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20教会の事情
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ヒートが去り、ルーナルーナとコメットが、王妃からキュリーの行方を聞いて小さな叫びを上げてから半日後。サニーは初めて泥鼠《グレイ》以外の名目で王城を出払っていた。平民とさして変わらぬ質素なキモノを纏い、その下に黒ズボンとブーツを合わせている。街道のT字路に差し掛かった時、サニーは馬首を南へ向けた。
「泥鼠《グレイ》はどうした?」
サニーの跡を影のように付き従うもう一頭の馬がいる。
「ん? 辞めた」
メテオの返事はあっけらかんとしたものだった。
「辞めた?! 辞められるものなのか」
「条件付きだけれどね。サニーがこの件を片付けるまでだよ」
(つまりあの父親は、俺だけでは解決できないと踏んでいるのか。見くびられたものだ)
サニーは忌々しげに鼻を鳴らすと、馬上から少しずつ明るくなる空を見上げた。メテオに尋ねたいことはたくさんある。聞き出すのは、もっと王城から離れた場所の方が良いだろう。
「少し駆けるぞ」
「仰せのままに」
サニーが手綱を引くと、彼を乗せた馬は一目散に速度を上げて走り出した。メテオもそれについてくる。前方には、王都の次に栄えている街の影が見えていた。
(あの街ならば、俺の顔もほとんど割れていない。少しは楽に動き回れるだろう)
宿屋は、平民旅行者が使うような安い所を選んだ。こういった場所の方が、国中に漂うリアルな空気感を如実に知ることができる。サニーは、異教徒の勢力はまだまだ小さいものだと感じた。
一方、ここは秘事を話すには適していない。どんな者が紛れ込んでいても、街に同化してしまってその怪しさを掻き消してくれるのだ。
サニーは、取った部屋の硬い寝台へ腰を掛けた。ただ座っているだけなのに、サニーの場合はそれだけで妙な色気と貫禄が出る。メテオは、向かいの寝台の上で胡座をかいた。
「旅行なんて久々だな。お前、どこか行きたいところある?」
『やっと着いたね。で、何から始める? まずはこの街の異教徒勢力を探ってみるか?』
メテオは別の会話をしながら、器用にもサニーへ念話を飛ばした。周囲を警戒してのことだ。サニーもこれに同調する。
「やはり露天街には行きたいな。美味いものがありそうだし。お前はどうする? 最近忙しそうだったし、一休みか?」
『まずは街を散策して、きな臭い地域があれば潜入したい。それより、今の教会について教えてくれ。この前の大巫女との謁見は明らかにおかしかった』
「一休みって、娼館? それは、もう少し金が貯まったらな。それよりもう少し真面目なことをするつもりだ。この街の教会は立派らしいぞ。行ってみないか?」
『分かりやすく言うと、教会本部に大巫女を慕うあまり頭が狂ってしまった女がいて、その女が大巫女の意向を無視して協会内部をかなり操作していた』
「そうなのか……それは知らなかったな。普通の観光もしてみたかったんだ。付き合うよ」
『その女は異教徒と関係しそうか?』
「デートするなら、ルナちゃんみたいな可愛い女の子の方がいいんだけどなぁ」
「お前にはやらん!」
「冗談だって。ってか、あの子の親父かよ?!」
メテオはゲラゲラ笑いながら寝台に横になると、今度は実際の会話をすることなく、サニーに念話を飛ばすのだった。
『サニー、この辺りに怪しい気配はない。このまま話すぞ?』
メテオには、泥鼠《グレイ》で培われた気配察知能力がある。なぜか危機回避の運もあるので、王から重宝されているのだ。
メテオは、眠ったフリをしながら話を続けた。
その大巫女の熱烈な信者である女の名はプラウ。元々大巫女に継ぐ力のある巫女で、大巫女からの信頼も厚かったという。しかしこの数年、大巫女を教会に閉じ込めるような動きを見せていた。というのも、メテオが調べた限りでは、大巫女に不可解な行動が見られるようになったからだと言う。
例えば、居室に噎せそうな程の香を焚くことや、夜には決まって姿を消し、始終監視するかのように傍に張り付いているプラウでさえその行方は分からないこと。時折うわ言のように何者かの名前を呟くこと。
プラウは大神子の神聖さが損なわれることに我慢がならなかった。それ故の暴挙なので、直接異教徒と通じている線は少なそうだというのが、メテオの見解である。
『そんなプラウも職権乱用の罪に問われて、今は教会の地下にある貴賓用の牢の中だよ。サニーと大巫女を面会させる時にかなり抵抗されたので、やむ無くだ』
『そうか。その前にお前がたまたま大巫女と謁見できた時は、プラウという女はいなかったのか?』
『あぁ。たまたまどこかへ出かけていたみたいだな。王家の命だと伝えてみたら、別の者が卒なく対応してくれたよ』
会話はここまでだった。サニーもそっと目を閉じる。口元には、未だにルーナルーナの柔らかな唇の感触が残っていた。
『ルーナルーナ、君は今頃何してる? この時間だったら、ちょうど目が覚める頃かな……会いたい』
世界に太陽が登り始め、強い光が大地を照らす。そこにある空間はふるふると震えて次元の歪みを発生させた。その隙間を縫って、サニーの叫びがシャンデル王国へ解き放たれる。
「え?」
ルーナルーナは、ガタリとベッドを揺らして起き上がった。
(今、サニーの声が聴こえた気がする。あんな良い声、他では聞いたことないもの。間違えようがないわ。でも……)
ルーナルーナは窓の外に目をやる。薄いカーテンの向こう側からは朝の光が差し込んでいた。
(朝と夕方に起こる次元の歪み。もしかすると、ダンクネス王国に居るという闇の女神様が、サニーの声を届けてくれたのかしら)
「泥鼠《グレイ》はどうした?」
サニーの跡を影のように付き従うもう一頭の馬がいる。
「ん? 辞めた」
メテオの返事はあっけらかんとしたものだった。
「辞めた?! 辞められるものなのか」
「条件付きだけれどね。サニーがこの件を片付けるまでだよ」
(つまりあの父親は、俺だけでは解決できないと踏んでいるのか。見くびられたものだ)
サニーは忌々しげに鼻を鳴らすと、馬上から少しずつ明るくなる空を見上げた。メテオに尋ねたいことはたくさんある。聞き出すのは、もっと王城から離れた場所の方が良いだろう。
「少し駆けるぞ」
「仰せのままに」
サニーが手綱を引くと、彼を乗せた馬は一目散に速度を上げて走り出した。メテオもそれについてくる。前方には、王都の次に栄えている街の影が見えていた。
(あの街ならば、俺の顔もほとんど割れていない。少しは楽に動き回れるだろう)
宿屋は、平民旅行者が使うような安い所を選んだ。こういった場所の方が、国中に漂うリアルな空気感を如実に知ることができる。サニーは、異教徒の勢力はまだまだ小さいものだと感じた。
一方、ここは秘事を話すには適していない。どんな者が紛れ込んでいても、街に同化してしまってその怪しさを掻き消してくれるのだ。
サニーは、取った部屋の硬い寝台へ腰を掛けた。ただ座っているだけなのに、サニーの場合はそれだけで妙な色気と貫禄が出る。メテオは、向かいの寝台の上で胡座をかいた。
「旅行なんて久々だな。お前、どこか行きたいところある?」
『やっと着いたね。で、何から始める? まずはこの街の異教徒勢力を探ってみるか?』
メテオは別の会話をしながら、器用にもサニーへ念話を飛ばした。周囲を警戒してのことだ。サニーもこれに同調する。
「やはり露天街には行きたいな。美味いものがありそうだし。お前はどうする? 最近忙しそうだったし、一休みか?」
『まずは街を散策して、きな臭い地域があれば潜入したい。それより、今の教会について教えてくれ。この前の大巫女との謁見は明らかにおかしかった』
「一休みって、娼館? それは、もう少し金が貯まったらな。それよりもう少し真面目なことをするつもりだ。この街の教会は立派らしいぞ。行ってみないか?」
『分かりやすく言うと、教会本部に大巫女を慕うあまり頭が狂ってしまった女がいて、その女が大巫女の意向を無視して協会内部をかなり操作していた』
「そうなのか……それは知らなかったな。普通の観光もしてみたかったんだ。付き合うよ」
『その女は異教徒と関係しそうか?』
「デートするなら、ルナちゃんみたいな可愛い女の子の方がいいんだけどなぁ」
「お前にはやらん!」
「冗談だって。ってか、あの子の親父かよ?!」
メテオはゲラゲラ笑いながら寝台に横になると、今度は実際の会話をすることなく、サニーに念話を飛ばすのだった。
『サニー、この辺りに怪しい気配はない。このまま話すぞ?』
メテオには、泥鼠《グレイ》で培われた気配察知能力がある。なぜか危機回避の運もあるので、王から重宝されているのだ。
メテオは、眠ったフリをしながら話を続けた。
その大巫女の熱烈な信者である女の名はプラウ。元々大巫女に継ぐ力のある巫女で、大巫女からの信頼も厚かったという。しかしこの数年、大巫女を教会に閉じ込めるような動きを見せていた。というのも、メテオが調べた限りでは、大巫女に不可解な行動が見られるようになったからだと言う。
例えば、居室に噎せそうな程の香を焚くことや、夜には決まって姿を消し、始終監視するかのように傍に張り付いているプラウでさえその行方は分からないこと。時折うわ言のように何者かの名前を呟くこと。
プラウは大神子の神聖さが損なわれることに我慢がならなかった。それ故の暴挙なので、直接異教徒と通じている線は少なそうだというのが、メテオの見解である。
『そんなプラウも職権乱用の罪に問われて、今は教会の地下にある貴賓用の牢の中だよ。サニーと大巫女を面会させる時にかなり抵抗されたので、やむ無くだ』
『そうか。その前にお前がたまたま大巫女と謁見できた時は、プラウという女はいなかったのか?』
『あぁ。たまたまどこかへ出かけていたみたいだな。王家の命だと伝えてみたら、別の者が卒なく対応してくれたよ』
会話はここまでだった。サニーもそっと目を閉じる。口元には、未だにルーナルーナの柔らかな唇の感触が残っていた。
『ルーナルーナ、君は今頃何してる? この時間だったら、ちょうど目が覚める頃かな……会いたい』
世界に太陽が登り始め、強い光が大地を照らす。そこにある空間はふるふると震えて次元の歪みを発生させた。その隙間を縫って、サニーの叫びがシャンデル王国へ解き放たれる。
「え?」
ルーナルーナは、ガタリとベッドを揺らして起き上がった。
(今、サニーの声が聴こえた気がする。あんな良い声、他では聞いたことないもの。間違えようがないわ。でも……)
ルーナルーナは窓の外に目をやる。薄いカーテンの向こう側からは朝の光が差し込んでいた。
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