俺が駆けつけたことあるだろ?」
どう考えても、あれは『押しかけた』の間違いだ。でも、わざわざここで話の腰を折るほどのことではない。
「あの時に、何か冷やっとする変な感覚があったんだ」
「私の念力が僅かばかり通じていたようだね」
嬉しそうな小百合。妖としては大切なポイントなのだろうか。
「その後、忘年会の翌日に小百合と知りあった。で、頼まれ事されたんだよ」
「私は言ったんだ。あんたにだったら、うちの結恵をやってもいいってね。でも条件がある。私の存在を忘れないこと。そうすれば、多少は応援してやるってね」
そっか。小百合は自分の存在を強く認識してくれている人の前でないと姿を見せることができないのだ。
「結恵の家のエアコンが完全に逝ったのは昨夜のことだよ。私は早速意識をこの辺り近辺に張り巡らせて光一の気配を探った。そして、朝、光一がエアコンをつけたと同時に再登場したというわけさ」
「もし、竹村係長の存在がなかったらどうするつもりだったの?」
「あの家に新しいエアコンがつくのを待つだけさ。私も、古いとは言え住み慣れたあの家を、結恵との思い出が詰まったあの家をそう簡単には離れられない。もし、結恵があのまま引っ越して、この世の全ての人間が私のことなんて忘れ去ってしまっても、あそこにいただろうね」
「じゃぁ、なんでここに……」
「結恵が遅かれ早かれここに来ることは分かってた。私はただ、自分に正直なのさ。友達に会いたい。それだけだった」
私は小百合に向かって手を伸ばした。小百合も立ち上がってこちらへ近づく。互いにギュッと抱きしめた。妖なので、温もりはほとんど無い。でも、ちゃんと形状があって、足元以外はほとんど透けてない。小百合はちゃんと、ここにいる。
「結恵、泣きなさんな」
「だって、最近ずっと忙しくて、小百合が調子悪そうにしてたのにそれにも気にかけずに、私自分のことばっかりだった。一人ぼっちになって初めて、小百合がいないことがこんなに辛いって分かって……」
ほっとしたのか、涙がなかなか止まらない。私は竹村係長に手渡されたティッシュで顔を拭った。
「こういうのは持ちつ持たれつさ。頃合を見て、結恵にはちゃんとこの恩を返してもらうから覚悟しな」
私が泣き終わるのを見計らって、竹村係長はコーヒーを淹れてくれた。それにミルクと砂糖をたっぷり入れて、ゆっくり飲む。
「あの、竹村係長」
「結恵」
「はい」
「結恵って呼ばれるの、嫌?」
私は首を横に振った。
「じゃ、俺のことも名前で呼ぼうな?」
『じゃ』の意味は不明だ。だから。
「竹村さんの家、また来てもいいですか?」
竹村係長はこくこくと頷く。そんな必死に首振らなくても。私はすぐに自分の家のエアコンを新調できないと思う。となると、小百合に会うためには、わざわざここに来なければならないのだ。
でも、ここに来る度に、さっきみたいなあんなこと……。顔が赤くなったのが自分でも分かる。竹村係長も顔を赤くしている。オジサンの癖にそんな可愛い反応されたら、さらに気を許してしまいそうではないか。危ない、危ない。
「結恵、また来てくれるんだね。楽しみに待ってるよ。とりあえず、今夜はここへ泊まっていきなさいな。どうせもう電車はないのだろう」
「そりゃ、泊まるだろ?」
小百合も竹村係長も私の『泊まり』を決定事項にしようとしている。だけど、ちょっと自信ない。
竹村係長に対する自分の本当の気持ちに気づいてしまった私。さっきみたいに迫られたら、今度こそもう後戻りできなくなって、きっと私、竹村係長に……
きゃー
それなのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。流されやすいって、本当に駄目だ。流されやすいのもあるけれど、そもそも私は他人の優しさに飢えている。優しさどころか、仕事以外で誰かと深く関わること自体ほとんど無いので、こうも親しくされるとあっという間に心を開いてしまう。まるで、自分のために用意された何かのチャンスのような気がしてしまうのだ。
さて、現在はお風呂上がり。身体からは白い湯気が立っている。私が着ていた制服や下着、一切合切は竹村係長の家の洗濯機の中だ。乾燥までオートでかけてくれるらしい。では私は何を着ているのかと言うと、竹村係長から借りた前開きのパジャマ。それだけ。ズボンは長すぎて履けなかった。お股のあたりがすーすーする。
廊下に立ち尽くす私は、寝室から顔を覗かせている竹村係長に手招きされていた。小百合は「後は若い者同士でがんばりな。私はエアコンの中で休んでおくから、ゆっくりね」と言い残し姿を消してしまったし。ある意味、人生最大のピンチである。
この後、私と竹村係長がどうなるのか。それは、私の物語を読む方々の想像にお任せしたいと思う。
「結恵の家のエアコンに寿命が近づいているのは、前々から分かってたよ。何せ、製造されてあの家に取り付けられてもう十三年だよ? これだけ酷使されて、よくもった方だよ」
そんな骨董品だったのか。
「ま、私が依り代にしていたからアレも長生きできたんだろうよ。でも、もう限界が来た。そしたら、どうなる? 私は次のエアコンがあの家に運ばれてくるまで、結恵に存在を気づいてもらうこともできないまま、彷徨い続けるしかない」
「じゃ、どうやってここへ来たの?」
小百合と竹村係長は気まずそうに顔を見合わせた。勝手に通じ合ってないで説明してほしい。口を開いたのは竹村係長だ。
「以前、結恵が叫び声あげて俺が駆けつけたことあるだろ?」
どう考えても、あれは『押しかけた』の間違いだ。でも、わざわざここで話の腰を折るほどのことではない。
「あの時に、何か冷やっとする変な感覚があったんだ」
「私の念力が僅かばかり通じていたようだね」
嬉しそうな小百合。妖としては大切なポイントなのだろうか。
「その後、忘年会の翌日に小百合と知りあった。で、頼まれ事されたんだよ」
「私は言ったんだ。あんたにだったら、うちの結恵をやってもいいってね。でも条件がある。私の存在を忘れないこと。そうすれば、多少は応援してやるってね」
そっか。小百合は自分の存在を強く認識してくれている人の前でないと姿を見せることができないのだ。
「結恵の家のエアコンが完全に逝ったのは昨夜のことだよ。私は早速意識をこの辺り近辺に張り巡らせて光一の気配を探った。そして、朝、光一がエアコンをつけたと同時に再登場したというわけさ」
「もし、竹村係長の存在がなかったらどうするつもりだったの?」
「あの家に新しいエアコンがつくのを待つだけさ。私も、古いとは言え住み慣れたあの家を、結恵との思い出が詰まったあの家をそう簡単には離れられない。もし、結恵があのまま引っ越して、この世の全ての人間が私のことなんて忘れ去ってしまっても、あそこにいただろうね」
「じゃぁ、なんでここに……」
「結恵が遅かれ早かれここに来ることは分かってた。私はただ、自分に正直なのさ。友達に会いたい。それだけだった」
私は小百合に向かって手を伸ばした。小百合も立ち上がってこちらへ近づく。互いにギュッと抱きしめた。妖なので、温もりはほとんど無い。でも、ちゃんと形状があって、足元以外はほとんど透けてない。小百合はちゃんと、ここにいる。
「結恵、泣きなさんな」
「だって、最近ずっと忙しくて、小百合が調子悪そうにしてたのにそれにも気にかけずに、私自分のことばっかりだった。一人ぼっちになって初めて、小百合がいないことがこんなに辛いって分かって……」
ほっとしたのか、涙がなかなか止まらない。私は竹村係長に手渡されたティッシュで顔を拭った。
「こういうのは持ちつ持たれつさ。頃合を見て、結恵にはちゃんとこの恩を返してもらうから覚悟しな」
私が泣き終わるのを見計らって、竹村係長はコーヒーを淹れてくれた。それにミルクと砂糖をたっぷり入れて、ゆっくり飲む。
「あの、竹村係長」
「結恵」
「はい」
「結恵って呼ばれるの、嫌?」
私は首を横に振った。
「じゃ、俺のことも名前で呼ぼうな?」
『じゃ』の意味は不明だ。だから。
「竹村さんの家、また来てもいいですか?」
竹村係長はこくこくと頷く。そんな必死に首振らなくても。私はすぐに自分の家のエアコンを新調できないと思う。となると、小百合に会うためには、わざわざここに来なければならないのだ。
でも、ここに来る度に、さっきみたいなあんなこと……。顔が赤くなったのが自分でも分かる。竹村係長も顔を赤くしている。オジサンの癖にそんな可愛い反応されたら、さらに気を許してしまいそうではないか。危ない、危ない。
「結恵、また来てくれるんだね。楽しみに待ってるよ。とりあえず、今夜はここへ泊まっていきなさいな。どうせもう電車はないのだろう」
「そりゃ、泊まるだろ?」
小百合も竹村係長も私の『泊まり』を決定事項にしようとしている。だけど、ちょっと自信ない。
竹村係長に対する自分の本当の気持ちに気づいてしまった私。さっきみたいに迫られたら、今度こそもう後戻りできなくなって、きっと私、竹村係長に……
きゃー
それなのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。流されやすいって、本当に駄目だ。流されやすいのもあるけれど、そもそも私は他人の優しさに飢えている。優しさどころか、仕事以外で誰かと深く関わること自体ほとんど無いので、こうも親しくされるとあっという間に心を開いてしまう。まるで、自分のために用意された何かのチャンスのような気がしてしまうのだ。
さて、現在はお風呂上がり。身体からは白い湯気が立っている。私が着ていた制服や下着、一切合切は竹村係長の家の洗濯機の中だ。乾燥までオートでかけてくれるらしい。では私は何を着ているのかと言うと、竹村係長から借りた前開きのパジャマ。それだけ。ズボンは長すぎて履けなかった。お股のあたりがすーすーする。
廊下に立ち尽くす私は、寝室から顔を覗かせている竹村係長に手招きされていた。小百合は「後は若い者同士でがんばりな。私はエアコンの中で休んでおくから、ゆっくりね」と言い残し姿を消してしまったし。ある意味、人生最大のピンチである。
この後、私と竹村係長がどうなるのか。それは、私の物語を読む方々の想像にお任せしたいと思う。
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