昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

文字の大きさ
20 / 66

20教会の事情

しおりを挟む
 ヒートが去り、ルーナルーナとコメットが、王妃からキュリーの行方を聞いて小さな叫びを上げてから半日後。サニーは初めて泥鼠《グレイ》以外の名目で王城を出払っていた。平民とさして変わらぬ質素なキモノを纏い、その下に黒ズボンとブーツを合わせている。街道のT字路に差し掛かった時、サニーは馬首を南へ向けた。

「泥鼠《グレイ》はどうした?」

 サニーの跡を影のように付き従うもう一頭の馬がいる。

「ん? 辞めた」

 メテオの返事はあっけらかんとしたものだった。

「辞めた?! 辞められるものなのか」
「条件付きだけれどね。サニーがこの件を片付けるまでだよ」

(つまりあの父親は、俺だけでは解決できないと踏んでいるのか。見くびられたものだ)

 サニーは忌々しげに鼻を鳴らすと、馬上から少しずつ明るくなる空を見上げた。メテオに尋ねたいことはたくさんある。聞き出すのは、もっと王城から離れた場所の方が良いだろう。

「少し駆けるぞ」
「仰せのままに」

 サニーが手綱を引くと、彼を乗せた馬は一目散に速度を上げて走り出した。メテオもそれについてくる。前方には、王都の次に栄えている街の影が見えていた。

(あの街ならば、俺の顔もほとんど割れていない。少しは楽に動き回れるだろう)







 宿屋は、平民旅行者が使うような安い所を選んだ。こういった場所の方が、国中に漂うリアルな空気感を如実に知ることができる。サニーは、異教徒の勢力はまだまだ小さいものだと感じた。

 一方、ここは秘事を話すには適していない。どんな者が紛れ込んでいても、街に同化してしまってその怪しさを掻き消してくれるのだ。

 サニーは、取った部屋の硬い寝台へ腰を掛けた。ただ座っているだけなのに、サニーの場合はそれだけで妙な色気と貫禄が出る。メテオは、向かいの寝台の上で胡座をかいた。

「旅行なんて久々だな。お前、どこか行きたいところある?」
『やっと着いたね。で、何から始める? まずはこの街の異教徒勢力を探ってみるか?』

 メテオは別の会話をしながら、器用にもサニーへ念話を飛ばした。周囲を警戒してのことだ。サニーもこれに同調する。

「やはり露天街には行きたいな。美味いものがありそうだし。お前はどうする? 最近忙しそうだったし、一休みか?」
『まずは街を散策して、きな臭い地域があれば潜入したい。それより、今の教会について教えてくれ。この前の大巫女との謁見は明らかにおかしかった』

「一休みって、娼館? それは、もう少し金が貯まったらな。それよりもう少し真面目なことをするつもりだ。この街の教会は立派らしいぞ。行ってみないか?」
『分かりやすく言うと、教会本部に大巫女を慕うあまり頭が狂ってしまった女がいて、その女が大巫女の意向を無視して協会内部をかなり操作していた』

「そうなのか……それは知らなかったな。普通の観光もしてみたかったんだ。付き合うよ」
『その女は異教徒と関係しそうか?』

「デートするなら、ルナちゃんみたいな可愛い女の子の方がいいんだけどなぁ」
「お前にはやらん!」
「冗談だって。ってか、あの子の親父かよ?!」

 メテオはゲラゲラ笑いながら寝台に横になると、今度は実際の会話をすることなく、サニーに念話を飛ばすのだった。

『サニー、この辺りに怪しい気配はない。このまま話すぞ?』

 メテオには、泥鼠《グレイ》で培われた気配察知能力がある。なぜか危機回避の運もあるので、王から重宝されているのだ。

 メテオは、眠ったフリをしながら話を続けた。

 その大巫女の熱烈な信者である女の名はプラウ。元々大巫女に継ぐ力のある巫女で、大巫女からの信頼も厚かったという。しかしこの数年、大巫女を教会に閉じ込めるような動きを見せていた。というのも、メテオが調べた限りでは、大巫女に不可解な行動が見られるようになったからだと言う。

 例えば、居室に噎せそうな程の香を焚くことや、夜には決まって姿を消し、始終監視するかのように傍に張り付いているプラウでさえその行方は分からないこと。時折うわ言のように何者かの名前を呟くこと。

 プラウは大神子の神聖さが損なわれることに我慢がならなかった。それ故の暴挙なので、直接異教徒と通じている線は少なそうだというのが、メテオの見解である。

『そんなプラウも職権乱用の罪に問われて、今は教会の地下にある貴賓用の牢の中だよ。サニーと大巫女を面会させる時にかなり抵抗されたので、やむ無くだ』
『そうか。その前にお前がたまたま大巫女と謁見できた時は、プラウという女はいなかったのか?』
『あぁ。たまたまどこかへ出かけていたみたいだな。王家の命だと伝えてみたら、別の者が卒なく対応してくれたよ』

 会話はここまでだった。サニーもそっと目を閉じる。口元には、未だにルーナルーナの柔らかな唇の感触が残っていた。

『ルーナルーナ、君は今頃何してる? この時間だったら、ちょうど目が覚める頃かな……会いたい』

 世界に太陽が登り始め、強い光が大地を照らす。そこにある空間はふるふると震えて次元の歪みを発生させた。その隙間を縫って、サニーの叫びがシャンデル王国へ解き放たれる。




「え?」

 ルーナルーナは、ガタリとベッドを揺らして起き上がった。

(今、サニーの声が聴こえた気がする。あんな良い声、他では聞いたことないもの。間違えようがないわ。でも……)

 ルーナルーナは窓の外に目をやる。薄いカーテンの向こう側からは朝の光が差し込んでいた。

(朝と夕方に起こる次元の歪み。もしかすると、ダンクネス王国に居るという闇の女神様が、サニーの声を届けてくれたのかしら)

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます

藤原遊
恋愛
冷徹と噂される辺境伯令嬢リシェル。 彼女の隣には、幼い頃から護衛として仕えてきた幼なじみの騎士カイがいた。 直系の“身代わり”として鍛えられたはずの彼は、誰よりも彼女を想い、ただ一途に追い続けてきた。 だが政略婚約、旧婚約者の再来、そして魔物の大規模侵攻――。 責務と愛情、嫉妬と罪悪感が交錯する中で、二人の絆は試される。 「縛られるんじゃない。俺が望んでここにいることを選んでいるんだ」 これは、冷徹と呼ばれた令嬢と、影と呼ばれた騎士が、互いを選び抜く物語。

処理中です...